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エピローグ
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グラーセンとアンネルとの間に開かれた戦争の報せは、瞬く間に世界に発せられた。
宣戦布告した直後、アンネルは動員令を発令。アンネル陸軍は即座に戦時体制へと移行した。
グラーセンもまた動員令を発令。グラーセン軍はかねてより参謀本部が策定していた、対アンネル戦争の計画通りに動き始めた。
グラーセン軍はアンネルとの戦争に向けて、鉄道の敷設を主導していた。その鉄道をフルに活用し、グラーセン軍は驚異的な速度で動員を進めた。
数日後にはグラーセン軍によるアンネル領への進撃が始まった。
まだ直接的な戦いは始まっていないが、戦争は速く展開されていった。
グラーセン軍参謀本部。その一室にクラウスとユリカがいた。彼らの目の前には、クラビッツ少将がいた。
「忙しいところ、よく来てくれた」
クラビッツの無機質な言葉が投げかけられた。クラウスは苦笑いしつつも返答した。
「いえ。大丈夫です。お会いできて嬉しく思います」
「こんにちは。閣下」
クラウスとユリカの挨拶を受けてクラビッツも頷く。
「話は聞いている。君たちが陛下に演説をしてもらうよう頼んだと。しかも王太子殿下まで担ぎ上げたらしいじゃないか」
クラビッツの話に面食らうクラウス。フリードとの話は周りが知るはずがなかった。一体どうしてクラビッツが知っているのか、クラウスは驚きを見せた。
その驚きを察したのか、クラビッツは答え合わせをしてくれた。
「王太子……ヴィクトル少将から聞いたのだ。二人はお話をされて、陛下を説得したと。君たちは二人にそのきっかけを作ってくれたと少将から聞いている」
その話にクラウスは納得した。確かに王太子という立場ではあるが、フリッツ王太子とクラビッツ少将は、軍隊では少将という同じ階級だ。同じ軍にいるなら話をすることもあるのだろう。
「そうですか……それで殿下……ヴィクトル少将は何と?」
ヴィクトルが一体どんな話をしたのか、クラウスは気になった。そのことを尋ねるとクラビッツが何でもないことのように語った。
「君たちにとても感謝していると言っていた。国王と王太子という立場だと、話しにくいこともあるのだろう。久しぶりに父と息子になり、本心から語り合えたと」
その言葉にクラウスとユリカが目を丸くした。しかし同時に変な納得もした。王族という立場があり、君主と王太子という関係ではあるが、そういう肩書をなくしてしまえば、やはり二人は親子なのだ。肩書が邪魔して話せないことも、親子に戻れば話すことができるのだ。
きっと二人は久方ぶりに、親子に戻ったに違いないのだ。
「そのきっかけをくれた君たちにお礼を伝えてほしいと言われたよ」
「それは……光栄なことです」
戸惑いながら答えるクラウス。その様をユリカが横で面白そうに見つめるのだった。
「ところで閣下。作戦は順調に進んでいるのでしょうか?」
クラウスが問いかける。その問いにクラビッツが一回頷いて見せた。
「特に滞りはない。鉄道による輸送も補給も計画通りに進んでいる。進撃速度も予定通り。もうすぐアンネル領への進撃が始まるだろう」
クラビッツの言葉に頬を緩ませるクラウスたち。実際鉄道を活用した動員計画は、それまでの軍事常識が覆るほどの計画だった。
驚異的な速度で動員を進めるグラーセン軍は、そのままアンネル領への進撃を始めようとしている。
まだ直接的な戦闘は行われていないが、作戦通りにいけば、こちらがに有利な状況で戦争は推移していくだろう。
「前途洋々、ですわね」
ユリカが微笑んで見せる。クラウスもそれに釣られるように笑って見せた。
ただ一人、クラビッツだけが顔を崩さずにいた。
「このまま上手くいけばよいがな」
クラビッツの悲観的な言葉にクラウスも戸惑いを見せた。
「閣下。どういう意味です?」
「まあ、戦争というのは必ずしも計画通りに行くということはない。どんな時代になっても、必ず『戦場の霧』というのは、我々の前に漂うのだよ」
軍事学の用語で、戦争における不確定要素のことを『戦場の霧』と呼ぶ。どれだけ情報を集め、どれだけ状況を把握しても、完全に把握することは不可能であり、戦争には予期できないことが起きるのだ。
長い軍歴を持つクラビッツでさえも、その戦場の霧を払拭することは不可能なのだ。
一瞬の沈黙が漂った。そして、その沈黙を破るように何者かが部屋に入ってきた。
「閣下! 失礼します!」
やって来たのは配下の将校だった。彼は青ざめた顔でクラビッツの部屋に入ってきた。その顔を見て、クラビッツはやれやれと首を振った。
「どうした? 何があった?」
クラビッツが報告を促すと、将校は息も絶え絶えに声を上げた。
「さきほど海軍より報告がありました! グラーセン海軍主力艦隊はアンネル北東部にあるピピータ港近海を作戦航行中に敵艦隊と遭遇! 主力艦一隻に補助艦二隻が撃沈されたとのことです!」
将校の報告にクラウスもユリカも言葉を告げずにいた。撃沈という言葉が、二人に重くのしかかっていた。
ただクラビッツだけは事実を事実として受け止め、粛々と報告を聞いていた。
「我が艦隊は損害の拡大を防ぐため、戦線を離脱! 本国に帰還したとのことです!」
「負けた……ということですか?」
思わずクラウスが声を上げる。将校は何も答えなかったが、辛そうなその顔が全てを物語っていた。ユリカもまた、辛そうに顔をゆがめていた。
「それと、敵旗艦から信号がありまして、その……」
そこで将校が言い淀む。その言葉を口にしていいのか、迷っているようだった。
「どうした? 読み上げてくれ」
そんな将校に報告を促すクラビッツ。将校は意を決したようにその言葉を口にした。
「我が名はゲトリクス。世界に覇を唱える者なり。以上です」
心臓が小さく縮んだ気がした。まさかその名前を聞くことになるとは、誰も予想していなかった。
クラウスもユリカもただ、その場に立ち尽くすのだった。
宣戦布告した直後、アンネルは動員令を発令。アンネル陸軍は即座に戦時体制へと移行した。
グラーセンもまた動員令を発令。グラーセン軍はかねてより参謀本部が策定していた、対アンネル戦争の計画通りに動き始めた。
グラーセン軍はアンネルとの戦争に向けて、鉄道の敷設を主導していた。その鉄道をフルに活用し、グラーセン軍は驚異的な速度で動員を進めた。
数日後にはグラーセン軍によるアンネル領への進撃が始まった。
まだ直接的な戦いは始まっていないが、戦争は速く展開されていった。
グラーセン軍参謀本部。その一室にクラウスとユリカがいた。彼らの目の前には、クラビッツ少将がいた。
「忙しいところ、よく来てくれた」
クラビッツの無機質な言葉が投げかけられた。クラウスは苦笑いしつつも返答した。
「いえ。大丈夫です。お会いできて嬉しく思います」
「こんにちは。閣下」
クラウスとユリカの挨拶を受けてクラビッツも頷く。
「話は聞いている。君たちが陛下に演説をしてもらうよう頼んだと。しかも王太子殿下まで担ぎ上げたらしいじゃないか」
クラビッツの話に面食らうクラウス。フリードとの話は周りが知るはずがなかった。一体どうしてクラビッツが知っているのか、クラウスは驚きを見せた。
その驚きを察したのか、クラビッツは答え合わせをしてくれた。
「王太子……ヴィクトル少将から聞いたのだ。二人はお話をされて、陛下を説得したと。君たちは二人にそのきっかけを作ってくれたと少将から聞いている」
その話にクラウスは納得した。確かに王太子という立場ではあるが、フリッツ王太子とクラビッツ少将は、軍隊では少将という同じ階級だ。同じ軍にいるなら話をすることもあるのだろう。
「そうですか……それで殿下……ヴィクトル少将は何と?」
ヴィクトルが一体どんな話をしたのか、クラウスは気になった。そのことを尋ねるとクラビッツが何でもないことのように語った。
「君たちにとても感謝していると言っていた。国王と王太子という立場だと、話しにくいこともあるのだろう。久しぶりに父と息子になり、本心から語り合えたと」
その言葉にクラウスとユリカが目を丸くした。しかし同時に変な納得もした。王族という立場があり、君主と王太子という関係ではあるが、そういう肩書をなくしてしまえば、やはり二人は親子なのだ。肩書が邪魔して話せないことも、親子に戻れば話すことができるのだ。
きっと二人は久方ぶりに、親子に戻ったに違いないのだ。
「そのきっかけをくれた君たちにお礼を伝えてほしいと言われたよ」
「それは……光栄なことです」
戸惑いながら答えるクラウス。その様をユリカが横で面白そうに見つめるのだった。
「ところで閣下。作戦は順調に進んでいるのでしょうか?」
クラウスが問いかける。その問いにクラビッツが一回頷いて見せた。
「特に滞りはない。鉄道による輸送も補給も計画通りに進んでいる。進撃速度も予定通り。もうすぐアンネル領への進撃が始まるだろう」
クラビッツの言葉に頬を緩ませるクラウスたち。実際鉄道を活用した動員計画は、それまでの軍事常識が覆るほどの計画だった。
驚異的な速度で動員を進めるグラーセン軍は、そのままアンネル領への進撃を始めようとしている。
まだ直接的な戦闘は行われていないが、作戦通りにいけば、こちらがに有利な状況で戦争は推移していくだろう。
「前途洋々、ですわね」
ユリカが微笑んで見せる。クラウスもそれに釣られるように笑って見せた。
ただ一人、クラビッツだけが顔を崩さずにいた。
「このまま上手くいけばよいがな」
クラビッツの悲観的な言葉にクラウスも戸惑いを見せた。
「閣下。どういう意味です?」
「まあ、戦争というのは必ずしも計画通りに行くということはない。どんな時代になっても、必ず『戦場の霧』というのは、我々の前に漂うのだよ」
軍事学の用語で、戦争における不確定要素のことを『戦場の霧』と呼ぶ。どれだけ情報を集め、どれだけ状況を把握しても、完全に把握することは不可能であり、戦争には予期できないことが起きるのだ。
長い軍歴を持つクラビッツでさえも、その戦場の霧を払拭することは不可能なのだ。
一瞬の沈黙が漂った。そして、その沈黙を破るように何者かが部屋に入ってきた。
「閣下! 失礼します!」
やって来たのは配下の将校だった。彼は青ざめた顔でクラビッツの部屋に入ってきた。その顔を見て、クラビッツはやれやれと首を振った。
「どうした? 何があった?」
クラビッツが報告を促すと、将校は息も絶え絶えに声を上げた。
「さきほど海軍より報告がありました! グラーセン海軍主力艦隊はアンネル北東部にあるピピータ港近海を作戦航行中に敵艦隊と遭遇! 主力艦一隻に補助艦二隻が撃沈されたとのことです!」
将校の報告にクラウスもユリカも言葉を告げずにいた。撃沈という言葉が、二人に重くのしかかっていた。
ただクラビッツだけは事実を事実として受け止め、粛々と報告を聞いていた。
「我が艦隊は損害の拡大を防ぐため、戦線を離脱! 本国に帰還したとのことです!」
「負けた……ということですか?」
思わずクラウスが声を上げる。将校は何も答えなかったが、辛そうなその顔が全てを物語っていた。ユリカもまた、辛そうに顔をゆがめていた。
「それと、敵旗艦から信号がありまして、その……」
そこで将校が言い淀む。その言葉を口にしていいのか、迷っているようだった。
「どうした? 読み上げてくれ」
そんな将校に報告を促すクラビッツ。将校は意を決したようにその言葉を口にした。
「我が名はゲトリクス。世界に覇を唱える者なり。以上です」
心臓が小さく縮んだ気がした。まさかその名前を聞くことになるとは、誰も予想していなかった。
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