籠ノ中ノ蝶

綾織 茅

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第七章―選択の末路―

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 彼が、どうしてここに。

 手を、伸ばされて、私は慌てて自分の手を後ろに隠した。

 触られたらいけない。

 何かが胸をチリっと痛めつけた。


「杉原さん、どうして、ここに?」
「仕事です」
「仕事?」


 仕事って、ピアニスト、だよね?

 どうして杉原さんがここで……あれ?

 そういえば、彼は私の前で一度でも自分の仕事がピアニストだと言ったことがあっただろうか。

 いや、ない。

 ピアニストは彼のお姉さんの方で、彼自身ではない。

 じゃあ、彼の仕事は……。


「……結城さん、あなた、人ではなくなってしまったんですね?」
「……っ!」


 何故、それを知ってるの?

 もしかして、彼も先生達の……仲間?


「そう怯えないでください。彼らの仲間じゃありませんから。むしろ、敵、といってもいいかもしれませんね」
「敵? 杉原さん、あなた、一体…」
「その話はまた後で。……盗み聞きとは感心しませんね。神社の時もそうでしたが、気配を隠すには、あなた方の力は大きすぎるんですよ。気配をどんなに隠そうとしても、どこかで漏れ出てくる」


 杉原さんが私の肩を掴み、ぐいっと自分の背後へと押し避けた。

 もしかして、先生?

 木々の向こうから大人しく出てきたのは案の定、先生だった。

 先生はムッとした顔を隠そうともせず、片手を私達の方へ向けてきた。


「小羽、お願いだから戻ってきて」
「……い、いや」
「小羽。……お願い」


 先生が私に執着する理由が、私の小さい頃の言葉にあるのだとしたら、一緒に居続けてはいけないと思う。

 もう、あの頃のように、“おにいちゃん”だけが家族以外で大切な存在ではなくなったから。

 自分でも、酷い話だとは思う。

 でも、このままいくと、誰も幸せになんかならない。

 そんな未来にはしちゃいけない。

 私の未来も、先生の未来も。


「小羽」
「彼女はもう、あなたが知っている、守らなきゃいけない小さな女の子ではなくなったんですよ。彼女は自分で考え、行動しすることを学んだ。そして、大人の庇護下にあったとはいえ、小さな弟と二人、今まで暮らしてきた。あなたのソレは、ただ自分の存在を誰かに必要として欲しい自己満足にすぎない」
「うるさい! 黙れ!」


 先生が激昂すると、周囲の温度が急に下がっていくのが肌で分かった。


「杉原さん」
「大丈夫ですよ。安心してください」
「でも……」


 目の前の先生の様子からして、全然大丈夫には見えない。

 むしろ、悪化の一途をたどっているとしか。

 とりあえず、杉原さんだけでも逃げてもらわなきゃ。

 あ、でも、彼は……。


「前にも言ったでしょう? 私の目は見えていませんが、それ以外の感覚が鋭くなったと」


 杉原さんは来ていたスーツの内側から、何か薄い紙切れを取り出した。

 それは……お札?


「呪符なんかで僕を封じようっていうの? 死神たる僕を? 笑わせるね」
「まさか。これだけで封じられるとは毛頭思っていませんよ」


 封じる?

 お札で、先生を?

 そんなの、小説や漫画の世界だけかと……ってこの状況すら、それらの主人公になってもおかしくない現状だった。


「小羽、彼は僕達の敵だよ。術者だ」
「え? じゅつしゃ?」
「彼女の敵になった覚えはありませんよ? 彼女は立派な被害者。こちら側です」


 じゅつしゃって、あの安倍晴明みたいな陰陽師ってこと?

 お札だし、封じるって言ってるし。


「あなたは死を司る神の一柱でありながら、自分の都合で人の死の運命を捻じ曲げた。それも、二度も。これは、赦されざることです。一度目は彼女とその弟にも命の危険があった。我々も見て見ぬふりをしましたが、二度目は違う」
「なら、あのまま小羽を害した人間を放っておけと?」
「少なくとも、人間の社会に溶け込んだあなたならば、命を奪う以外にも方法はあったはず」


 死の運命を捻じ曲げたって……先生が、誰かの命を寿命が来る前に奪ってしまったってこと?

 それも、私が関わっていたことで二回も。


「小羽を害した、害そうとした。それだけで、その人間に生きてる価値はないよ」
「それは、あなたが決めることじゃない。人の生き死には、そう簡単に決めていいものではない」
「簡単だよ。……今から証明してあげる」


 先生は、前に見たことのある大鎌を取り出した。

 かと思えば、次の瞬間には私達の背後へ回り、あっという間に私は先生の腕の中へ捕らえられた。


「……っ!」
「結城さん!」


 素早く跳躍して杉原さんと距離を取った先生は、大鎌を軽く一薙ぎした。

 私が傍にいなくなったからか、杉原さんへの攻めは容赦ないものになる。

 そう感じた通り、杉原さんの周りの木々が次々と刃を受けて斬り倒されていく。


「杉原さん!」
「大丈夫で、……っく」
「杉原さん! 血が!」


 先生が何回か大鎌を振った後、杉原さんが地面に膝をついた。

 脇腹を押え、スーツの上からでもわかるくらい血がジワリと滲み出してきている。


「先生! もうやめて!」
「小羽、ダメだよ。彼は術者だ。ここでトドメを刺しておかないと、次はどんな手を使われるか分かったものじゃない」


 先生は私から離れて、杉原さんの横に立った。

 そして、大鎌を振り上げて……


「だ、だめーーーーーーっ!!」


 大声をあげても、先生の手が止まることはなく。

 目に入れることになるだろう光景に目を瞑り、顔をそらした。


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