ひよっこ神様異世界謳歌記

綾織 茅

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目的のためには手段を選ばず

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◆ ◆ ◆ ◆


 部屋に帳面をとりに戻っていたチビが戻ってきた。

 障子を開け、廊下で部屋の中を見渡して突っ立っている。


「なにしてんだ。早く入れ。寒いだろうが」
「あ、ごめんなさい」


 中に入って障子を閉め、こちらを向くが、なにやら考え込んでいる。帳面を抱えたまま、あっちへ行き、こっちへ行きと部屋の中をうろうろし始めた。

 ……あぁ、いつもは劉の膝に行くところが、今は櫻宮を膝に乗せてるから行き場に困ってるわけか。確かに、チビの背じゃあ、この机は書きもんするには高いしな。


「なにしとるん。こっち来ぃ」
「……いいっ」
「は?」


 机から身体を少し離し、迎え入れる準備はできていたというに、雅はその綾芽の誘いを片手をあげてった。

 そして、そのまま巳鶴さんと薫の顔を交互に見て、わざわざ薫の手を持ち上げ、机との隙間すきまに収まった。いそいそと持ってきた帳面と筆の準備を始めるからにはそこに落ち着くつもりなんだろう。

 薫も、世話役である綾芽もいるこの面子めんつの中で、チビが自分から寄ってきたという優越感ゆうえつかんからか、まんざらでもない表情を浮かべた口元を手で隠しながら好きにさせている。


「……い、いやぁ、ほら、さ。元気だせよ」
「海斗。……禿げろ」
「なんでっ!? 今の、失言!? 俺、なんか悪いこと言ったか!?」
うるさい。簀巻すまきにして実家の玄関に放り込んでやろうか」
「おまっ、ちょっ、方言! 方言どこ行った!?」
「夏生さん、ガムテープ」
「あー、どこしまったかな」
「いや、止めて! 止めてくれよっ!」


 止める?
 声をかけるタイミングを見誤ったお前の責任だろうが。

 あと、単純にやかましい。
 ここの頭が鳳だったら、まず間違いなく今頃部屋の外に蹴り出されてるぞ。


「あ、そういえば……っ。び、びっくりしたぁ」


 何かを思い出したチビが顔を上げて薫の方へ顔を向けると、薫の背後に立った神さんが上からのぞき込んでいるのに気づいたらしい。

 まぁ、能面みたいな顔した神さんがじぃっと何も言わず気配もさせずに見下ろしてりゃ、そりゃ驚きもするだろうさ。ま、今回ガン見されてんのはチビじゃなくて、薫の方みたいだけどな。ほんと、何しに来たんだこの御仁は。


「なにしにきたの?」
「……」


 神さんがスッとふところから取り出したのは、数枚の紙。

 数秒後、職業柄、見たことを忘れないようにと、その紙に書かれた内容を熟読しようとしたことを後悔した。

 “初めての子育て。仲良し親子になるためにやるべきこと”

 おんぶをする、と、何かを食べさせる、と、おねだりをしてもらう、と、かみをあらう、のところに地味にチェックが入っている。それ以外をつぅっとなぞっていく神さん。
 もしかして、もしかしなくても、これの続きをやりに来たのか? このタイミングで?


「……」
「……ばいばい」


 今ばかりはさすがにねぇ。ねぇんだよ、神さんよ。他だったら、思わず同情しちまいそうな状況だが、いかんせんこっちも色々問題抱えてんだから、今じゃない時にしてくれや。頼むから。ホントに頼むから。
 チビはチビで、こちらも無表情で手を振っている。それが余計になんとも言えねぇ状況作ってんだよ。


「それと、ふみを預かってきた」
「文?」


 神さんから預かった書状形式の手紙の封を開け、ぱらぱらとめくり読む。


「文にはなんと?」
「……おい、雅」


 文の内容が気になって聞いてきた巳鶴さんに文を渡し、神さんにはもう目もくれず書き物をしているチビに声をかけた。


「鳳の入院した病院で、元老院の奴が取り逃がしたヤツがいたって言ってたよな」
「ん? あい、いました。つっきー、めちゃくちゃおこってた」
「んな情報はどうでもいい。姿は見たか?」
「ううん。みてないです」
「そうか。ならいい」


 文に目を走らせ、文字を追うごとに眉をひそめる巳鶴さんに、その両脇から綾芽と海斗も文を覗き込む。

 病院の一件で取り逃がしたヤツが保護を求めて元老院に駆け込んできた?
 しかも、人間に使役しえきされていて、主の名前は言えないように幾重いくえにも術がかけられていやがるから、現在解除班が対処中?

 ずいぶんとまたタイミングが重なるもんだ。
 それに、あの件の時も龍脈騒ぎが……この間のと繋がってやがるのか?

 そのうえで、差出人の千早が最後に言ってきたのが、雅を外に出すなと来たもんだ。絶対この文に書いていない情報以上のことがあるだろ。


「……客間が一つ空いてたな。布団もあるだろ」
「え? え?」
「確か、陛下がこちらに滞在されていた時にお使いになられた布団なら」
「神さんには悪いが、しばらく泊まってもらいたい。構わねぇか?」
「あぁ、構わぬ。アレにも知らせねばなるまいな」
「すまねぇな」


 なんだか嫌な予感がしてきやがる。
 こういう時には人手は多いにこしたことはねぇ。


「なんでこのひとにおとまりおねがいするのさぁ。がまんするのがまたひとつふえたよ」
「ぶつぶつ文句を言わない」
「あいてっ」


 いつまでもぶすくれる雅に、薫がいい加減にしろと頭を叩いた。

 まったく。誰のために頭下げてやってると思ってんだか。


「……」


 手元に持っている例の紙をじっと見る神さん。

 悪い事は言わねぇから、今はやめとけ? 鍛錬に、櫻宮に、あんたにと、あいつもなかなか一杯一杯なんだ。さらに嫌われるようなことやるもんじゃねぇだろ。


「……いかん」
「どうした?」


 まだ重要な話でもあったのかと、皆が顔を強張らせる中。


「絵巻を持ってくるのを忘れた」


 そっと手元を覗くと、もちろん書いてある。

 “読み聞かせをしてあげる”

 ……頼むから! 頼むから、もっと自分の家族のこと以外にも関心をもってくれよ! 今じゃないだろ、絶対今じゃないだろ、その言葉っ。しかも、さも重大かのようにっ。

 あぁ、なんだ、デジャヴだぞ、これ。前にも絶対あったぞこんな状況。
 思い出した頃にやってくるもう一回ってやつか、これ。


「……」
「え!? ちょ、ちょ、ガムテ!? 夏生さん、ガムテでぐるぐる巻きはやめようぜ!? なっ!」
「悪ぃ。八つ当たりだ」
「八つ当たりだって最初に言っちまうのも珍しい白状の仕方だなぁ、おいっ! ちょ、まじ勘弁かんべん! ごめんなさい! 俺が悪かった、のか今もって分かんねぇけど、とりあえず謝っとく! ……って、おい! 綾芽! おまっ、せめて服の上から! すね、いや、待って! 冗談だろ!? なぁ!?」


 その後、海斗がガムテ―プですね毛をはぎ取られるという洗礼を受け、馬鹿でかい悲鳴をあげたもんだから、櫻宮が泣き出し、この場はそれで終了。雅で慣れたのか、劉のあやし方も手慣れたもんだ。

 一方、さすがに海斗のことをあわれに感じたのか、薫からは明日一日の食事の献立こんだてを海斗の好物でそろえてあげると、若干引き気味の顔で言われていた。

 ……ふぅ。
 年度末には都に花見目的でさらに人が集まってくる。それまでにケリをつけたいもんだが。今年度は騒動の目白押し。上手く事が運べるか、まさしく神のみぞ知るってか。

 ……その神さんが騒動持ち込んできやがる時にゃどうしろと。

 雅に櫻宮と、二人もガキが部屋にいるせいで、苛立いらだった時に吸っている煙管きせるに手が伸ばせない。煙管箱の持ち手をかつかつと指で鳴らし、手が伸びそうになる気持ちを抑えるしかなかった。
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