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第一章―雛の笑み
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しおりを挟む翌日。
左近は隼人と共に、学び舎の一室で子供達の前に立っていた。
子供達は床に並べられた三人用の長机二つに、前三人後二人に分かれて席についている。そして、先に榊の所で会っていた二人が他の子達にも話していたのか、彼らは子供特有の純粋さと期待のこもる眼差しでもって左近達を見上げてくる。
正直に白状しよう。左近はそんな子供達の視線が苦手であった。できることならば、今すぐ回れ右をして長屋の部屋に戻りたい。
部屋に入ってきて、呼吸十回分足らずでそう心の内で嘆いたことは、もちろん子供達は知らない。けれど、傍にいた隼人はそんな心持ちを察していた。
「よし、じゃあ、まずは挨拶からだな。ほら、左近」
「あ、うん。……そこにいる二人には昨日榊先生から話があったけど、改めて。今日から僕が君達の担当になる和泉左近だよ。こっちの酒井先生と一緒にやっていくから。よろしく」
「「よろしくおねがいしまーす!」」
子供達は揃って頭を下げた。元気で大きく良い返事だ。中には大人しそうな子もいることにはいるが、しっかりと挨拶はできている。
再び上げられた顔には、子供ならではの知りたい聞きたいといった好奇の色が余さず塗りたくられていた。そして、子供達は得てしてその欲求を押さえることが難しい。
間を置かず、すっと高く伸ばされた手などはその表れである。
「はい!」
「はい。えっと……」
「そうえもんです!」
当てられた宗右衛門はいささか興奮気味に答えた。他の子達は宗右衛門が自分達の代表でと心得ているのか、大人しくしつつも、左近と宗右衛門へじっと熱い視線を交互に送ってくる。
「そう、宗右衛門。何かな?」
段々と増してくる居心地の悪さに耐えつつ、左近は続きを促した。
「いずみせんせいは、からくりじかけがおとくいだとききました! たとえばどんなものなんですか?」
「うげっ。それ聞いちまうのかぁ」
正確に言えば、左近が最も得意なのは仕掛け罠なのだが、もちろんそれに利用する絡繰仕掛けも得意だ。雛だった頃は暇さえあれば作っては仕掛けていたし、今もこの周囲に仕掛けられたままのものもある。
おそらく、それらを誰か他の者から聞いていたのだろう。それでなくとも、左近達の代は八咫烏の中でも最も優れた代として、まだ若輩ながらも名を馳せている。
しかしまぁ、それはそれとして。宗右衛門の問いを聞いた時の隼人の顔ときたら。頰をヒクリと引きつらせ、腕を組んで唸っている。
「隼人……じゃなくて、酒井先生? 何か思うところが?」
「い、いやいや。何も? どうぞ続けて」
にこりと笑みを貼り付けて聞いてくる辺り、反論は許さないといった意思表示が全面に押し出されている。常ならば、同胞であり親しい友でもある隼人とて、この笑みを見せられればそれ以上とやかく言うことはできない。
ただ、これがそう、一つ下の後輩であれば、隼人もそのまま放っておくだろう。けれど、今目の前にいる子供達はうんと歳の離れた、それもまだ学び舎に来たばかりで何も知らないと言ってもいい雛達である。最初からとびきりえげつない物を見せるのは、さすがに忍びなかった。
「……できるだけ、無害なやつでな」
「分かってるよ」
薬の知識に長けた与一と一緒になって、敵味方関係なく阿鼻叫喚の地獄絵図へと叩き込む常習犯であった左近といえど、それくらいの弁えはあったらしい。
隼人も人のことを言えないが、左近は自分の得意なことに話の水を向けられると、嬉々として長話をし始めるのだ。興が乗りに乗った左近の口から語られる仕掛け罠に、気分を悪くした者も少なからずいるというところがまた怖い。
だが、今回は言質も取れた。これでハラハラとしつつ、左近の言葉に耳を傾けずに済む。
数多く実験台にされてきた伊織ほどではないが、それなりに巻き込まれることが多い隼人も、ほっと胸を撫でおろした。
「……そうだね。じゃあ、今から場所を移動しようか。みんな、僕について来て」
「「はーい!」」
「うん。いいお返事」
先程までの苦手意識はどこへやら。
一緒になって楽しんでいるようにも見える左近の姿は、隼人にしてみれば、歳の離れた兄弟のようだった。
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