5 / 27
魔王よりも
3
しおりを挟む元老院の中央部にして最重要建造物、元老院長である翁が日々過ごす中央棟に第一から第六までの課長と副官が集められた。第五の副官二人は人間界へ出張中とのことで席を外すことを特別に赦された。
多忙すぎる仕事中に完全なとばっちりを受けた第四課長、セレイル様は眉間の皺を隠そうともしていない。一方のカミーユ、様とレオン様は吾知らぬとばかりに飄々としている。
「……まずは言い訳くらいは聞いてやらんこともないぞ」
「祭りが最近物足りなくて、つい」
「また聖堂を壊されちゃって、ムカッと来たんです。ごめんなさい」
第五課長レオン様は人間界でも己を人と偽り、神に奉仕する地位を築いている。何も知らずにいられる人間達からは神の白き子羊と謳われ、一昔前には吟遊詩人達がこぞって彼を主人公にした戯曲を作り出すほどの人気を博していた。肩の位置で前下がりに切り揃えられた金の髪はフワリと柔らかく、深青色の瞳は大きい。外見だけで言えば、人外の美しさを持つ者達が肩を並べるこの元老院一容姿が良いだろう。
まぁ、外見が性格に比例している者ばかりじゃないのはこの人を例にして皆が知ることになるのだけど。
レオン様は一応言葉上は反省してるとして、問題はカミーユ、様だ。反省の色なし。それがセレイル様の怒りの導火線を余計に刺激したらしい。
「物足りないなど。遊びを覚えたての子供でもそんなことは口にせんと言うのに、貴様は我慢のきかぬ赤子か?」
「は? 誰が赤子だって?」
カミーユ、様が口にした言葉にセレイル様が鼻で笑った。それに反応して挑発に乗るカミーユ、様。第三課長と第四課長が犬猿の仲というのは元老院の外にも知れ渡るほどの有名な話である。椅子に座る翁を前にして並ぶ時の配置は隣同士。正直、この光景は目が腐り、耳にタコができる程だ。
第一課長、第二課長はまた始まったと溜息をついているし、各課の副官も同じ。レオン様はもうじきティータイムが始まるとそちらに気をとられ始め、第六課長だけが眉を下げ、この状況を憂えている。
「やめんか、二人共」
カミーユ、様とセレイル様の言い争いがとうとう力を行使しそうなものに発展する間際、翁がようやく口を開いた。一斉に口をつぐみ、翁の方へ向きなおる。
翁は自身の顎髭を弄りながら全員の顔を見渡した。
「元老院は己で戦う術を持たぬ者もおる。その者が巻き込まれて害されるのはお前達も不本意であろう?」
そうだ。今の元老院にはあの子もいる。
少し前にこの元老院の敷地内に建てられた屋敷には、人間界の国のうちの一つ、日本のとある高貴な家の少女の霊が生前と変わらぬ姿で暮らしている。その少女は生前に私達と繋がりがあり、その縁で死後、かなりの珍事だが三大魔王が全員後見人となって冥府から引き取った。
その噂は瞬く間に広がり、当然良からぬ考えを持つ者達も少なからずいた。中には偶然が偶然を呼び、かなりの幸運で少女を攫うことに成功した輩もいることにはいたが、その全員が今現在死出の旅路に向かったか、第六課の病棟で癒えぬ傷をおそらく寿命が来るまで持ち身を腐らせることになっている。
だが、結果はどうあれ、その少女が三人、ひいては元老院全体のウィークポイントになっていることは間違いない。その証拠に、全員が襟を正した。
「カミーユは一月の間、捕縛任務の禁止。レオンも同じく一月の間、外交・祭祀のみの職務に留める。それぞれ捕縛、諜報任務はそれぞれの副官であるコリンとホンユエ、ロンユエに決定権を与える。良いな」
「はっ。承知いたしました」
「……殺生な、といいたいところですが、分かりました」
「僕も表の職務にのみに務めます」
「うむ」
一月くらいじゃこの人達はまた似たようなことを繰り返すと思うけど、さすがに今、ここで話を蒸し返すほど愚かではない。レオン様がごねなかったのもあの子に関することだったっていうのもあるけれど、もうすぐ一日のうちで一番楽しみにしているティータイムだからというのもある。それに、セレイル様の眉間の皺も徐々に深まっている。これ以上のタイムロスは避けておいた方が無難だ。
「それで、捕らえた者は皆セレイルの元へ送ってあるのだろうな?」
「コリン、どうなんだい?」
「抵抗して仕留めた者以外は全員を第四課へ連行するよう言いつけてあります」
「だそうです」
「君が捕らえて鷹に第六課の舎館に運ばせた男以外はいるよね?」
「……アレには私の研究の手伝いをさせます」
やはり元老院一の情報通。レオン様は私が研究の実験台にと別枠で捕らえていた男のことを既に関知していた。
「星鈴。被検体ならば必ず私の許可を取った罪人にせよと伝えてあったはずだが?」
「申し訳ございません。後程正式に引き渡しの連絡を行います」
「星鈴。ダメじゃないか。セレイル様のところは体力の限界までセレイル様が仕事を押し付けるせいで、皆さん僕達の薬の世話になっているんだから。これ以上彼らの心痛の原因を作ってはいけないよ?」
「……フェルナンド。お前は遠回しに私を非難しているのか?」
「えっ!? そんなことありませんよ!? 僕は本当のことを言っただけで」
「フェルナンド様、分かりました。もうしません。だからちょっと口を閉じていてください。お願いですから」
「えぇー」
私の直属の上司、第六課長のフェルナンド様は課長達の中でも最年少で、人柄も良い。だが、曲者揃いのここ元老院。ただ人が良いだけでは済まない。思ったことをそのまま口に出してしまう癖のある彼は全く悪気もなく相手に留めを刺すこともままある。よくある。
フェルナンド様が不承不承に口を閉じると、翁はこの場に皆を集めたもう一つの理由、調停三査との会合の話をし始めた。きっと今回のことがなくても集められたであろう内容に、目を輝かせる者、無関心を貫く者、憂いを見せる者などなど、皆がそれぞれ反応を見せた。
「それでは解散じゃ」
翁のこの言葉を合図に、補佐を務める第一課長と副官を除いて全員が部屋を後にした。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる