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魔王よりも

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 元老院の中央部にして最重要建造物、元老院長である翁が日々過ごす中央棟に第一から第六までの課長と副官が集められた。第五の副官二人は人間界へ出張中とのことで席を外すことを特別に赦された。

 多忙すぎる仕事中に完全なとばっちりを受けた第四課長、セレイル様は眉間の皺を隠そうともしていない。一方のカミーユ、様とレオン様は吾知らぬとばかりに飄々としている。


「……まずは言い訳くらいは聞いてやらんこともないぞ」
「祭りが最近物足りなくて、つい」
「また聖堂を壊されちゃって、ムカッと来たんです。ごめんなさい」


 第五課長レオン様は人間界でも己を人と偽り、神に奉仕する地位を築いている。何も知らずにいられる人間達からは神の白き子羊と謳われ、一昔前には吟遊詩人達がこぞって彼を主人公にした戯曲を作り出すほどの人気を博していた。肩の位置で前下がりに切り揃えられた金の髪はフワリと柔らかく、深青色の瞳は大きい。外見だけで言えば、人外の美しさを持つ者達が肩を並べるこの元老院一容姿が良いだろう。

 まぁ、外見が性格に比例している者ばかりじゃないのはこの人を例にして皆が知ることになるのだけど。

 レオン様は一応言葉上は反省してるとして、問題はカミーユ、様だ。反省の色なし。それがセレイル様の怒りの導火線を余計に刺激したらしい。


「物足りないなど。遊びを覚えたての子供でもそんなことは口にせんと言うのに、貴様は我慢のきかぬ赤子か?」
「は? 誰が赤子だって?」


 カミーユ、様が口にした言葉にセレイル様が鼻で笑った。それに反応して挑発に乗るカミーユ、様。第三課長と第四課長が犬猿の仲というのは元老院の外にも知れ渡るほどの有名な話である。椅子に座る翁を前にして並ぶ時の配置は隣同士。正直、この光景は目が腐り、耳にタコができる程だ。

 第一課長、第二課長はまた始まったと溜息をついているし、各課の副官も同じ。レオン様はもうじきティータイムが始まるとそちらに気をとられ始め、第六課長だけが眉を下げ、この状況を憂えている。


「やめんか、二人共」


 カミーユ、様とセレイル様の言い争いがとうとう力を行使しそうなものに発展する間際、翁がようやく口を開いた。一斉に口をつぐみ、翁の方へ向きなおる。

 翁は自身の顎髭あごひげいじりながら全員の顔を見渡した。


「元老院は己で戦う術を持たぬ者もおる。その者が巻き込まれて害されるのはお前達も不本意であろう?」


 そうだ。今の元老院にはあの子もいる。

 少し前にこの元老院の敷地内に建てられた屋敷には、人間界の国のうちの一つ、日本のとある高貴な家の少女の霊が生前と変わらぬ姿で暮らしている。その少女は生前に私達と繋がりがあり、その縁で死後、かなりの珍事だが三大魔王が全員後見人となって冥府から引き取った。

 その噂は瞬く間に広がり、当然良からぬ考えを持つ者達も少なからずいた。中には偶然が偶然を呼び、かなりの幸運で少女をさらうことに成功した輩もいることにはいたが、その全員が今現在死出の旅路に向かったか、第六課の病棟で癒えぬ傷をおそらく寿命が来るまで持ち身を腐らせることになっている。

 だが、結果はどうあれ、その少女が三人、ひいては元老院全体のウィークポイントになっていることは間違いない。その証拠に、全員が襟を正した。


「カミーユは一月の間、捕縛任務の禁止。レオンも同じく一月の間、外交・祭祀のみの職務に留める。それぞれ捕縛、諜報任務はそれぞれの副官であるコリンとホンユエ、ロンユエに決定権を与える。良いな」
「はっ。承知いたしました」
「……殺生な、といいたいところですが、分かりました」
「僕も表の職務にのみに務めます」
「うむ」


 一月くらいじゃこの人達はまた似たようなことを繰り返すと思うけど、さすがに今、ここで話を蒸し返すほど愚かではない。レオン様がごねなかったのもあの子に関することだったっていうのもあるけれど、もうすぐ一日のうちで一番楽しみにしているティータイムだからというのもある。それに、セレイル様の眉間の皺も徐々に深まっている。これ以上のタイムロスは避けておいた方が無難だ。

 
「それで、捕らえた者は皆セレイルの元へ送ってあるのだろうな?」
「コリン、どうなんだい?」
「抵抗して仕留めた者以外は全員を第四課へ連行するよう言いつけてあります」
「だそうです」
「君が捕らえて鷹に第六課の舎館に運ばせた男以外はいるよね?」
「……アレには私の研究の手伝いをさせます」


 やはり元老院一の情報通。レオン様は私が研究の実験台にと別枠で捕らえていた男のことを既に関知していた。


「星鈴。被検体ならば必ず私の許可を取った罪人にせよと伝えてあったはずだが?」
「申し訳ございません。後程正式に引き渡しの連絡を行います」
「星鈴。ダメじゃないか。セレイル様のところは体力の限界までセレイル様が仕事を押し付けるせいで、皆さん僕達の薬の世話になっているんだから。これ以上彼らの心痛の原因を作ってはいけないよ?」
「……フェルナンド。お前は遠回しに私を非難しているのか?」
「えっ!? そんなことありませんよ!? 僕は本当のことを言っただけで」
「フェルナンド様、分かりました。もうしません。だからちょっと口を閉じていてください。お願いですから」
「えぇー」


 私の直属の上司、第六課長のフェルナンド様は課長達の中でも最年少で、人柄も良い。だが、曲者揃いのここ元老院。ただ人が良いだけでは済まない。思ったことをそのまま口に出してしまう癖のある彼は全く悪気もなく相手に留めを刺すこともままある。よくある。

 フェルナンド様が不承不承に口を閉じると、翁はこの場に皆を集めたもう一つの理由、調停三査との会合の話をし始めた。きっと今回のことがなくても集められたであろう内容に、目を輝かせる者、無関心を貫く者、憂いを見せる者などなど、皆がそれぞれ反応を見せた。


「それでは解散じゃ」


 翁のこの言葉を合図に、補佐を務める第一課長と副官を除いて全員が部屋を後にした。


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