老婆でも異世界生活堪能してやります!

綾織 茅

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非常識なのはあちらかこちらか

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◇◆◇◆



 朝になり、黒豹をその湖に置いて、琴葉は一人で森の出入り口を目指した。

 ちなみに、起きていの一番に身体を調べたけれど、どこもかじられたりしていなかった。


 (ほんとお腹を空かせた状態の子じゃなくて良かったわ。そうじゃなかったらとっくの昔にこの世とおさらばだもの。……あ、一回おさらばしてるんだっけ? どんな自虐ネタなのよって感じよね)


 しばらく歩くと、鬱蒼うっそうと生い茂る木々が両脇に分かれてきて、誰かが作ったんだろう小道が現れた。その道を辿たどっていくと、ようやく小屋らしきものが見えてきて、森の木もそこで途切れていた。きっとあそこが森の出入り口で間違いないだろう。


「すみません。どなたかいらっしゃいますか?」
「こっちこっちー!」


 小屋の裏手の方から元気な声が飛んできた。

 声がする方へ回ると、シャツの袖を腕まくりした男の子とその父親らしきひげモジャ男が、丁度まき割りを終えて後片付けをしているところだった。


「ん? 婆ちゃん、こんなところに何しに来たの?」
「ばっ! 私は婆ちゃんじゃ……」


 (いえ、婆ちゃんでいいのよ。婆ちゃんだもの。うん)


 反射的に婆ちゃんじゃないと言いかけ、自分の姿が婆ちゃんなのを思い出した。

 少年はとっさに口を押えた琴葉を不思議そうに首を傾げて見てくる。

 そんなことより、訪ねた理由だ理由。


「あの、ちょっと綺麗な水と包帯を分けてくれないかしら。あと、消毒液か切り傷にきく薬草かなんかがあればそれもほんの少しでいいから頂きたいんだけど」
「薬草? 婆ちゃん、それで何するの?」


 少年が眉を寄せて持っていた薪を置き、琴葉の傍までやって来た。

 父親の方もジッとこちらの様子を窺っている。


 (あ、そうよね。こんなドレス着たお婆ちゃんがいきなり来て、いかにも治療しますって材料ねだったら不審がられるわよね。かといって、人を襲う可能性がある黒豹を助けるからって言っても、快く分けてくれるかしら)


「えっと……私の連れが足を怪我してしまって。応急処置はしたんだけど
「応急処置!? 治療したの!?」
念のためやっぱり薬を塗っておいてあげたいから……って、え? したわ? 私、これでも多少医学の知識があって」
「婆ちゃん、こっち!!」
「えっ! わっ!」


 少年に腕を引っ張られ、小屋の中へ引きずり込まれた。

 父親も周囲を用心深く確認する素振りを見せて、戸をそっと閉めた。


「ちょっと散らかってるけど。こっち座って」
「え、えぇ。……ありがとう」


 普段は父親が使っているのだろう一人掛けのソファ。それに肩を掴まれて座らされた。

 キョロキョロと不躾にならない程度に小屋の中を見渡すと、丁度父親が蛇口を捻って水を出してポットに入れ、戸棚を漁っているのが見えた。


「それで、婆ちゃん。連れを治療したって本当?」
「え、えぇ。怪我をしていたから。……何か問題なの?」
「問題どころじゃないよぉー。なんでそんな歳なのにこの世界の常識知らないんだよぉー」


 少年は机に突っ伏してしまった。


 (治療するのがまるでいけないみたいな言い方するのね。あなた達だって怪我したら、薬を塗るなり止血するなりなんなりするでしょうに)


「……ごめんなさい。私も頭を打ったのか、この世界に関しての記憶がないの」
「えぇっ!? 婆ちゃん、それ本当かよ! ……仕方ないから俺が教えてやるよ」


 腕組みして呆れ顔で自分の知識を披露してくれるという少年に、元の世界で担当していた男の子の姿を思い出して思わず笑顔になった。その子も本で得た知識を自慢げにナースステーションで電子カルテを見ていた琴葉の所まで教えに来てくれたものだった。

 そんな琴葉に、少年はよぉく覚えておくようにと前置きをして、この世界の決まりとやらを話し始めた。








「治療は治癒魔術だけっ!?」
「婆ちゃん、声が大きい! それにそんな大声出すと血圧上がるぜ?」


 (そ、それはダメ。高血圧になると心筋梗塞とか、脳出血とかの原因に……って今はそれはおいといて。

 この世界には怪我をしたり病気になった時の治療は全て治癒魔術しかないって!?
 それじゃあ、一刻を争う事態になった時に近くに治癒魔術が使える人がいなかったら、その人しばらく放置!? ……いや、でもそれは医者とかも同じか)


「治癒魔術を使えるのはごく限られた魔術師だけなんだ。だから、皆病気になったり怪我をしたら、その魔術師の所へ行く」
「でも、そんなことになったら、その魔術師も大変なんじゃないの?」


 琴葉とて一日に四十人近く診ていた。救急外来とかも合わせればもっと。

 正直、医者の不養生とはよく言ったもので、毎日栄養ドリンクさんのお世話にならなきゃやってられなかったのに。


 (この世界の人々の治療を限られた人数の治癒魔術でまかなおうとするなんて。無謀もいいところよ)


「……だから、実際に助けられるのは、国の王侯貴族と一部の富裕層と、ごく稀に気に入られたその他の人間だけ」
「なによそれ。そんなの医療でもなんでもないわ!」
「でも、実質それがこの世界の病気や怪我を治す唯一の術なんだよ。大昔には医者もいたみたいなんだけど、とても大きな医療ミスや医療事故、疫病の蔓延時の媒介になってしまったことで、医者による医療行為自体が禁忌とされる風潮になってるってのもある」
「そ、れは……確かに魔術だと人為的ミスは避けられる。……けど! 助けられる命を助けないのは医者の前に人としても劣るわ!」


 すると、どこからかパチパチパチと拍手する音が聞こえてきた。

 正面に座る少年じゃないとすれば、父親の方かと思えばそれも違う。
 父親は盆に載せた茶を運んでくる途中で、ただじっと盆の上の茶器を覗き込んでいた。


『素晴らしい。その方を僕のところへ』 


 姿なき声の主がそう告げると、少年は掌で顔を覆った。

 まるで隠しておかなければいけないものが見つかってしまった。そう言いたげな仕草に、琴葉は言いようのない不安が今さらながらこみあげてくるのを感じた。


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