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新年準備は人も人外も忙しなく
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しおりを挟む厨房に戻った薫くんはキビキビと料理人さん達に指示を飛ばし始めた。
私と綾芽はつき終わったお餅が運ばれてくるまで食堂の片隅に座って待機。
お暇だぁー。
「……あ」
何かを思い出したのか、ピタッと動きを止めた薫くん。
暇すぎて薫くんが動き回っているのをジッと見ていた私と薫くんの目がかち合った。
二、三言、傍にいた料理人さんに指示を投げると、腰に巻いていたサロンを外して食堂に出てきた。
「どないしたん?」
「青龍社にも鏡餅届けなきゃ駄目でしょ? 誰か行く人決まったの?」
「あー……そやなぁ。決まってへんやろ」
二人してみるみるうちに嫌そうな顔になっていく。
せいりゅうしゃっていうのがどんな所なのかは分からないけど、響きからして神社っぽいよなぁ。
そんな顔するってことは、あんまり行きたくないような所にある、とか?
「チビ」
「……ん?」
下を向いて考えていると、名前じゃないけど呼ばれた。
もう一度顔を上げると、薫くんがなんだかあまりよろしくない笑顔でこちらを見下ろしている。
な、なにさ。
「チビは神社の子だから、神社に行くのには抵抗ないよね?」
「う、うん」
「なら、おつかい。行ってきてよ」
「おつかい?」
「そう。坂の上にある青龍社っていう神社に、さっきできた鏡餅を持っていく。ね? 簡単でしょ?」
「うーん」
確かに簡単だけど……。
今までの二人のやり取りからして、あんまり簡単じゃないんじゃあないのかなぁと思うわけでありまして。
そもそも、お月見の時、私がおつかい行くのを最後まで渋っていたのは薫くんだったでしょ? それが今回は行ってきてって、どういう風の吹き回しだろう?
「行ってきてくれたら一週間、おやつ好きなの作ってあげ」
「で、なにをすればいいのかな?」
腕を耳の横にあて、しっかりと上にのばした。
綾芽はいつもの生温かい目で見てくるけど、薫くんは先程の笑みをさらに深めている。
「そうこなくっちゃ。じゃあ、準備するからちょっと待ってて」
「おや、どこか行くんですか?」
鼻の先がほんのり赤くなった巳鶴さんが、食堂の入り口にかかっている暖簾から顔を覗かせた。餅が入ったボウルを抱え、少しだけ小首をかしげている。
「あい。せいりゅうしゃにおつかいいってきます」
「……青龍社へ?」
「この子に鏡餅届けてもらおうと思って」
「でも、重いですよ?」
「だいじょーぶ」
「私も一緒に行きましょう。さっきの上着はどこですか? それを羽織っておいてください。私も何か上を着てきますから」
「あ、そっか」
割烹着を脱ぎ、椅子にかけておいた白のポンチョを肩から羽織った。
そういえば、綾芽にはまだコレ見せてなかったよね?
「どう? ね、どう?」
「温かそうやなぁ」
「かわいいでしょ」
「ん? あぁ、かわいいかわいい」
心こもってないなぁ。
綾芽、本当はまだ眠いんでしょ。朝早くから見回り行ってたから仕方ないけどさ。
……なんだかなぁ。
「巳鶴さんも一緒に行ってくれるなら大丈夫だね。ちゃんと一緒にいるんだよ? 黙って離れてどこかに行ったり、知らない人間についてっちゃダメだからね?」
「わかってるよ。こどもじゃないんだからー」
「頭の中だけじゃなくて見た目も子供だから言ってんの」
「あ、そっか。……ん?」
今、なんか引っかかることを言われたような。
……ま、いっか。
巳鶴さんが戻ってくるまでにと薫くんがせっせと持っていく鏡餅の準備をし始めた。
さっきまで私達が餅を粉にまぶして丸めていた深さの浅い箱ではなく、新しい箱を取り出し、その中に型にはめた餅を二個入れてその上にラップをかけていく。
動き回っていたせいで髪が乱れていたのか、綾芽が手櫛で簡単に髪をまとめてくれた。
「んふふふー」
新しい洋服着て、優しい巳鶴さんとおつかい。しかも終わったら一週間私の好きなオヤツ付き。
ホクホクすぎてたまりませんなー。
「お待たせしました。準備は……できているようですね。こちらでいいですか?」
「うん。よろしくお願いします」
「分かりました。それじゃあ、雅さん。行きましょうか」
「はーい。じゃ、いってまいります」
「行ってらっしゃい」
行ってきます行ってきますと声をかけながら玄関までを練り歩く。そうすると大抵、行ってらっしゃいと返事をしてくれる。
……なんか、やっぱりいいもんだね。元気になれる言霊って感じがする。
妙にニコニコしている私を訝しんだ巳鶴さんにそう言うと、巳鶴さんはふんわりと口元に下弦の月よろしく弧を作らせた。
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