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目的のためには手段を選ばず
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しおりを挟む美味し美味しとスプーンでもくもくと頬張る私をよそに、皆は早々に食べ終え、食後のお茶タイムに突入した。櫻宮様も、子瑛さんのお膝に乗っていくらかは口にしていたみたいだけど、もういらないとだいぶ前に食べ終えている。
そして、あんなにいたおじさん達もみんな部屋に戻ってしまって、残っているのは私達だけ。話声よりも厨房にいる神坂さん達が後片付けをする音の方が響くくらいだ。
急がねばと、慌ててスプーンを動かしたら、薫くんに睨まれた。どうやら、また喉に詰まらせると思われているらしい。
心外だ。実に心外だ。同じことを一日にそう何度も……
……むぐっ。
慌てて手近にあったコップを手に取り、ごくりごくりと水を飲む。ふうと一息ついて、ちろりと薫くんの方を見ると、そら見たことかと目を細めていらっしゃいました。
うん。やっぱり食に関することは逆らわない方がいい。無難に生きよう。
……なんて、数時間後には好奇心がうずいていない保証はないけれど。
ともかく、薫くんのご機嫌損ねて明日のおやつが抜きになっては困る。
せっかく見られているのだから、ここぞとばかりにしっかり噛んで食べてますアピールをしておいた。打算的? いやいや、目的のためには手段を選ばないと言って欲しい。
「それで? 櫻宮の状態は問題ないんだな?」
「えぇ。特訓の成果が出てきたみたいね」
「ほんと!?」
皿の上のオムライスに熱い視線を送っていたが、しばし止めだ。
向かいに座る奏様の方へ、バッと目を向ける。
奏様はニコリと笑って頷き、それから表情をくるりと真剣なソレに変えた。
「でも、油断や慢心はしないように」
「はーい」
スプーンを持っている方とは逆の手をぴしっと真上にあげる。
奏様は真剣な表情を緩め、また元の笑顔に戻った。
私も食事を再開する。完食にはあともう半分。欠片も残すつもりはない。
すると、奏様は肘をつき、私の方を見ながらほうっと溜息をついた。知ってたけど、美人って溜息ひとつとっても絵になる。美人すごい。
「ほんと、どう育てたらこんなに擦れてない子ができるのかしらね」
「擦れてないというより」
「馬鹿なだけだろ」
その瞬間、スプーンに乗った量と自分の口の大きさを測り誤って、口の周りにケチャップべちゃあっとなった。
我ながら見事なタイミングに、一瞬唖然となる。これでは自分から“私は馬鹿です”と自己紹介したようなものだ。
……よし、ここは何事もなかったかのように、指でぬぐって、ぺろりと舐めて。すました顔で食べるのを再開っと。
ん? なに? みんなこっち見て。食べたいの? やらんよ?
「……まぁ、こいつが馬鹿なのか阿呆なのかは置いといて」
「ねぇ、まってまって。かいと、あほうとはいってなかったよ? え? いってなかったよね?」
聞き捨てならない言葉を夏生さんが言うもんだから、すました顔もすぐに剥がれ落ちた。そして、落ちない程度に身を乗り出し、ささやかなる反論というものをしてみる。
しかし、相手は夏生さん。発言に対するスルースキルは私よりも遥かに上だ。
「これを後二週間、毎日三回。できるか?」
「ん? んっ」
無視という名のスルーを見事に決められたが、大事なお仕事に関することだったので、私も真剣モードに切り替える。きりりと顔を引き締め、こくりと頷いた。
やがて全部完食すると、待ってましたとばかりに厨房から神坂さんがやってきた。今日も美味しかった、ありがとうと言うと、空いたお皿が載ったお盆を持っていない方の手で頭を撫でてくれた。
厨房に戻っていく神坂さんにバイバイと軽く手を振る。
「そういや、見たぞ。届いた手紙」
「あぁ、あれね。こっちも人手が足りないっていうのに仕事が増えたものだから、余計にカリカリしちゃって」
「あの一件は秘密裏にこっちでも調査が進めてる。何か分かったら」
「分かってる。伝えるわ」
「頼む」
夏生さん達が小難しい話をしているが、私にはそれよりも気になっていることがある。
それは実に些細なことで、重要ってわけでは全くない。ただ、一度気になってしまえば、明確な答えが与えられるまで、ずっともやもやした気持ちを抱えたままでいることになる。精神衛生上、それはあまりよろしくない。
だから、聞いてみることにした。
「ねぇ、あやめ」
「ん? なんや?」
「どうして、しえーさんがさくらのみやさまのめんどうみてるの?」
隣に座る綾芽と、私とは逆隣に座る子瑛さん、の、膝上に座る櫻宮様。
本当なら、夏生さんから言われた通り、綾芽が面倒を見ているはずだ。全部一人でやるべきだとは私も当然思わない。こんな状況だし、助け合いが必要だろう。
けれど、目を覚ましてからこっち、甲斐甲斐しく面倒を見ているのはいずれも子瑛さんばかり。綾芽が手を貸すところを見た記憶は一度、私が宮様の中の珠に力を流し込む時しかない。
これでは、夏生さんからの指示が誰に出されたものなのか、分かったものではない。
すると、綾芽はごく自然にぽろりと爆弾発言をかました。
「自分、この子、嫌いなんよ」
途端に今まで大人しくしていた櫻宮様がわんわん泣き始めた。
「うわっ! てぃっ、てぃっしゅ!」
食堂の隅に置いてある台車の上に箱ティッシュがある。
それを指さすと、近くにいた劉さんが取ってきてくれた。子瑛さんが少し狼狽えながらも背をポンポンと宥めるように優しく叩く間に、劉さんが目に入らないように器用に持ってきたティッシュで涙を拭っていく。
「あやめ! なかせたらだめ!」
「えー?」
綾芽は全く反省しておらぬ様子。
不用意に聞いちゃった私も悪いけど、ソレはない。
誰だって面と向かって嫌いと言われれば、大なり小なり悲しくなる。それが感情の制御が難しい小さな子供ならなおさら。
自分がやらかした事を棚にあげた感はあるけれど、なんちゅうこと言いよるんや感は綾芽の方が割合高い。私が三、綾芽が七とでもしておこう。異論は認める。
「雅ちゃんたら、すっかりお姉さんね」
「……そう? そうみえますか?」
両耳を手で覆い、聞こえませんとふざけてくる綾芽の手をどかそうと奮闘していると、奏様に言われた一言に手が止まる。
お姉さん。ふふっ。お姉さんかぁ。
……まぁ、嫌われてるんですけどね。
「ほんと、姉弟みたい。あぁ、この場合、姉弟って言った方が正しいわね」
「……ん?」
「え?」
最近、耳掃除を自分でやるからと断ってたのがいけなかったかな? ちゃんとやってたはずだけど、やっぱり恐る恐る手前の方だけになってたのがいけなかったのかな?
……あの、すみません。誰と誰が姉弟ですって?
だが、奏様にとって、私が固まった方が予想外だったらしい。
「あら? だって、この子」
奏様が口を開くと、顔を背ける者、宙を振り仰ぐ者、立ち上がって立ち去ろうとする者、実にさまざまいる。
そして数秒後、今年に入って一番の絶叫屋敷に響くことになった。
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