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目的のためには手段を選ばず
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あれから夏生さん達は我先にと部屋を出て行った。
日を跨ぎ、今日はバレンタインデーだというのに、屋敷にはほとんど誰も残っていない。せっかくハロウィンの時同様、みんなに布教して回ったっていうのに。
まぁ、今年は大人しくしてろって言われちゃったし。だから、バレンタインデーもなにもない。特別な日が一日減り、なんでもない日が一日増えただけ。
現に、私が齧っているのもチョコじゃなくて、おかきだもの。ただし、夏生さんがくれたやつ。間違いなく超がつくほどレアな代物だ。
でも、夏生さんがおやつをくれるなんて、何か絶対裏があるに決まってる。だけど、私が中身を確認してる間にどこかへ行っちゃったから、その何かが分からずじまいなんだよねぇ。
「みやび」
「ん? んー。ありがとー」
子瑛さんが厨房からお茶を持ってきてくれた。
櫻宮様は部屋の隅に敷いてある布団でお昼寝中。さっき寝たばかりだから、まだ当分起きる気配はない。
今、お屋敷には私と、櫻宮様、子瑛さん、あと厨房のお兄さん達だけ。薫くんもどこかへいってしまった。……あ、あとアノ人もいた。
「おやしきのなかがしずかだと、へんなかんじだねー」
「さびしい?」
「んー。……んーん。しえーさんいるし」
前にお屋敷に誰もいなくなったと思って泣いちゃった時を思えば、目の前にいてくれるし。話し相手にもなってくれてる。
自分も仕事があるだろうに、綾芽に私と櫻宮様の面倒を押しつけられちゃったんだよね。それでも面倒がらずに世話を焼いてくれるんだから、ほんといい人だよ。
……さて、暇になってしまったことだし。
今、アノ人が手に持っているカメラが何を被写体にしようとしているのか、じっくりと問い詰めるとしましょうかね。
すっくと立つ私を、子瑛さんが不思議そうに見上げてくる。
ぽてぽてとアノ人の元へ歩いていくと、アノ人はカメラを構えるのをやめ、じっと私を見下ろしてきた。
「あの」
やめてもらえます?と続けようとした言葉は、背中に飛びかかってきた何かによって口にすることを妨げられた。
はずみで前のめりになりそうだった私の身体をアノ人が支えてくれて、鼻がぺしゃんこになるのは免れることができた。あれは痛い。滅多にやらないけど、鼻に骨があることを思い出せるくらい痛い。
で、一体なんだっていうんだい?
先ほど飛びかかってきた何かを手探りで探す。
すると、ふわふわすっすな毛皮らしきものに触れた。しかも、温かい。
ちなみに、ふわふわはその毛並みに沿ってなぞっている時で、すっすが毛並みに逆立ってなぞっている時だ。結論、どちらもめっちゃ気持ちいい。
その物体を引っ掴み、目の前に持ってくる。
「はやて! もうだいじょうぶなの!?」
初めて会った時と同じ小虎サイズに戻った疾風だった。
「がう」
「そっか。よかった!」
よかったと言ってみたものの、正直な話、疾風がなんて言ってるのかは分からないんだけどね。
でも、飛びかかってこられるくらい元気になっているなら、もう心配はない。はず。
ごろごろと寝転がり、まるでぬいぐるみのような疾風をぎゅっと抱きしめた。櫻宮様が起きないよう、声を上げて笑いたいのを我慢して、くすくすと笑う。
すると、パシャリとカメラのシャッター音がした。それから、続けてもう一回。今度は違うシャッター音だった。
その度にピクピクと耳を揺らす疾風。顔もその音がした二方向へ交互に向けている。
一つはアノ人だろうけど……もう一つは? 子瑛さん?
「いやー。じゃんけんに勝った甲斐があったよ」
「あかねしゃん!」
……あぁ、いやだ。また噛んだ。……こほん。
疾風を抱えたまま体を起こし、障子から顔を覗かせる茜さんに向き直った。
茜さんの手には彼のスマホが握られてる。さっきのシャッター音はそのスマホから発されたものだろう。茜さんは、すいすいっとスマホの画面を指で操作すると、コートのポケットにしまい込んだ。
「やっ。君の保護者の保護者から頼まれてね。疾風を連れてきたんだ。君と一緒にいさせておいてくれって」
「ほごしゃのほごしゃ?」
「うん。夏生さん」
「……あー」
私の保護者は綾芽で、その綾芽の保護者だから夏生さんってこと? うん、納得しかしませんわな。
子瑛さんが茜さんのために新しくお茶を淹れてこようと席を立つと、茜さんはそれを手で制した。
「悪いけど、そう長居できないんだ。今、南が仮御所的な扱いになっているから、警備に人をさかなきゃいけなくて」
「そっか。みかどさまとたちばなさんはおげんき?」
「うん」
大儺の儀の時以来だから……おっと。まだ一週間とちょいしか経っていない、だって?
なんか最近色々ありすぎて、ついこの間の出来事が遥か昔に思えるなぁ。それこそ、出かけるたび何かしら事件に巻き込まれるテレビの中の探偵達もびっくりな頻度だよ。しかもそれぞれがほら、特大級に濃密すぎて。
「おおとりさんたちも?」
「うん。皆、元気元気」
「そっか。ふふっ。そっかそっか」
私の神様としての力は怪我を治すことだから、存在意義がなくなっちゃうといえばそうだけど。やっぱりみんな元気が一番!
ニコニコ笑顔で疾風を抱っこしたまま、身体を左右にゆらゆらと揺らす。
「じゃあ、僕はもう戻るね。あ、そうだ。これ、僕と蒼から。今日はほら、バレンタインデーだったっけ? その日だからね」
「ひゃあっ! ありがとーごじゃますっ!」
期待してなかっただけに、まさかのチョコのプレゼント。しかも、可愛くラッピングまでしてある。
茜さんは再び取り出したスマホのカメラを、チョコと疾風を片手ずつに抱き抱える私に向けてきた。もちろん、アノ人も負けじとそれに対抗するようにシャッターを切る。
満足のいく写真が撮れたのか、じゃあねっと爽やかに立ち去る茜さん。もらったチョコを脇に置いて、手をぶんぶんと振ってお見送りした。
きっと私が疾風のように尻尾が生えている生き物だったら、今頃尻尾が喜びで荒ぶっていただろう。パタパタなんて可愛いもんじゃない。もう、ブンブン、いや、ブォンブォンだ。
その後、子瑛さんと二人、とても美味しくいただきました。証拠隠滅、口止めもばっちり完了です。
にもかかわらず、様子を見に一度帰ってきた夏生さんには秒でバレた。
……なんでさっ!
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