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第四章―偶然という名の必然―
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しおりを挟む……ここは?
目を覚ますと、そこは見たことのない場所だった。
もちろん意識を失う前のミラーハウスでもない。
私はふかふかの天蓋付きのベッドに寝かされていた。
体を起こし、辺りをぐるりと見回す。
ベッドから少し離れた所にジョエル君はいた。
「目、覚めた?」
「ジョエル君……どうして?」
ジョエル君はにこりと笑うだけで答えてはくれない。
一人がけ用の揺り椅子に座り、手を片方のひじ掛けの上で組み、足も組んでいる姿は絵になっている。
私が寝ている間に着替えたのか、服も若干豪華に変わっていた。
「……依理は?」
「へぇー。本当に彼女のことを大事にしてるんだね。安心してよ。ちゃんと出口に運んでおいたから」
本当だろうか。
でも、ここで嘘をついても彼には何の得もないはず。
その言葉を聞いて、少しだけ安心した。
「ジョエル君、何でこんなことするの?」
「……何でだと思う?」
軽く首を傾げながら笑うジョエル君。
流暢に口から発せられる日本語は私達日本人と全く変わらないもので。
いつもの片言の日本語じゃない。
それに何でなんてそんなこと分かるわけない。
ただ一つ分かるのは、こういった状況にも関わらず冷静さを保っていられる自分がいることにだけ。
少し前の自分からしたら驚愕の事実だ。
しばらく見つめあうような形をとっていた私達は、私が目をそらすことでそれを終えた。
クスッというジョエル君の笑い声が聞こえてくる。
……帰りたい。
帰らせて、くれるんだろうか。
「ジョエル君、家に帰らせて」
「まぁ待ちなよ。月代十夜の秘密を教えてあげるって言ったでしょ?」
そうだった。
私が気絶する前にそう言われたんだった。
全く興味がないといえば嘘になる。
だけど……
「いい。それが私の知るべきことだとは思えないし、私は今すぐ帰りたい。……そこをどいて」
椅子から立ち上がり、私の目の前に立ったジョエル君を押してもびくともしない。
やっぱり私は女で、ジョエル君は男で……。
力でかなうことなんて無理だった。
ドサッとベッドに押し倒され、顔を近付けられる。
ジョエル君の瞳の中には私が映っていた。
もちろん、いつもの青い瞳だけでなく、初めて見た赤い瞳の方も。
この色…カラコンなんかじゃない。
本当に……真紅。
「もう少しだから待っててよ」
一体何を待てっていうんだろう?
怖い、というより何でという感情の方が強く沸き起こってくる。
ここに連れてこられて、こんな状況になってもまだ、月代先生から何度も助けてくれたということを心のどこかが訴えているのだろうか?
その時だった。
バタンと大きな音を立てて部屋の扉が開いた。
「先、生……?」
初めて見た。
先生が息を切らしている姿。
肩を上下に揺らしながらベッドに、ベッドの上にいる私達に近づいてきた。
先生がグイッとジョエル君を横に押すと、簡単にジョエル君は私の上からどいた。
そして先生は
「小羽」
私をギュッと抱きしめた。
「小羽に何か言ったの?」
「まだ何も? 早かったね」
「ふざけないでよ。言ったよね? 小羽に何かしたら許さないって」
「あれ? そうだっけ?」
「……」
先生は私を抱きしめたまま、ジョエル君の方に顔を向けている。
だから私から見えるのは横顔だった。
何を考えているのか、怒っていて、でも、どこか恐れているような、そんな表情。
そして先生は私に視線を落とした。
「小羽、帰るよ」
「はい」
それに関しては何の反論もない。
私は黙って先生の後についていくことにした。
「バイバイ、小羽ちゃん」
「……」
思わずジョエル君の方を振り向くと、先生に握られた手をグイッと引っ張られ、そのまま何も言えなかった。
ドアが閉められるまで、ジョエル君は手をにこやかに振っていた。
外に出ると、そこは見たこともない場所だった。
「ねぇ、小羽。本当に何も言われなかった?」
「……月代先生の、秘密を教えてあげると言われたんですけど、聞きませんでした」
「え?」
未だ手は繋がれたまま。
いい加減手を離して欲しい。
先生は歩くのをやめた。
「本当に? どうして?」
「私が知るべきことじゃないと思ったから」
別に深い理由ではない。
誰にでも知られたくないことの一つや二つある。
それを自分以外の他人から話されたくないって気持ちも分かる。
だから聞かない。
ただそれだけ。
先生は再び私をギュッと抱きしめ
「小羽……愛してるよ」
程よく低く甘い声。
だけど……その言葉は私が受け取るには重い。
どうして私なんだろう?
こんな疑問もう何回したか分からない。
でも、そのどれもが答えが出ないまま。
そして今回も……
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