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目的のためには手段を選ばず
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やっとこさ書き終えた日記を巳鶴さんに預け、私と薫くんは食堂にやってきた。後ろから綾芽に櫻宮様、海斗さんもついて来ている。
薫くんが厨房の冷蔵庫からおやつを取り出してくるのを待つ間、私は食堂の壁に立てかけてある私専用の椅子をずるずるとテーブルまで引っ張っていった。座る時は届かないので、そこはほれ。海斗さんに両腕を上げて抱きかかえていただきました。
南の凛さんお手製の前掛けもしたし、服の袖もまくった。両手はお膝だし、足もプラプラさせてない。
……よし。
「じゅんびできましたよぉー。まっだでっすかぁー?」
「はいはい。ちょっと待って」
「むふぅー……みゅっ」
ほっぺたむにゅむにゅ、やーめーてー。
海斗さんは手持ち無沙汰を紛わせるように、私の頬を片手で鷲掴んで遊び始めた。それを、向かいの椅子に腰を下ろす綾芽の膝上に座っている櫻宮様がじぃっと見てくる。
……そ、そんなに見られると、ちょっと恥ずかしい。
だから、海斗さんの手を押しやり、椅子から落ちない程度に身を乗り出して、海斗さんの背に半分隠れるように椅子の上に立った。
「危ねぇぞ? 椅子から下りたいのか?」
「んーん。ちがうよ。あのね、ちょっと……はずかしいぃ」
「は?」
海斗さんは私の微妙な心の変化に気づいてくれなかった。
まぁ、当然といえば当然なんだけど。
何やってんだと椅子に座り直させられ、仕方ないから顔を両手で隠すことにした。
……ちらり。
見てる。見てるよぉっ! すっごく見てるよぉっ!
駄目だ。つい気になって、指の隙間から覗いてしまう。一方、海斗さんはそんな私の様子を肘をつき、面白そうに傍観している。
これはあれですか。さっきのすね毛剥ぎの時、同じように手で目を隠しつつも面白がってた罰ですか。そうですか。
あれは、もはや怖いもの見たさに近いやつだった。怪談とかとはまた違う、スリル的なやつ。
とはいえ、すね毛剥ぎ事件は綾芽が主犯。それを夏生さんも止めなかった。私にどうこうできるはず、ないない。
「なにしてんの?」
「なにも? なんでもないですよ?」
薫くんがオヤツがのったお皿とフォークを持って、食堂の方に戻ってきた。
私、両手は膝の上。良い子で待ってますよ? それだけです。
「はい。お待たせ」
「……ありがとうございます。だいすきです」
「そりゃ良かった」
椅子についてる台に乗せられたオヤツを見て、思わず台の縁に手を揃えてお辞儀をしてしまった。
グラ、グラサ……なんとかってやつで、表面が艶々してるムースかケーキ。ちなみに、前に食べたやつは中身が二段構成で、ミルクチョコとビターチョコのチョコケーキでございました。
私がこれをどれだけ大好きなのか語り出すと少し長くなりますが、これと出会うこと、かれこれ……
「いらないなら俺が食べるぞ?」
「……っ! きょえぇええええっ!」
「ぶふっ! ちょ、おまっ、いつから神様やめて妖怪になったんだよっ」
げに恐ろしきは、女の情念と食べ物の恨みなりっ!
海斗さんてば、私が食い意地が張っているのを知っているくせに、なんて酷いことをしようとするのか。
ちなみに、女の云々は東のおじさん達の受け売り。本当かどうか、私は知らぬ。
「ふ、ふぇっ」
「……あ、ご、ごめんねぇ」
私の奇声に驚いたのか、櫻宮様の顔がみるみるうちにゆがんでいく。
な、泣かないでぇ。泣かないでねぇ。
えっと、えっと……。
「……」
「どうした?」
オヤツがのったお皿をじっと見る私に、海斗さんが不思議そうに尋ねてきた。
……よし。
「……た、たべるぅっ?」
本心では全部食べたい未練たらたらだから、つい声が上ずってしまった。
目の前に差し出されたお皿を見て、櫻宮様は泣き出すのをやめ、大きな目をパチパチと瞬かせる。
すると、私の額に綾芽の手がさっと伸びてきた。
み、宮様っ! 櫻宮様の身体がテーブルの縁に押しつぶされてなぁいっ!?
「熱はあらへんなぁ。変なもんでも食べたんやろか」
「失礼な。ここで出す料理に変なものなんかないよ。綾芽こそ、何か変なもの買い与えたんじゃないの?」
「ねちゅ……ねつはないよ?」
「いや、お前が自分から誰かに食いもんを分け与えるなんて、熱でもないなら何かの天変地異の前触れだろ」
ちょい待ち。
私だって誰かと一緒に食べる時、ちゃんと分けとるわい。……たくさんある時、とか。さっきの海斗さんへの威嚇は、私の許可なくだったからだし。
い、今だってほら、そりゃ泣き止んでくれたらなぁ的な打算もあったけど、年上の兄弟はこういう時、年下の兄弟に分け与えるものなんじゃないの?
あれ? 違う? 間違えた? 一人っ子だから、そういうとこ難しい。
「……はっ! あれりゅぎー?」
「いや、アレルギーはなんもあらへん」
「そっか。なら、だいじょぶね」
「……だいじょぶ。……ってぇ」
ちょぉっと噛んだだけなのに、繰り返すからだよ、海斗さん。
しかも、私の非力なパンチなんて絶対痛くないくせに。
「……ど、どぞっ。お、おいしいからっ。……あげる」
「お前、相手が櫻宮だからって委縮しなくてもいいんだぞ?」
「そうや。精神も後退しとんのやったら、どうせ分からへんし、気兼ねせんと食べたらえぇやん」
「んー」
そういうわけじゃない。別に委縮してたり、気を使ってるってわけじゃなくて。
なんていうんだろ。自分が好きなものを相手にも好きになってもらいたい的な? それとも、これがお姉さん風吹かしたいってやつ?
「いぃのっ!」
「でもこれ、最後の一個だよ?」
「……いい」
も、もう一生食べられないわけじゃないんだから。
だから、大丈夫。大丈夫。……大丈夫大丈夫大丈夫。
「暗示かよっ」
いかん。また口から漏れてたみたいだ。
は、早く食べて欲しい。でないと……じゅるっ。
「……はぁーっ。何も全部あげることないでしょ」
「ん?」
「ちょっと待って」
薫くんがまた厨房に戻っていき、フォークとお皿を持って戻って来た。それからオヤツを切り分ける。
「わ、わわっ! ふらんぼわーず!」
今日の中身はフランボワーズのムースだった。
表面のトロリとしたコーティングといい、フランボワーズの甘酸っぱいムースといい、二重で私の好きな物だ。
「……はい。チビが四分の三で、残りがそっち」
「そっちって」
「たとえ小さかろうが大きかろうが、櫻宮は櫻宮だからね。僕は好きじゃない」
「いいきった!」
とはいえ、これで二人ともオヤツを食べられる。
深々と頭を下げて、いただきますの合掌。
フォークを持って、いざ! 実食!
「……はあぁっ」
「どう?」
「まことに、たいっへん、びみでございます」
このお菓子を初めに発明?創作?してくれた人、グッジョブ。そして、その良さを最大限引き出す薫くんの腕の良さといったら。
当然、惜しみつつもペロリと平らげてしまう。
ご馳走様でしたと、また同じように深々と合掌。
そうなると、気になるのは櫻宮様の反応だ。
「お……あ゛」
美味しい?と尋ねてみる予定だった私の目の前で、その凶行は行われた。
まだ手付かずだったソレを鷲掴みする櫻宮様。ま、まさかまさかと思っていると、案の定、次の瞬間、ソレはべしゃりとテーブルに叩きつけられた。
……な、な、なななななっ。
私の脱力した身体はするすると椅子を滑り、勢いよく床に落ちて尻餅をついた。その鈍く大きな音で、櫻宮様は泣き出してしまった。
……泣きたいのはこっちもだよ。ぐすん。
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