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第五章―遊びをせむとや
ほ
しおりを挟む以之梅の五人と宮彦がまず向かったのは、自分達がいつも講義を受けている部屋の二つ隣。呂之竹の部屋である。
その頃、呂之竹は合戦時の軍の構成についての講義中であった。
そーっと後ろの戸を開けて覗く五人。それに気づいたのは師である武久だけであった。これがもう少し上に上がれば開けた途端、勘の良い者であれば開ける前から気づくこともできようが、呂の年ではそのような勘はまだ鈍いらしい。
武久は、早速来たかと、雛達にしばらく休憩を取ると言って部屋を出ていった。
「やった!」
「ちょうどよかったね」
「うんっ」
武久の協力あってこそとは知らず、以之梅の五人は自分達の運の良さを素直に喜んでいる。
そして、今だとばかりに宗右衛門が部屋の戸をさらに開けた。
「せんぱい、おはようございます!」
「おしえてください!」
「ぼくたち、よくわからなくって」
「これです」
「あ、えっと、このこ、みやひこっていって、ぼくたちがおせわしてます」
隼人と団次の思ったとおり、ろくな説明もないままそれぞれ好き勝手話始めた。約束事もなにもあったものではない。
当然、いきなり部屋へ乱入してきて口々に言い募る以之梅に、呂之年の子供達も目を白黒させている。
「ま、待て! いいか? 待て。落ち着け」
「とりあえず……おはよう」
「「おはようございます!」」
「ますっ」
廊下から子供達の様子を覗いていた隼人も、思わず失笑した。
とりあえずの後に挨拶を入れ込んでくる辺り、呂の年もまだまだ話の順序の決め方が未熟である。が、雛としてでなければ礼儀正しい良い子達だ。そして、それに呼応して頭を下げる以之梅と宮彦も、またしかり。
しかし、確かに挨拶も大事ではあるが、一番ではない。
これが部の年や保の年なら即座に本題に入っただろう。たとえ首を傾げることが多くとも、つたない説明の中から必要な情報を抜き出し、状況の把握に努めたはずだ。
出ていったと見せかけ、隼人達と共に部屋の外で中の様子を窺っていた武久も、難しい顔をして腕を組み、うぅむと唸っている。
「それで? お前達、僕達に何の用だって?」
「だから、えっと、もんだいがわからなくて」
「何の?」
「たからさがしのです」
「宝探し? 宝探しに問題なんてあるのか?」
「あるんです。これです」
小太朗が持っていた紙を呂之竹の吉左ヱ門へと渡した。その紙を、隣の席の小漉が覗き込むと、前の席の三人も後ろを向いて皆で見始める。
とはいえ、これは本来以の年であっても解けるはずの暗号。呂の年の子供達が皆で考えるまでもなかった。
「んーっと」
「さ、い、と、う」
「……い、お、り? 伊織先生?」
「伊織先生のところに何かあるんじゃないか?」
「……あっ!」
「すげぇーっ!」
「なんでわかったんですか!?」
小漉達が読み進めた言葉の羅列がようやく意味をなすものになると、三郎と藤兵衛は、いとも簡単に解いて見せた呂之竹の面々を尊敬の眼差しで見上げた。
「おもいだした! これ、ならった!」
解き方を思い出したらしい利助が、小太朗に矢立から筆をとりださせた。
「それぞれのもじのとなりに“さいとういおり”ってかいて。あと、かみのうらに、いろはうたも。うらうつりしないように、すみにはきをつけて」
「う、うん。……せんぱいたち、わらわないでくださいね?」
「笑う? 笑ったりする……っ、もん、かっ」
「お、おいっ、吉左! おまっ、こらえ……ぐふっ」
「あ! やっぱりわらってる!」
「ご、ごめん、ごめん」
「男らしくて……うん。いいと思うぞ?」
「えぇー? それ、ぜったいほめられてないきがします」
笑わないと言いつつ笑いがこらえきれていない吉左ヱ門達に、小太朗はむすりと頬を膨らませる。それでも言われた通り全ての文字を書き終えると、小太朗は利助に、それで?と尋ねた。
「これ、いろはをいちもじずつずらしていけばいいんだよ。みてて」
「……あっ! ほんとだ!」
利助が紙を裏返しながら文字を順番に追っていく。その言葉通り、文字列は吉左ヱ門達が言った言葉と同じものを示した。
「へぇーっ」
「へぇーって、習ったのを忘れてちゃ駄目だろ」
「あは、あははは」
三郎が照れ笑いを見せると、小漉が軽く頭を小突いた。
問題が無事に解決すると、呂之竹の関心は、部屋に入ってきた時から気にはなっていた宮彦へと移った。
「それにしても小さいなぁ」
「お前、年はいくつなんだ?」
「……いつつ」
「五つ!? なんで里でなくてここで預かることになったんだぁ?」
本来、戦などで親や住処を失って里に来た子供でも、七つまでは必ず里全体で養育されるのがこの八咫烏の里の決まりである。
吉左ヱ門の疑問も至極最もなもので、不思議そうに小首を傾げている。
しかし、それは雛の中でも年少の以や呂の年が知るべきことではない。少なくとも、今はまだ。
わざとらしく武久が咳払いをして、部屋の中へ入っていった。
「あー、お前達。講義を再開するぞ」
「はーいっ」
「お前達、邪魔だから出た出た」
小漉達が宗右衛門達の背を押し、後ろの戸から部屋の外へと押し出しにかかった。
「あ、その、ありがとうございました!」
最後に部屋から押し出された宗右衛門が、身体ごと振り返り、深々とお辞儀をする。すると、他の四人と宮彦もそれに倣って頭を下げた。
「「ありがとうございましたっ」」
「ましたっ」
「いーって、いーって。ほら、先生のとこ行きな」
「はいっ」
以之梅の五人と宮彦は次に進めるとあって、笑顔で廊下を駆けだしていった。子供達のはしゃぐ声と足音が廊下に響き渡る。
彼らが出てくる寸前に、外で実習中の呂之松の部屋に身体を滑りこませて隠れていた隼人と団次が、ひょっこりと顔を覗かせた。
「建物の中では静かにするというのも、約束に付け加えておくべきでしたね」
「まぁ、叱られるのもまた勉強です」
「いや、他の迷惑になるのでは?」
「これくらいの雑音で集中できないのも困りものでしょう?」
「……あぁー、いや、まぁ、そうなんですけど」
一番烈火のごとく怒りそうなのが、貴方と同じ代の伝左衛門先輩なんですがとは、二人の後輩である隼人には、とてもじゃないが言えそうもない。
先回りして伊織にでも言ってもらうか、と、隼人が考えていた時、団次がそういえばと小さく声を漏らした。
「あの子達、伊織の居場所を知っているんでしょうか? やけに一目散に駆けていきましたけど」
「……」
そう言われて思い返してみると、確かに子供達は何の相談もせずに駆けだしていた。しかも、向かった先は普段伊織がいるような場所には当てはまらない。
長屋か、いつも稽古をしている庭の一角か、食堂か。この時間帯ならどこかの組を指導していることも考えられる。
一体どういうことだと、今度は隼人の方が首を傾げる番であった。
「とりあえず追いかけましょう」
「そうですね。……あいつら、何を考えてんだ?」
隼人達大人の考えが子供達には分からないように、宗右衛門達子供の考えも大人には分からない。そして、子供とは時として、大人をも驚かすような突飛なことをしでかす。
学び舎を任されている榊先生に揃って叱られることになるのだけはやめてくれよ、と、自分達も雛時分に色々やらかした自覚がある隼人も、ついついそう思わずにはいられなかった。
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