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非常識なのはあちらかこちらか
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しおりを挟むエヴラールに連れてこられた先は庭園内の一角だった。
「ほら、連れてきてやったんだから、後は勝手に好きにしなよ」
「まぁ、ありがとうございます」
ただ、そう突き放すような言い方をしても、再び姿を消すことはしない。
先程のジンの言葉がよほど腹に据えかねたのだろう。お気に入りらしき芝生の上に勢いよく寝転んだ。
そんなエヴラールはそっとしておくとして、琴葉は改めて周りを見渡した。
「すごく綺麗。さすが王宮の庭園ね」
等間隔に植えられた花壇の花々は今が見頃とばかりに咲き誇っている。歩調はゆっくりめに、庭園の中を歩き回ってみることにした。
しばらく目を楽しませていると、婆ちゃーんっと高く響く声がした。かと思えば、後ろからサミュエルが幼い子供のように抱き着いてきた。
「ここにいたのか。探し回ったんだぜ?」
「ごめんなさいね」
「いや、婆ちゃんはなんも悪くねぇよ。悪いのはあのひねくれ者だ!」
「まぁまぁ。ちゃんと見つかったんだし、また喧嘩するとジンさんに怒られるわよ?」
「うへぇー。それは嫌かも」
舌を出してげんなりするサミュエル君に、琴葉も思わず噴き笑ってしまった。
花壇の前に座り込んで二人でおしゃべりしながら少し待っていると、ジンとルスランも姿を現した。
「まったく。彼には困ったものです」
「ほんと、ほんとっ! シアン様が怒らないからってそれに甘えすぎっ!」
「ま、まぁ、結果オーライっていうことで、良いじゃありませんか」
「ケッカオーライ?」
「……あ、いや、なんでもないです。気にしないでください」
言葉は通じているが、やはり諺だったり熟語だったりの特殊な言葉の一部は伝わらない。琴葉はそれをすっかり忘れていて、ジンに不思議そうな顔をされてしまった。
そこへ再びエヴラールを連れてルスランが姿を現した。ひっそりと静かに佇むルスランがいつの間にか姿を消していたことにも気づいていなかった。
暴れるエヴラールをルスランが後ろ手に抑えている。エヴラールはなんとか逃れようとしているが、そも叶わないと分かると、ジンの方をキッと睨みつけた。
「連れてきてやったんだから、文句ないだろ!?」
「文句がないと思っているのなら、それは大間違いです。彼女がやろうとしている薬草の栽培は、貴方とルスランの協力が必要不可欠なんですよ?」
「別に僕じゃなくても、水の精霊を呼び出せばいいだろ?」
「貴方、いつまでそうごねているつもりですか? シアン様が、私達に、彼女の手伝いをするように、仰ったのですよ?」
「……っ」
わざと言葉を区切って、癇癪を起している子供に言い聞かせるように言い含めるジンの顔は、その元々の美貌も相まって冷たく映る。
元々彼ら自身上級精霊だというから、シアンに使役されてはいても自由に生きてきたのだろう。そこにどこの誰だかも分からない存在がポッと出てきて、主人以外を手伝うように命じられるのは、彼らとしても面白くないと思っているだろうことは琴葉にも分かる。
それに、琴葉にはなんだかエヴラールの気持ちが分かるような気がしたのだ。おこがましいかもしれないが。
琴葉は立ち上がり、エヴラールの前まで行った。
「貴方には貴方のしたいことや役割があるものね。でも、たまにでいいの。シアン様へ言い訳できる程度に手伝ってくれると嬉しいわ」
「……はっ! それってシアン様に目をかけられてるって優越感からくる同情?」
「あら、そう聞こえた? 違うわ。強いて言うなら、私達、お互いに絶対に譲れないものがあるのよ。それで、これはその妥協点の相談? かしら」
「あんたの譲れないものと僕の譲れないもの、同じ価値があるかどうかなんて分からないよね?」
「そうね。知りたければ教えるけれど、でも、そうじゃないでしょう?」
「……」
それからエヴラールは黙りこくってしまった。
きっと天秤にかけているのだろう。彼だけの感情と、精霊としての責務を。
琴葉もなりたくて努力してなった医師をやめろという者に反発した結果、今この場にいる。彼もシアンに仕える精霊であるという矜持がある以上、シアンの傍にいたいと思うのは無理からぬことだ。
ただ、このままだとジンやサミュエル経由でシアンの耳に入り、彼は叱られてしまう。そうなると、彼のあくまで純粋に主人の傍にいたいという気持ちが傷つけられることになる。
だから、琴葉はちょっとだけズルい手を使うことにした。
「それに、薬草をしっかり育てられれば、シアン様から褒めてもらえるかもしれないわよ?」
「……」
子供騙しのような手だが、彼のように誰かを一途に思う者には効果覿面なことは間違いない。
事実、眉を顰めていたエヴラールの表情が僅かに緩んだ。
青い双眸がじっと琴葉を見つめる。
「……ほんとに?」
「たぶんね。それは私よりも貴方の方がよく知っているんじゃないかしら? 貴方の方がずっとシアン様と一緒にいるんだもの。でも、ルスランさんもそう思うでしょう?」
エヴラールの背後にいるルスランに琴葉が視線を投げかけると、ルスランは黙ってコクリと頷いた。
それを見て、エヴラールは再び考え込み始めた。
「婆ちゃん、そいつのこと甘やかしすぎぃー」
「ふふふっ。そんなことないわ。……さて、お腹が空いてきちゃったわね。みんなで朝食を頂きましょう」
「あっ、じゃあ、ここに持ってきてさ。ピクニックみたいにして食べようぜ!?」
「えっ? すぐにできるのかしら? そういうのって、準備がいるでしょう?」
「大丈夫大丈夫! なんとかしてくれるって!」
「あっ、ちょっと、サミュエル君!?」
サミュエルが琴葉の腕を掴み、瞬く間に姿を消した。きっとメリッサにお願いするべく部屋に戻ったのだろう。
残ったのはジンとエヴラール、ルスランの三人。
「……僕達の主はシアン様のままだよね? アレに変わったりしないよね?」
「……何を世迷い事を。当然です。そんなことを考えていたんですか?」
「だって……だってさ」
「だってもなにもありません。さ、しゃんとしなさい。貴方がしっかりしないと水の精霊達は不安がります」
「……ん」
泣きそうになって顔を俯かせるエヴラールに、ルスランが背後から手を伸ばす。そのまま優しく頭を撫でた。
フゥっと呆れたように溜息をつくジンも、既にその瞳に怒りの色は宿していない。
しばらくして、なんとか料理を詰め込んでもらったバスケットを持って、サミュエルと琴葉が戻ってきた。
距離はとりつつも、その場に居続けるエヴラールに、琴葉は嬉しそうに笑うのだった。
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