四つ葉のクローバーを贈られました

綾織 茅

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顔合わせ

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◆◇◆◇



 新幹線に乗って一時間半ほど。
 そこから迎えに来ていた車でおよそ十五分。
 運転手さんが開けてくれたドアの外には私には場違いに思える景色が広がっていた。

 開いた口が塞がらない。

 この言葉は本来は相手に対して呆れてものが言えない時に使われる言葉だ。

 けれど今、私は実際にとあるお屋敷を目の前にしてその言葉と同じ状況に陥っていた。あくまでも、見た目だけ。

 とあるお屋敷とは言わずもがなの小此木邸。

 以前、高校の修学旅行で京都に行った際に見学した御所ほどではさすがにないけれど、個人宅としては十分なほどの塀の長さ、立派な門構え、東京の別宅以上に整えられた庭園、それらを持つに相応しいお屋敷が門の向こうから垣間見えた。


「圭さん?」
「あ、あの……私、どこもおかしくないですか?」


 こんなことを聞くなんて頭がおかしいというのは無しの方向で一つ。

 だって、誰だってこんなところに今から入るなんて言われたら気後れするに決まってる。

 こんなに緊張するのは大学と国試の合格発表以来かも。

 ……あぁーっ! やっぱり初めて!!
 なんか胃がキリキリしてきた気がする。


「大丈夫ですよ。私がついていますから」
「……咲夜さん。って、手を繋ぐのはまずいと思いますよ!?」
「どうして?」
「どうしてって……その、今からお家に入るわけですから」
「えぇ、そうですね」
「そうですねって」
「それがどうして圭さんと手を繋いじゃいけない理由になるんですか?」
「え? だって、雇用主と被雇用者の関係は守りましょうって言いましたよね?」
「でも、怖いんでしょう?」
「怖くはないですよ、怖くは。ただ、ものっすごい緊張してるだけです」
「ですから、手、握っていてあげようと思いまして」
「いや、だから雇用主と被雇用者の
「実は私も緊張していて、心臓が口から飛び出そうなんです」
「そ、それはマズイですね」


 実際に起こるはずがないと分かっていても、咲夜さんとしっかりと繋いだ手からは僅かに震えが伝わってくる。

 ……も、もしかして私、とんでもない所に来ちゃったのかなぁ?


「咲夜おにいちゃん?」


 二人して門を潜るのを躊躇していると、門の向こうから小さな男の子がそっとこちらを覗いてきた。

 人見知りなのか、私が目を向けると、さっと門の影に隠れてしまった。


「こら、紅葉。この人は僕達の大事なお医者様なんだからね? きちんと挨拶をしないとダメだよ?」
「ご、ごめんなさい」


 咲夜さんに叱られてシュンと肩を落とした男の子―紅葉くんがとぼとぼと悲し気な足取りで時折咳き込みながらこちらまでやって来た。

 私の前に立つと、目線を上げてくるけれど、すぐにまた下げてしまう。

 それを何回か繰り返した時、紅葉くんがまたコホッと咳き込んだ。


「大丈夫? 突然来た私が悪かったの。ごめんなさい。私、佐倉圭って言うの。よろしくね?」
「……ん」


 私が視線を合わせようとしゃがみこむと、紅葉くんが咲夜さんの後ろに回ってキュッと服の裾を掴んだ。


「圭さん、すみません。この子、人見知りの気が強いみたいで。誰に対してもこうなんです」
「いえ。それは別にいいんですけど、もしかしてこの子……あっ」


 気になることを聞こうと立ち上がった瞬間、紅葉くんが脱兎の勢いで門の向こう、建物の方へ走って行った。


「まったく」
「あの、紅葉くんも喘息持ちですか? それも心因性の」
「……えぇ。さすがですね。良く見てらっしゃる」
「先程あなたが僕達のとおっしゃったので、その言い方にちょっと引っかかって。後は女の勘ってやつです。ここで医者の勘って言えればいいんですけど、まだそこまで経験積んだわけでもないので」


「……あなたは…………くせに」


 丁度トラックが近くを通り過ぎたせいで途中が上手く聞き取れなかった。


「すみません。よく聞こえなくて。もう一度言ってもらえますか?」
「いえ、何でもありません。さ、行きましょう。そろそろ約束の時間ですから」
「うっ! ……はい」


 咲夜さんが再び私の手を握った。
 その手はもう、震えてはいなかった。


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