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第七章―梅雨時のたはむれ
ろ
しおりを挟む左近と与一から受ける年功序列による圧力の嵐に、主水達が人知れず涙を流した夜から数日後。
学び舎の庭にある木の上に設置された鈴割の球を見据え、下から手裏剣を構える者がいる。その周りでは彼の友人達と以之梅の五人、そして宮彦が、手に汗握り、彼の一挙手一投足を見守っている。
三番勝負のうち、泣いても笑ってもこれが最後。これで駄目なら追加での鍛錬決定だ。俄然本人の集中力もいや増すというもの。
部之松の帯刀。後輩たる以之梅達の前で無様な真似は見せられない。数度深呼吸をし、気持ちを落ち着ける。
「……よし、いくぞ」
「はいっ」
「おねがいします!」
帯刀は自分に許された最後の手裏剣一枚を打った。子供達がその先を見るよりも早く、手から放たれた手裏剣は、見事、鈴割を吊り下げている紐を切った。そして、支えを失った鈴割は落下し、途中の枝にぶつかって二つに割れる。中から紙が一枚、ひらひらと花弁のように落ちてきた。
「うおっしゃあぁぁっ! どうだ!」
帯刀はそれを見て、拳を突き上げ、喜色満面の顔を皆に向けた。
「やったな! 帯刀っ!」
「おうよっ!」
「せんぱい! すごい!」
「やった! やった! これでまたつぎにいけます!」
友人達と手を打ち合わせあった後、帯刀は着物を握ってくる以之梅達の頭をくしゃくしゃと撫でた。
じゃれつく彼らを横目に、友人の一人が落ちた紙を拾い、三郎へ寄越してくる。
「ほら、次の問題だぞ」
「ありがとうございますっ!」
「さぶろう、なんてかいてある?」
「んんー。せんぱい、かんじよめません。よんでもらってもいいですか?」
今回の紙はこれでもかというほど余白があり、その端の方に申し訳程度に小さく指示が書かれている。
すぐに音をあげた三郎は、再び紙を帯刀達へ広げて見せた。
「ん? あぁ、どれ。八咫烏に護衛を頼み、この地点へ行け。ここにあるもので一束作ること」
「……どう思うよ」
「瀧が金創膏作らされたんだぞ? それなりのところに行かされるに決まってる」
「とりあえず炙り出しだろ? やろうぜ?」
「おぅ」
帯刀達は丁度火縄銃の稽古帰りだったので、打竹を持っている。そこから火種を取り出し、あたりの雑草などを毟り取り始めた。
それを手伝おうとした子供達にその場で待っているように言って、帯刀達は邪魔をされることもなく準備を着々と進めていく。
「せんぱい、あぶりだし?ってなんですか?」
「まぁ、見てれば分かるからちょっと待っとけ」
「はぁい」
「火使うから、手出すなよ?」
「はい」
「みやひこ、て、つないでおこ」
「ん」
藤兵衛が宮彦の手を繋ぎ、いつの間にか前のめりになって様子を窺っていた身体を引っ込めさせた。
しばらくすると、積まれた雑草などに火種の一部が移され、煙が上がり始める。そう経たないうちに火花が爆ぜる音もし始めた。
「よし。ついた」
「ほらよ」
「おう。お前ら、そこからよぉく見とけよ?」
「「はいっ」」
帯刀が誤って燃やさないように気をつけながら紙を火の手に近づける。
じわじわと茶色の線が紙の上に滲み出てきて、それは形を成していく。
「……そら、浮かんできた」
「ちずがでてきた! え!? すごい!」
「どうなってるんですか!?」
「果物の汁とか野菜の汁とかで紙に文字とかこういう絵を描く。すると、書いた物は時間が経つと乾いて見えなくなる。だが、こうやって火にあてると消えた文字や絵が浮かび上がってくるっていうのが炙り出しだ」
「分かったか?」
「「はいっ!」」
もう用済みになった火に足で砂をかけて消しながら、帯刀は宗右衛門に紙を差し出した。
子供達はそれをしげしげと眺め始める。
ほわぁーっと間抜けな声をあげたのは小太朗だった。そして、目を瞬かせたと思えば、自分の役目を思い出したのか、ばたばたと忙しなく矢立を取り出し、紙の余白に"あぶりだし"と書いた。
「……で、問題は位置だな」
「これ、まなびやのそとですよね?」
「あぁ。ここらは何もなかったような。……どうした?」
「あ、いや。ほら、あそこに主水先輩達がいらっしゃるから、一緒に行ってもらえるようお願いしたらどうだ?」
「はい! いってきます!」
「せんぱいがた、ありがとうございました!」
「いってきまーす!」
「気をつけてなぁ」
子供達は帯刀達の方を見て手を振りながら、主水達が待っていた方へ駆け寄っていった。
それから半刻後。
途中の山道で蜂が現れて道を逸れてしまうという不意のことはあったが、主水達に連れられた子供達は無事に山中の開けたところにある野原に到着した。
辺り一面様々な色の花が所狭しと咲き乱れている。
左近が隼人に頼んであらかじめ場所を見繕ってもらったおかげだが、そうとは知らない子供達は目の前の光景に目を輝かせている。三郎曰く、今日の自分達は蜂にも刺されず、ものすごくついてるらしい。
「よし、いいか、お前達!」
「「はいっ! よろしいであります!」」
「ここにある花をお前達の両手いっぱいに摘め。それで俺達が花束を作ってやる」
「りょうかいであります!」
「「あります!」」
どこで聞き覚えたのか、主水は実に妙な言葉遣いをここへ来る道中、子供達に教え込み、素直な彼らはそれをすっかり覚えてしまっている。
この間の左近達の横暴への意趣返しにしては後先考えていない行動に、新之丞はただただ呆れるしかない。
「お前、また変な言葉遣いを教えて。後で左近先輩に酷い目に遭わされたって知らないぞ?」
「あぁ、いいのいいの。この場だけだって言っとくから」
「うーん。あれくらいの子供達がそれを守れるかぁ?」
早速、草むらに入っていってしゃがみ込んで花を摘み始めている子供達。
元気にはしゃぎ回る姿に、一抹の不安がどうしても残る。
「これ、なんて、おはな?」
「なんだろうね。せんぱい、これなんてはなですか?」
「知らん! だが、綺麗な花には間違いな……あだっ!」
どこからか飛んできた小石が主水の背中に命中し、主水は背中を擦りながら慌てて辺りを見渡すが、誰かいる気配はしない。
「……馬鹿。左近先輩はいなくても隼人先輩と団次先輩はいらっしゃってるに決まってるだろ。まぁ、隼人先輩がここを選ばれたのだろうから、ここの花には毒がないのは確かだろうけどな」
「うぅーっ。そうだよなぁ」
「あの、せ、せんぱい。ど、どく、ですか?」
「……あぁ。いいか、お前達。山や森などの中に逃げ込んだ時、腹が減ったからとそこらに美味しそうな実が成っているのを見ても、何も考えずに口に入れるのは駄目だからな」
「そうだぞ。似た物もあるから一概には言えんが、先生や先輩から食べても良しと言われたものだけにしろ」
「わ、わかりました」
「ぜったいにたべません!」
子供達にとって、毒というものが今だ身近にはないからぴんとは来ていないだろうが、前に与一の毒耐性の講義の時に先輩達が慌てた姿は見ている。だから、どんなに危険か少しは分かっている、つもりでいる。
ごくりと唾を飲み込み、全員が頷いた。
「さぶろう、きをつけろよ?」
「あっ! なんだよ、りすけ! おればっかり!」
「おまえがいちばんたべそうだから」
「うっ……ひろいぐいはしないっ!」
「はいはい。天気が崩れるかもしれないから急ぐぞ」
「「……はぁーい」」
喧嘩になりそうな雰囲気に、主水は間に入って無理やり止める。
子供達も空を見上げ、急がなければと納得したのか、いそいそと花摘み作業へと戻っていった。
とはいえ、子供達の両手いっぱいなどたかが知れている。
主水と新之丞の分も合わせ、四半刻もすれば十分な量が集まった。
「よし、大量大量」
「さ、学び舎に戻るぞ」
「はーい」
「ふぅ。でも、これ、どうするんだろうね?」
「さぁ。へやにかざる、とか?」
「もしかして、これ、たべられるんじゃ。それで、おきくさんにりょうりしてもらう、とか!?」
「おい、こら。ちゃんとついて来いよ?」
「あっ!」
「まってー」
期待に満ちた視線を摘んできた花に向ける三郎だが、残念ながらそれはない。
けれど、ならば他のをとごねられても困ると、主水も新之丞も促すだけでそれについては何も答えずにいた。
頂にある学び舎へと山を登っていく帰り路。
子供達に前を歩かせ、その背を見ていると、ふと新之丞が呟いた。
「右京、今頃どうしてるだろう?」
「……あいつ、いい奴だったよなぁ。可哀想だから、骨は拾ってやろうぜ」
「そうだな。あいつの犠牲は尊いものだった」
例の都への菓子を食べに行くという話だが、結局、皆都合がつかず、左近と与一、そして勝負に負けた右京が行くことになった。
今、考えれば、他の皆も無理やり予定を作った気がしてならないが、それを右京の前で言うのは野暮というものだろう。
もちろん勝負とは、誰を生け贄としてささげるかを決める闘いに他ならない。鬼の三本勝負、手裏剣的打ち競争!憐れな生け贄枠は誰の手に!と題し、主水達から下の八咫烏達の賭けの対象となった勝負でもある。
恨み言満載で帰ってくるだろう友に、肩叩きくらいはしてやってもいいかもなと、二人は今頃都で左近達に振り回され真っ最中であろう友への労り方を考えていた。
そんな、いわゆる勝者の余裕というものを見せていた二人の耳に、子供達が彼らの名を呼ぶ声が届く。いつの間にか随分先を行く子供達が振り返り、早く早くと逆に二人を急かしてくる。
二人は花で一杯になった籠を背中で担ぎ直し、子供達へと駆け寄っていった。
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