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魔王よりも

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「で? なんで私の部屋に皆さん集まっておいでで?」
「そんなに邪険にすることないだろう? 暇だったからさ」
(こちとらこれから怪我人の治療諸々仕事に追われるんですがねぇ!?)


 翁の話が終わり、皆自分達の舎館に戻るのかと思いきや、全然そんなことはなかった。あれよあれよという間にカミーユ、様が、セレイル様が、そして、今回は行政一般諸々を司る第二課の潮様まで着いて来られるではないか。

 第五課長、レオン様に声をかけられ、振り向いたのが運の尽き。いや、あの場合、振り向かないもしくは無視をするという選択肢は私にははなから用意されていない。だから、やむを得なかったのだ。そんなことをできようものならこの人が元老院で一番ヤバいとは言われてなどいない。

 正直、私の執務室は談話室ではない。薬草庫の方に専ら入り浸っているとはいえ、ここは立派な私の執務室。私室とも言える。談笑ならばこの元老院は広大な敷地を誇るのだから、ここにこだわらず、是非とも他でやってもらいたい。なんなら場所を代わりに提供すべく探しだしてもいい。


「ごめんね、星鈴。僕が作ったもので悪いけど、お詫びに焼き菓子を後で持ってくるよ」
「……ありがとうございます」


 人外の戸籍など生活に関する諸々のことを一括して管理する第二課の長、潮様。悪事を働いた人外の捕縛から反乱までを鎮圧するなど戦に関することを管理する第三課の長、カミーユ、様。人外間の些細な諍いから第三課に捕縛されるような人外の裁きなど司法に関することを管理する第四課の長、セレイル様。そして、表は神よ仏よとあらゆる上位の存在に仕える祭祀事の管理、裏ではありとあらゆる世界における監視諜報を職務とする第五課の長、レオン様。この四人は皆同じ時期に課長に就任している。

 悪夢の代替わりと謳われる代の唯一の良心と元老院内外の呼び声高い潮様に申し訳なさそうにされるとそれ以上何も言えない。

 しかも、潮様が作る料理はプロに劣らない腕前と言われるだけあって、その競争率は高い。それを持って来てもらえるのであればイーブンにはならないけれど、ここでお茶とお菓子を提供するくらいの価値はある。後はもう諦念だ。慣れともいう。

 観念して壁につけていた休憩用のティーワゴンを引っ張って来て、完全に寛ぎながら心待ちにしておられるレオン様のために良い茶葉の袋を開けた。


「そういえば、どうなったんだろうねぇ?」
「どうなったとは?」


 丁度背後で準備をする形となった私に、カミーユ様は座ったまま首を後ろにそらして問うてきた。

 この男はもういっそ清々しいまでに享楽主義で刹那主義、自己中心主義。そんな男が気にすることなどどうせロクなことでないとは分かっているけれど、情報が何もない状態では皆目見当もつかない。

 けれど、付き合いの長い他の三人には分かったらしい。


「ふん。どうせまた我々への苦言を呈してきたのだろう。そんなに口出しするならば有能な者を潮の元に寄越せばいいものを」
「併設の学園でも元老院への直接雇用を目指してはいるんだけど。……君の所の業務過多には耐えられそうになくって。なかなか補充できなくて悪いね」
「お前が謝罪する必要がどこにある。私にもそれを受ける謂れはない」
「それにさぁ、棺桶に片足どころか両足、それも前屈姿勢で入りかけてる老害達の言うことなんか気にすることなんかないって。調停三査の職務は僕らの仕事の監視とか言ってるけど、実際のところ、僕たちの仕事にケチつけて自分達の存在意義に必死にしがみついてるだけの無能もいいところの集団なんだから。……まったく、どんな神経してるんだろうね。多忙な翁の時間をそんな無駄な話に使うなんて。これだから使えないゴミは早く消しておくに限るのに」


 どうやら翁が先程戻ってくるまでに行っていた調停三査との会合のことだったらしい。

 そして、怖い。めっちゃ怖い。何がって、潮様を除いた三人の顔が。セレイル様は同業者である地獄の閻魔王ですら優しい裁判官に映るほどだし、レオン様に至っては神も見惚れるほどの笑顔なのに目が笑っていない。氷点下のような、とよく表現されるものですら生易しい。そして、カミーユといえば、自分の腰に下がる剣の鞘をすうっと恍惚の笑みでなぞっている。きっとその剣が赤く染まる瞬間を想像でもしているんだろう。マジでヤバい。

 人外の美しさとはよく言ったもので、確かに皆容貌は整っている。ただし、顔が良いのに比例するように性格の問題性にも拍車がかかっているのだから神様とはある意味平等だ。

 そしてもっと恐ろしいのは。

 そんな三人のスイッチが入った瞬間であろうと流してしまうほどそれに慣れ切ってしまったことだ。


「お茶入りましたので。どうぞ」
「ありがとう。星鈴が淹れてくれたお茶はいつも美味しいから、楽しみにしてたんだ」
「お褒めいただいて、ありがとうございます」


 お茶会を続行する私と潮様。

 お茶が入ったと聞いていち早くこちら側に戻ってきたレオン様にも紅茶を注ぐ。カップに顔を寄せ、香りを嗅いでほぅと息をつく彼の顔はさっきまでの悪魔の笑みとは似ても似つかない天使の微笑みが浮かべられている。

 全員分のお茶を出し終わったと一息ついたと同時に、見計らっていたかのように部屋のドアがノックされた。


「あ、あのぅ。怪我人の手当てで」
「よし来た。すぐ行こう」
「あ、いえ! 薬草を」
「皆さま、私、仕事が入りましたので。これで失礼いたします。飲み終わったカップはそのままにしていただいて構いませんので」
「し、星鈴様!?」


 怪我人の治療に使う薬草をもらいに来たとおぼしき第六課の新人である青年の言葉を遮り席を立った。そのまま部屋のドアまで青年の背をグイグイと押して歩く。

 戸惑ったのは青年の方だ。

 上司に言われたのは私の元から必要な薬草を手に入れてくることのみ。決して元老院三大魔王同席のお茶会参加時の救出なんて高尚なものではない。なんなら、このとんでもなく忙しい事態の時、面倒な存在は一か所に集めておくに限る。それもお茶会なんてのんびりしている場ならよっぽどのことがない限り今よりひどいことにはならないと、周りは私を体のいい人身御供に考えてすらいるかもしれない。いや、いる。何を隠そう、私だって自分がこの位置じゃなければ間違いなく誰かを差し出す。それが紛うことなき実情だ。


「それでは、皆さま、ごゆっくり」
「あ、ちょっと!」


 部屋の入口の横の壁にかけておいた白衣を引っ掴み、一礼をする。

 思わず顔がにやけてしまいそうになるのを必死に隠し、部屋のドアを閉めた。


「よろしいのですか?」
「じゃあ、君があの中へ戻るか?」


 そう聞くと、青年は首を左右へブンブンと勢いよく振る。顔には絶対に嫌だの五文字が浮かんで見える気がしてくるのだから相当必死だ。

 そうだろうそうだろうと頷き、私は青年と共に薬草園へと足を向けた。



 私が本来の職務に戻り、三人目の治療が終わった直後、爆音が少し離れたところまで轟いてきた。敵の侵入などではもちろんない。それならば第三課が迅速に対処して全て鎮圧済みだと報告もあった。

 ならば、これは。

 目を向けた先、丁度私の部屋の辺りから火煙があがっている。私の部屋には何日間もかけてまとめている途中だった大量の報告書の束。

 ひらりひらりと空から降ってくる燃えカスを見た瞬間、泣けた。

 
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