上 下
249 / 314
目的のためには手段を選ばず

11

しおりを挟む

 美味し美味しとスプーンでもくもくと頬張る私をよそに、皆は早々に食べ終え、食後のお茶タイムに突入した。櫻宮様も、子瑛さんのお膝に乗っていくらかは口にしていたみたいだけど、もういらないとだいぶ前に食べ終えている。

 そして、あんなにいたおじさん達もみんな部屋に戻ってしまって、残っているのは私達だけ。話声よりも厨房にいる神坂さん達が後片付けをする音の方が響くくらいだ。

 急がねばと、慌ててスプーンを動かしたら、薫くんに睨まれた。どうやら、また喉に詰まらせると思われているらしい。

 心外だ。実に心外だ。同じことを一日にそう何度も……

 ……むぐっ。

 慌てて手近にあったコップを手に取り、ごくりごくりと水を飲む。ふうと一息ついて、ちろりと薫くんの方を見ると、そら見たことかと目を細めていらっしゃいました。

 うん。やっぱり食に関することは逆らわない方がいい。無難に生きよう。
 ……なんて、数時間後には好奇心がうずいていない保証はないけれど。

 ともかく、薫くんのご機嫌損ねて明日のおやつが抜きになっては困る。
 せっかく見られているのだから、ここぞとばかりにしっかり噛んで食べてますアピールをしておいた。打算的? いやいや、目的のためには手段を選ばないと言って欲しい。 

 
「それで? 櫻宮の状態は問題ないんだな?」
「えぇ。特訓の成果が出てきたみたいね」
「ほんと!?」


 皿の上のオムライスに熱い視線を送っていたが、しばし止めだ。

 向かいに座る奏様の方へ、バッと目を向ける。
 奏様はニコリと笑って頷き、それから表情をくるりと真剣なソレに変えた。


「でも、油断や慢心まんしんはしないように」
「はーい」


 スプーンを持っている方とは逆の手をぴしっと真上にあげる。

 奏様は真剣な表情を緩め、また元の笑顔に戻った。

 私も食事を再開する。完食にはあともう半分。欠片かけらも残すつもりはない。

 すると、奏様はひじをつき、私の方を見ながらほうっと溜息をついた。知ってたけど、美人って溜息ひとつとっても絵になる。美人すごい。


「ほんと、どう育てたらこんなにれてない子ができるのかしらね」
「擦れてないというより」
「馬鹿なだけだろ」


 その瞬間、スプーンに乗った量と自分の口の大きさを測り誤って、口の周りにケチャップべちゃあっとなった。

 我ながら見事なタイミングに、一瞬唖然あぜんとなる。これでは自分から“私は馬鹿です”と自己紹介したようなものだ。
 ……よし、ここは何事もなかったかのように、指でぬぐって、ぺろりとめて。すました顔で食べるのを再開っと。

 ん? なに? みんなこっち見て。食べたいの? やらんよ?


「……まぁ、こいつが馬鹿なのか阿呆なのかは置いといて」
「ねぇ、まってまって。かいと、あほうとはいってなかったよ? え? いってなかったよね?」


 聞き捨てならない言葉を夏生さんが言うもんだから、すました顔もすぐにがれ落ちた。そして、落ちない程度に身を乗り出し、ささやかなる反論というものをしてみる。

 しかし、相手は夏生さん。発言に対するスルースキルは私よりも遥かに上だ。


「これを後二週間、毎日三回。できるか?」
「ん? んっ」


 無視という名のスルーを見事に決められたが、大事なお仕事に関することだったので、私も真剣モードに切り替える。きりりと顔を引き締め、こくりと頷いた。

 やがて全部完食すると、待ってましたとばかりに厨房から神坂さんがやってきた。今日も美味しかった、ありがとうと言うと、空いたお皿が載ったお盆を持っていない方の手で頭を撫でてくれた。

 厨房に戻っていく神坂さんにバイバイと軽く手を振る。


「そういや、見たぞ。届いた手紙」
「あぁ、あれね。こっちも人手が足りないっていうのに仕事が増えたものだから、余計にカリカリしちゃって」
「あの一件は秘密裏にこっちでも調査が進めてる。何か分かったら」
「分かってる。伝えるわ」
「頼む」


 夏生さん達が小難しい話をしているが、私にはそれよりも気になっていることがある。
 それは実に些細ささいなことで、重要ってわけでは全くない。ただ、一度気になってしまえば、明確な答えが与えられるまで、ずっともやもやした気持ちを抱えたままでいることになる。精神衛生上、それはあまりよろしくない。

 だから、聞いてみることにした。


「ねぇ、あやめ」
「ん? なんや?」
「どうして、しえーさんがさくらのみやさまのめんどうみてるの?」


 隣に座る綾芽と、私とは逆隣に座る子瑛さん、の、膝上に座る櫻宮様。

 本当なら、夏生さんから言われた通り、綾芽が面倒を見ているはずだ。全部一人でやるべきだとは私も当然思わない。こんな状況だし、助け合いが必要だろう。

 けれど、目を覚ましてからこっち、甲斐甲斐かいがいしく面倒を見ているのはいずれも子瑛さんばかり。綾芽が手を貸すところを見た記憶は一度、私が宮様の中の珠に力を流し込む時しかない。

 これでは、夏生さんからの指示が誰に出されたものなのか、分かったものではない。

 すると、綾芽はごく自然にぽろりと爆弾発言をかました。


「自分、この子、嫌いなんよ」


 途端に今まで大人しくしていた櫻宮様がわんわん泣き始めた。


「うわっ! てぃっ、てぃっしゅ!」


 食堂の隅に置いてある台車の上に箱ティッシュがある。
 それを指さすと、近くにいた劉さんが取ってきてくれた。子瑛さんが少し狼狽うろたえながらも背をポンポンとなだめるように優しく叩く間に、劉さんが目に入らないように器用に持ってきたティッシュで涙を拭っていく。


「あやめ! なかせたらだめ!」
「えー?」


 綾芽は全く反省しておらぬ様子。
 不用意に聞いちゃった私も悪いけど、ソレはない。

 誰だって面と向かって嫌いと言われれば、大なり小なり悲しくなる。それが感情の制御が難しい小さな子供ならなおさら。

 自分がやらかした事をたなにあげた感はあるけれど、なんちゅうこと言いよるんや感は綾芽の方が割合高い。私が三、綾芽が七とでもしておこう。異論は認める。


「雅ちゃんたら、すっかりお姉さんね」
「……そう? そうみえますか?」


 両耳を手で覆い、聞こえませんとふざけてくる綾芽の手をどかそうと奮闘ふんとうしていると、奏様に言われた一言に手が止まる。

 お姉さん。ふふっ。お姉さんかぁ。
 ……まぁ、嫌われてるんですけどね。


「ほんと、姉弟きょうだいみたい。あぁ、この場合、姉弟していって言った方が正しいわね」 
「……ん?」
「え?」


 最近、耳掃除を自分でやるからと断ってたのがいけなかったかな? ちゃんとやってたはずだけど、やっぱり恐る恐る手前の方だけになってたのがいけなかったのかな?

 ……あの、すみません。誰と誰が姉弟ですって?

 だが、奏様にとって、私が固まった方が予想外だったらしい。


「あら? だって、この子」


 奏様が口を開くと、顔を背ける者、宙を振りあおぐ者、立ち上がって立ち去ろうとする者、実にさまざまいる。

 そして数秒後、今年に入って一番の絶叫ぜっきょう屋敷に響くことになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

捨てられた私は森で『白いもふもふ』と『黒いもふもふ』に出会いました。~え?これが聖獣?~

おかし
ファンタジー
王子の心を奪い、影から操った悪女として追放され、あげく両親に捨てられた私は森で小さなもふもふ達と出会う。 最初は可愛い可愛いと思って育てていたけど…………あれ、子の子達大きくなりすぎじゃね?しかもなんか凛々しくなってるんですけど………。 え、まってまって。なんで今さら王様やら王子様やらお妃様が訪ねてくんの?え、まって?私はスローライフをおくりたいだけよ……? 〖不定期更新ですごめんなさい!楽しんでいただけたら嬉しいです✨〗

俺を追い出した元パーティメンバーが速攻で全滅したんですけど、これは魔王の仕業ですか?

ほーとどっぐ
ファンタジー
王国最強のS級冒険者パーティに所属していたユウマ・カザキリ。しかし、弓使いの彼は他のパーティメンバーのような強力な攻撃スキルは持っていなかった。罠の解除といったアイテムで代用可能な地味スキルばかりの彼は、ついに戦力外通告を受けて追い出されてしまう。 が、彼を追い出したせいでパーティはたった1日で全滅してしまったのだった。 元とはいえパーティメンバーの強さをよく知っているユウマは、迷宮内で魔王が復活したのではと勘違いしてしまう。幸か不幸か。なんと封印された魔王も時を同じくして復活してしまい、話はどんどんと拗れていく。 「やはり、魔王の仕業だったのか!」 「いや、身に覚えがないんだが?」

こちらの世界でも図太く生きていきます

柚子ライム
ファンタジー
銀座を歩いていたら異世界に!? 若返って異世界デビュー。 がんばって生きていこうと思います。 のんびり更新になる予定。 気長にお付き合いいただけると幸いです。 ★加筆修正中★ なろう様にも掲載しています。

小さい頃、近所のお兄さんに赤ちゃんみたいに甘えた事がきっかけで性癖が歪んでしまって困ってる

海野
BL
小さい頃、妹の誕生で赤ちゃん返りをした事のある雄介少年。少年も大人になり青年になった。しかし一般男性の性の興味とは外れ、幼児プレイにしかときめかなくなってしまった。あの時お世話になった「近所のお兄さん」は結婚してしまったし、彼ももう赤ちゃんになれる程可愛い背格好では無い。そんなある日、職場で「お兄さん」に似た雰囲気の人を見つける。いつしか目で追う様になった彼は次第にその人を妄想の材料に使うようになる。ある日の残業中、眠ってしまった雄介は、起こしに来た人物に寝ぼけてママと言って抱きついてしまい…?

料理がしたいので、騎士団の任命を受けます!

ハルノ
ファンタジー
過労死した主人公が、異世界に飛ばされてしまいました 。ここは天国か、地獄か。メイド長・ジェミニが丁寧にもてなしてくれたけれども、どうも味覚に違いがあるようです。異世界に飛ばされたとわかり、屋敷の主、領主の元でこの世界のマナーを学びます。 令嬢はお菓子作りを趣味とすると知り、キッチンを借りた女性。元々好きだった料理のスキルを活用して、ジェミニも領主も、料理のおいしさに目覚めました。 そのスキルを生かしたいと、いろいろなことがあってから騎士団の料理係に就職。 ひとり暮らしではなかなか作ることのなかった料理も、大人数の料理を作ることと、満足そうに食べる青年たちの姿に生きがいを感じる日々を送る話。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」を使用しています。

処理中です...