ひよっこ神様異世界謳歌記

綾織 茅

文字の大きさ
上 下
232 / 314
あなたはどちら?

8

しおりを挟む

 東や南はもちろんのこと、北のお屋敷にも一度は行ったことがあった。
 でも、この西のお屋敷に来たのは初めてだ。他の三つのお屋敷を見た後だと一際ひときわ異彩を放っている西のお屋敷。某寺院を彷彿ほうふつとさせる金ピカさで、なんというか、主張が激しい。

 それに。


「なんていうか……でそう?」


 お屋敷自体は金ピカで派手なのに、それを取り巻く空気というか雰囲気というのがなんとも暗く重い。中で何があったのか知らないけど、これは昨日今日始まったものではないはずだ。


「たとえ出るとしても、貴女には中に入ってもらわなければ困ります」
「なら、さいしょからなかにつなげてくれても」
「駄目なんです」


 なんで? だって、この赤い門って、どこにでも繋げられるんじゃないの?
 え? そんな良い代物しろものあるわけないだろ的なやつ?


「この門は確かに大抵の場所へ繋げられますが、ここの中へは駄目なんです」
「どうして?」


 幼児のなんで?どうして?攻撃にきちんと答えようとしてくれていたコリン様を、隣にいたカミーユ様が片手で制した。


「君がここにいる理由は物見遊山ものみゆさんに来て、コリンを質問攻めにすることだったのかい?」
「あっ! かなでさま、まってる!」


 出入口、出入口……あっちか!
 待ってて、奏様! 今、行きます!


「あっ! ちょっと待って!」


 走り出した私をコリン様が追ってくる。

 門をくぐると、そこは何があったのか、すごく荒れていた。庭にある石灯篭いしどうろうは倒れてこわれてしまっているし、草や花もみ荒らされている。それに、ここから見える母屋おもやも障子が何枚か外れたり大きく破れてしまっている。
 それに、あんまり考えたくないけど、所々落ちているこの赤い水は……アレ、だよね。


「雅!?」
「あっ! なつきしゃん!」


 丁度縁側へ続く廊下を曲がってきた夏生さんとばったり鉢合はちあわせた。
 何でここに?と驚く夏生さんは奏様からきっと聞かされていなかったんだろう。駆け寄って、奏様に呼ばれたのだと教えると、夏生さんの眉がひそめられた。


「力を使わせるなと言ってやがったってのに」
「きっと、てあてのおてつだいよ。だから、わたし、かなでさまのとこにいかなきゃ」
「待て! ここでは単独行動は禁止だ。いいか? これは命令だからな?」


 縁側からそのまま母屋の中へ入ろうとした私の頭を上から掴み、登れなくされている。これはうなずかない限り登れないやつだ。

 別に難しいことではないから、ブンブンと頭を縦に振って納得してもらった。後ろにコリン様もいてくれるから説得力もある。むしろ、私の頷きよりもそっちに納得してくれたクチかもしれない。


「ったく。あいつ、何考えてんだか」
「ねぇねぇ、なつきしゃん。かなでさまは?」
「奥で治療しまわってる」


 私の身体を抱え、夏生さんが来た道をまた戻っていく。


「いいか? 今から会う西の奴らの言動には耳を貸さなくていいからな。治療に必要なことだけにしとけ。分かったな?」
「あい」
「何かあったらすぐ報告だ。いいな?」
「あい」


 ホウレンソウ、大事だもんね。ちゃんと分かってる。

 そうこうしている間に夏生さんの足がとある一室の前で止まった。片手で私を抱え直し、空いた方の手でその部屋のふすまを開けた。


「……」


 絶句という言葉がここまで正しい状況はそうそうないだろう。

 怒号につぐ怒号。それらが治療している者同士でなく、治療されている者から次々と発せられていた。痛みを訴えるのであればまだ可愛いもの。中には治療とはまるで関係ない、相手を罵倒ばとうする声まで耳に入ってきた。

 奥にいた奏様の背をすぐに見つけられたのも、明らかな怒気を周囲に振りまいているせいで、そこだけ他に比べると圧倒的に周りとの温度差が激しいからだ。


「はい。これで大丈夫よ。後は放っておいても問題ないから」
「はぁ!? まだ完全に治っていないだろう!? きちんと治療しろ! 人外のクセにそんなこともできないのぐぁっ!」


 最後、カエルのつぶれたような声を出したのは、奏様が患部かんぶ近くを押さえ込んだせいだ。
 痛みに文句どころじゃなくなった患者を見下ろしている奏様は今、どんな表情をしているのか。背を向けているせいでうかがい知れないけれど、きっととても怖い顔をしているに違いない。その様子が一番近くで見られる隣で治療していた人とされていた人双方が一気に静かになったのだから。


「はっ。人間のクセに、いっちょまえに誰に口きいてんの? 私は大丈夫だと言った。これ以上何を求める? あぁ、新薬の検体にでもなってくれようかって? あら、嬉しや。ヒトではなかなか試す機会がなくってね」
「ひっ! や、やめろっ……やめてくれっ」
「大丈夫、大丈夫。次に目を開けたらちゃんと完全に治ってるわよ。まぁ、人間用に作ってないから効き目が強すぎるってところがアレだけど。でもまぁ、三途の河さえ渡れば皆完治で元気元気。ご要望通り。問題ないわよねぇ?」


 奏様は患者を押さえ込んでいない方の手で白衣のポケットを探り、小瓶こびんを一つ取り出した。なんて言うか、色が尋常じんじょうじゃない。

 さぁ、一気、と。奏様が小瓶のコルクを親指で開けるという慣れた仕草を見せた。


「ま、まって!」
「この者は第四課の審議を済ませた罪人ではありませんよ。またさらに翁におしかりを受けるおつもりですか?」


 夏生さんの腕の中から飛び降りた私と、隣にいたコリン様の二人で奏様の両脇から腕を抱き込み、間一髪のところで止めさせた。

 少し顔を上げると、奏様の目と目が合った。何を考えているかよく分からないけれど、今目をそらしたら負けな気がするからそらさない。


「あぁ、こんなにしてしまって。傷口が余計に開いてしまっているではありませんか」


 奏様の手が離れたのをいいことに、コリン様が患者の傷口をて眉をしかめた。
 どこからか包帯を取り出すと、手際よく消毒をほどこして包帯を巻きつけていく。

 そして、めに。


「っ!」
「っと、これでよし」


 包帯をこれでもかと強く締め上げたコリン様。患者はあまりの痛さに呼吸するのをしばらく忘れ、息をめた。

 さ、次へ。

 そう言うコリン様はさわやかな笑みを浮かべている。


「……翁に叱られるんじゃないの?」
「これは必要な処置ですよ。まぁ、僕も戦場で戦いながら応急処置をする身ですから、多少は荒っぽい処置になったかもしれません」
「……誰かに似てきたわね。雅ちゃん、真似しちゃダメよ?」
「あ、あい」


 誰かが誰なのかは分からなかったけれど、ここは素直に返事をしておいた。

 人外の方々は、笑顔が深まるほどコワイ。

 よぉく学ばせていただきました。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

アストルムクロニカ-箱庭幻想譚-(挿し絵有り)

くまのこ
ファンタジー
これは、此処ではない場所と今ではない時代の御伽話。 滅びゆく世界から逃れてきた放浪者たちと、楽園に住む者たち。 二つの異なる世界が混じり合い新しい世界が生まれた。 そこで起きる、数多の国や文明の興亡と、それを眺める者たちの物語。 「彼」が目覚めたのは見知らぬ村の老夫婦の家だった。 過去の記憶を持たぬ「彼」は「フェリクス」と名付けられた。 優しい老夫婦から息子同然に可愛がられ、彼は村で平穏な生活を送っていた。 しかし、身に覚えのない罪を着せられたことを切っ掛けに村を出たフェリクスを待っていたのは、想像もしていなかった悲しみと、苦難の道だった。 自らが何者かを探るフェリクスが、信頼できる仲間と愛する人を得て、真実に辿り着くまで。 完結済み。ハッピーエンドです。 ※7話以降でサブタイトルに「◆」が付いているものは、主人公以外のキャラクター視点のエピソードです※ ※詳細なバトル描写などが出てくる可能性がある為、保険としてR-15設定しました※ ※昔から脳内で温めていた世界観を形にしてみることにしました※ ※あくまで御伽話です※ ※固有名詞や人名などは、現代日本でも分かりやすいように翻訳したものもありますので御了承ください※ ※この作品は「ノベルアッププラス」様、「カクヨム」様、「小説家になろう」様でも掲載しています※

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

RD令嬢のまかないごはん

雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。 都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。 そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。 相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。 彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。 礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。 「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」 元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。 大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

白と黒

更科灰音
ファンタジー
目を覚ますと少女だった。 今までの日常と同じようで何かが違う。 のんびり平穏な暮らしたがしたいだけなのに・・・ だいたい週1くらいの投稿を予定しています。 「白と黒」シリーズは 小説家になろう:神様が作った世界 カクヨム:リーゼロッテが作った世界 アルファポリス:神様の住む世界 で展開しています。

何でリアルな中世ヨーロッパを舞台にしないかですって? そんなのトイレ事情に決まってるでしょーが!!

京衛武百十
ファンタジー
異世界で何で魔法がやたら発展してるのか、よく分かったわよ。 戦争の為?。違う違う、トイレよトイレ!。魔法があるから、地球の中世ヨーロッパみたいなトイレ事情にならずに済んだらしいのよ。 で、偶然現地で見付けた微生物とそれを操る魔法によって、私、宿角花梨(すくすみかりん)は、立身出世を計ることになったのだった。

私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako
ファンタジー
異世界の田舎の孤児院でごく普通の平民の孤児の女の子として生きていたルリエラは、5歳のときに木から落ちて頭を打ち前世の記憶を見てしまった。 ルリエラの前世の彼女は日本人で、病弱でベッドから降りて自由に動き回る事すら出来ず、ただ窓の向こうの空ばかりの見ていた。そんな彼女の願いは「自由に空を飛びたい」だった。でも、魔法も超能力も無い世界ではそんな願いは叶わず、彼女は事故で転落死した。 魔法も超能力も無い世界だけど、それに似た「理術」という不思議な能力が存在する世界。専門知識が必要だけど、前世の彼女の記憶を使って、独学で「理術」を使い、空を自由に飛ぶ夢を叶えようと人知れず努力することにしたルリエラ。 ただの個人的な趣味として空を自由に飛びたいだけなのに、なぜかいろいろと問題が発生して、なかなか自由に空を飛べない主人公が空を自由に飛ぶためにいろいろがんばるお話です。

処理中です...