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うちはうち よそはよそ
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東のお屋敷を出て、歩く歩く。どこまで行くのかというくらい歩く。
途中、公園で遊んでいた健くんに会って、新年最初の挨拶をして別れた。
今は大きな川の遊歩道をとことこと当てもなくお散歩中だ。
「ねぇねぇ」
「うん?」
「どこまでいくんですか?」
「そうだなぁ。もう少しこの川を上ったところにある社までだ。歩くのに疲れたか?」
「うーん」
正直疲れた。もう歩きたくない。
これが綾芽達とだったら迷わず両手を差し出してるところだけど、相手が相手だからなぁ。さすがにまずいことは私にだって分かってる。
「あやめたち、しんぱいしてないかなぁ?」
「それは問題ないぞ」
「ほんと? かみさまがそういうんならそうなんだろうけど……なんかふくざつ」
少しくらい心配してくれたっていいと思うんだけどなぁ。
むすくれていると、神様がフフッと笑った。
「心配せずとも、お前は皆から愛されておるよ」
「……そうかなぁ?」
私がボソリと呟くようにして言葉を漏らすと、神様は足を止めた。そして、そのまま手を繋いでいる方とは逆の方で私の頭を撫で始めた。
「本当に……なものよ」
「え? なんて?」
神様の言葉が急に吹いてきた強い風のせいで聞こえなかった。
落ち葉がかさかさ立てる音、丸裸になった木々が枝を鳴らす音。近くを通る消防車の音。
……消防車!?
「火事か」
神様が消防車が通った方を見て、今まで私と話していた感じと変わらない口調で呟いた。それだけで、足をそちらに向けようとはしない。それどころか、再び私の頭をニコニコと撫でる作業に逆戻りした。
「かみさま、かじですよ!」
「火事だな」
「たすけなきゃ!」
「ん? あぁ、お前がそうしたいのならば行ってみようか」
それじゃあ、私が言いださなきゃ行く気はなかったってこと? ……なさ気だな、この感じ。最初っから神様の人達?ってどこか人間の感覚とずれてるんだよね。
助けられる命があるならば! 助けてあげるが世の情け! あれ? 違う?
……とにかく!
「はやくはやくー」
消防車がけたたましいサイレンを鳴らして走り去った方へグイグイと神様の背中を押し、歩をすすめた。
頭をよぎるのは、過ぎし日のあのお城の襲撃事件。あれでたくさんの人が傷ついた。あんな思いはもう誰かにして欲しくない。少なくとも、私の手が届く範囲にいる人は。
助けることが正義。そこに疑いの余地はなかった。
現場に近づくにつれ、黒い煙が高く上がっていく。嫌な臭いが纏わりつくように鼻の奥に流れ込んできた。
「かみさま! はやくはやく!」
神様が私ごと見えないようにしているのか、誰からも止められずに近くまで来れた。途中、あっ!とか、なっ!とか聞こえた気がしたから、もしかしたら野次馬している人達の中に私達のことが見える人達がいたのかもしれない。
でも、今はこっちに集中だ。
煙を吸わないようにしつつ目を瞑って大きく息を吸い、カッと目を見開いて、やるぞー!という雄たけびを上げ……ようとした時にあることに気づいた。
助けなきゃという使命感に燃えるだけ燃えていた私は、肝心なことを考えていなかった。
“ 一つ、神様の力は無暗に使いません ”
そうだ。神様の力は考えて使わなきゃいけない。使い時を間違えると、とんでもないことになってしまう。そう皆から何度も何度も言い聞かせられてきたっていうのに。
でも、迷っている暇は正直ない。
今やるか、ずっと動かないままか。どちらか二つに一つ。
「……」
私の心の中の葛藤を読んでいるのか、神様がジッとこちらの様子を窺っているのが分かった。
気づいたら、身体は勝手に動いていた。ぎゅっと手を組み、目をしっかりと閉じる。
どうかどうか。
「まぁ、待て」
「……っ!」
神様が私の組んだ手をスパッと手刀で解いた。びっくりして声を出せなかった私を横目に、神様はいつのまにか取り出した扇を開き、完全に傍観モードに入っている。
その間にも、消防隊の人達の必死の消火活動は続いている。
そんな両者の間を交互に目を走らせていると、どこかで見たことのある人達が消防隊の人と何かを話しているのが分かった。何と言っているかまでは分からないけど、消防隊の人が頷くと、その人達が別の方へ目を向けた。
そちらへ視線を追うと、これまた見たことのある、というか例の四季祭で会った北の夏生さんポジの人。それからもう一人。
周りの野次馬と消防隊の人達が離れたところまで遠ざけられたかと思うと、杖をついた白髭を蓄えたお爺さんがトンと地面を一突き。
「わわっ」
杖の音に呼応したかのように火がさらに燃え上がった。屋根が落ちていく音が辺りに響き渡る。そして、その火に呼ばれたとでもいいたげな黒い雲が辺り一面に立ち込めた。次の瞬間、局地的にゲリラ豪雨に相応しい量の雨が一気に降り注いだ。
火元である場所にしか降っていないから、間違いなくあのお爺さんの力だ。
「……すごい」
どんな仕組みなのか分からないけど、周りに雨水が溢れかえるわけではなく、自然と消えている。
お爺さんのおかげで消火できた火元を消防隊の人達が慌ただしく入れ替わり立ち代わり出入りしている。もうそちらの方は本職の方々にお任せだ。
ずっとお爺さんの方を見ていると、私の視線に気づいたのか、気づいていたのか、お爺さん達もこちらに視線を寄越してきた。
「……どれ」
「びっ……くりしたぁ」
神様が私を抱えあげ、スタスタとそちらへ歩いていく。
意外に抱き心地は悪くない。……じゃなくって。
「お前は……夏生んとこの」
「みやびです。こんにちは」
「あ、あぁ」
北のボス、確か名前は……
「由岐。コレがお主が言っていた童か?」
「はい。城の襲撃事件の際に、陛下の御命を救った例の……」
そう、由岐さんだ。お母さんと同じ“ゆき”だなぁって思ったんだよねぇ。他の北の人達の名前は海斗さんが何人か教えてくれたけど、正直あんまり覚えてない。
由岐さんがどんな風に紹介してくれているのか気になるところだけれど、真面目だと海斗さんが言っていたから、変なことは言ってないと思う。
「それで? 何故ここにいる?」
「えっと……」
「お主ではなく、お主を抱きかかえている男の方じゃ」
あ、神様の方か。良かった。
お爺さん、眉間に皺を寄せてると、怒ってる時のひいおばあちゃんに雰囲気が似てるからちょっと恐い。
「年明けてしばらくは参拝者が増えるから自分の総社にいるようにと、神議りで話があったはずじゃが?」
……聞いてない。聞いてないよ、そんなこと!
やっぱり春道さんに絶対怒ってもらわなきゃ。
徐々に深まっていくお爺さんの眉間の皺をものともせず、神様がニコニコと笑い続けているせいでさらに深まるという悪循環。
空気! 空気を読んで!
神様相手に何度したか分からない要求を、今日もまた、心の中で一人叫んだ。
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