208 / 314
おにはうち ふくもうち
1
しおりを挟む◇ ◇ ◇ ◇
「うーん」
あの世一歩手前の所まで行った例の件は、日々の忙しさにあっという間に過去のものとなっていった。
もーいーくつねーるーとーの時期から、おにはーそとーの時期がやってきた。
子供生活をエンジョイしている私も、仮御所となっている南のお屋敷で旧暦の大晦日の晩、つまり節分の日に大儺の儀をするから一役買って欲しいと、帝様直々にお仕事を依頼されてしまったのだ。
この儀式の流れは実家の浅葱神社でもやってるから大体分かる。この容姿からして、鬼を祓う主役である方相氏と呼ばれる人についてまわる侲子と呼ばれる童子役をやるんだろう。
ただ、困ったことが一つ。
正真正銘本物の鬼である奏様とお知り合いになれた今、前みたいに鬼は外と声に出すどころか心の中でも思っちゃいけない気分になってしまうのだ。
この間だってとってもお世話になったのに、これでは恩を仇で返すようなもの。
さてはて、一体どうしたものだろうか。
「おいおい、どうした? 難しい顔して」
「あ、かいと。……あのねー」
通りがかった海斗さんに今の私の大いなる悩みを話すと、海斗さんも腕を組んでウンウンと頷きながら聞いてくれた。
海斗さんはうーんとしばらく天井を見て、ハッと何かを思いついたように顔を明るくさせた。それからニィッコリと笑って私の方を見てきた。
私は悟った。
相談する相手、間違えたよね。うん。
「だからな? ここをこーして、な? やるんだよ」
「えー!」
「おい、なにやってんだ?」
「「げっ」」
徹夜につぐ徹夜で書類仕事を片付けていた夏生さんが丁度お風呂から上がって部屋へ戻る所にかち合ってしまった。
徹夜明けの夏生さんは非常に凶ぼ……んんっ。怖い。その徹夜が横に座ってる海斗さんと綾芽がまめに書類を提出しないことで発生したものならなおさらだ。当社比ならぬ私比で三割り増しで怖い。
ちなみに綾芽はというと、普段は街の見回りに出かけるまでにめっちゃ時間がかかるのに、今日はいの一番に出て行った。ほな、行ってくるわと言っていた時の笑顔は輝いていた。確信犯だ。
「え、あ、べ、ベツニ?」
「あ゛ぁ?」
これで街の平穏を守る一部隊の長だ、なんて詐欺だ。ヤのつくご職業の人と並べても遜色ない。
けれど、そこはさすが、海斗さん。慣れてる。慣れていいのか分からないけど、声が裏返ってしまったけど、慣れてる。
「こ、こいつが陛下に任された仕事の内容がいまいち分からなかったって言うから、教えてやってたんだよ。ほ、ほら、毎年見てるから、俺達」
「……面倒ごとは起こすなよ?」
「お、おう」
極限に近い眠さから飢えた獣のような目で睥睨されれば、コクコクと頷くしかない。顔振り人形もびっくりなスピードだ。
夏生さんはジッと私の目を見て、それからもう何も言わずに部屋に戻って行った。
「行ったか?」
「……ん」
ふぃーっと背伸びして上半身だけ縁側に寝転がる海斗さん。
海斗さんが足をつけている地面には、さっきまで書いていた図がグリグリと証拠隠滅を図られている。何を隠そう南のお屋敷の簡単な見取り図だ。
「今日は何時から南に行くんだ?」
「もうそろそろかな? ひさしぶりにおひるごはんもいっしょにたべようって、みかどさまがいってたって」
「ふぅーん」
「かいとたちはー?」
「俺らは夕方じゃねーかな? あんまり早く行っちまうと邪魔だろ?」
「そっか」
「んじゃ、さっきの復習するぞ。……覚えてられんのか?」
「だいじょーぶ。わたし、やればできるこ」
そうこうしていると、玄関の方から私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
……南の蒼さんに茜さんだ!
「あっ! いたいた!」
「雅ちゃん、お久しぶりー」
「んん? ……げっ」
蒼さんと茜さんの背後にもう一人いるのを目ざとく見つけた海斗さんは、素早く地面の図を消し姿勢をただした。
「随分と暇があるようだな」
南のお屋敷のボスにして、西のお屋敷のボスでもある鳳さんだ。綾芽と海斗さんの天敵でもある。
秋口には入院するほどだった怪我も大分良くなっているみたい。良かった良かった。
「そんな暇があるなら、うちに来て馬車馬のように働いてもらおうか」
「いやいやいや! 今日は非番なだけだって。な? 雅」
「ん。かいとはね、きょうはおやすみなの。だからわたしがはなしあいてになってあげてた」
「あげてた? ……そーいうことだよ!」
海斗さんは、いいから話を合わせてっていう私の目配せにちゃんと気づいてくれた。助かったとばかりに胸を張って鳳さんに言い返した。
「まぁ、いい。準備はできているか?」
「あい」
「陛下がお待ちかねだからね。行こっか」
「はーい」
どっこらしょっと。
茜さんが伸ばして来た手を掴んで立ち上がった。ちゃんと自分の足で地面に降りたというのに、茜さんは手を離そうとしない。それどころかもう片方の手まで差し出して来た。
んん。抱っこですか?
うーん。お正月太りが改善されてるといいけど。
という内心の葛藤は茜さんの期待のこもった眼差しと、楽ちんできるという某保護者に似てきた考えによって霧散した。
「おもくないですか?」
「んー? ぜーんぜん。それに、仮に重くなってるとしても、雅ちゃんが成長してるってことでしょ? 美味しいものをたくさん食べられてるって、嬉しくなることはあっても嫌になることなんかないよ」
「んまっ」
なんて大人の鑑的なことを言ってくれるお方なんですか。子供心にグッときました。子供じゃないけど。
お礼にほっぺスリスリしちゃおう。マシュマロぞ? 我、魅惑のマシュマロほっぺぞ? ふふっ。子供のほっぺってどうして気持ちいいんだろうね?
思わず笑みがこぼれる茜さん。
「あ、ずるい」
「へっへー。いいだろー」
「おい、じゃれ合いは屋敷に戻ってからにしろ」
「「はーい」」
双子らしく重なる返事を聞いた鳳さんは門の方へ踵を返した。その背を蒼さんと茜さんは小走りで追いかける。
「じゃーさきにいってまーす」
「おぅ。しっかりやれよ?」
「あい」
海斗さんの姿が見えなくなる前に敬礼ポーズで挨拶して、四人で正門をくぐった。駐車場に停めてあった車に乗り込み、私達は東のお屋敷を後にした。
0
お気に入りに追加
822
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
俺を追い出した元パーティメンバーが速攻で全滅したんですけど、これは魔王の仕業ですか?
ほーとどっぐ
ファンタジー
王国最強のS級冒険者パーティに所属していたユウマ・カザキリ。しかし、弓使いの彼は他のパーティメンバーのような強力な攻撃スキルは持っていなかった。罠の解除といったアイテムで代用可能な地味スキルばかりの彼は、ついに戦力外通告を受けて追い出されてしまう。
が、彼を追い出したせいでパーティはたった1日で全滅してしまったのだった。
元とはいえパーティメンバーの強さをよく知っているユウマは、迷宮内で魔王が復活したのではと勘違いしてしまう。幸か不幸か。なんと封印された魔王も時を同じくして復活してしまい、話はどんどんと拗れていく。
「やはり、魔王の仕業だったのか!」
「いや、身に覚えがないんだが?」
異世界でタロと一緒に冒険者生活を始めました
ももがぶ
ファンタジー
俺「佐々木光太」二十六歳はある日気付けばタロに導かれ異世界へ来てしまった。
会社から帰宅してタロと一緒に散歩していたハズが気が付けば異世界で魔法をぶっ放していた。
タロは喋るし、俺は十二歳になりましたと言われるし、これからどうなるんだろう。
ひねくれ師匠と偽りの恋人
紗雪ロカ@失格聖女コミカライズ
恋愛
「お前、これから異性の体液を摂取し続けなければ死ぬぞ」
異世界に落とされた少女ニチカは『魔女』と名乗る男の言葉に絶望する。
体液。つまり涙、唾液、血液、もしくは――いや、キスでお願いします。
そんなこんなで元の世界に戻るため、彼と契約を結び手がかりを求め旅に出ることにする。だが、この師匠と言うのが俺様というか傲慢というかドSと言うか…今日も振り回されっぱなしです。
ツッコミ系女子高生と、ひねくれ師匠のじれじれラブファンタジー
基本ラブコメですが背後に注意だったりシリアスだったりします。ご注意ください
イラスト:八色いんこ様
この話は小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿しています。
貴方の隣で私は異世界を謳歌する
紅子
ファンタジー
あれ?わたし、こんなに小さかった?ここどこ?わたしは誰?
あああああ、どうやらわたしはトラックに跳ねられて異世界に来てしまったみたい。なんて、テンプレ。なんで森の中なのよ。せめて、街の近くに送ってよ!こんな幼女じゃ、すぐ死んじゃうよ。言わんこっちゃない。
わたし、どうなるの?
不定期更新 00:00に更新します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる