脱走王子と脱獄王女

狐島本土

文字の大きさ
上 下
21 / 30

萌え女たち

しおりを挟む
「……う、うっ、えぐぅ、うっぅぅぅう」

「……」

 ルーヴァ、泣きすぎだと思う。

 プロポーズからしばらく、オレは獣車を走らせながら、ともかく落ち着いてくれるのを待っていたのだが、どうも涙が止まらない。

 ぶっちゃけ、そんなに泣くことなのか?

 いや、感激してくれるのはとても嬉しい。しかし、泣くほどかというとそこまでの関係性はオレたちにはまだないと思うのだ。まともな恋愛成就としてはスピーディなぐらいで。

「「……」」

 振り返ってみるとニュドの一つ目も、ヨニの二つ目も微妙に困惑している。なんて言っていいのかわからない風。魔族特有の感情の高ぶりで人間だから共感できないとかではないようだ。

「……うああああっ、あああっ!」

 遂に空に向かって吠えるように泣き出した。

「ルーヴァ、大丈夫」

「ああああっ、テオぉぉおぉおおおっ!」

「うん。テオだよ。横にいるよ」

「ああああああああっ!」

 止まりそうにない。

 ルーヴァの魔力に由来するんだろうか。すぐ鼻血を出すような過剰な興奮の反応と同様、感情が高ぶるとそれに引っ張られる。ありそうだ。

 最初から感情表現強めだし。

「……」

 不安になってきた。

 プロポーズしたこと自体に後悔はないが、これからずっと一緒にやっていけるのか心配になってくる。プラスの感情が制御できないのはまぁいいんだが、マイナスの感情に切り替わったらと思うと、ちょっと考えたくないような事態に。

 夫婦喧嘩とかさ。

「……ぐすっ、すん」

 小一時間、ルーヴァはようやく落ち着いた。

「ごめんね。わたしったら、嬉しくって」

「うん」

 あれだけ泣いたのに、普通っぽい。

「それで、子供はいつ作る?」

「ん? ごめん、なんて?」

 もちろん聞こえてたが、ちょっと冗談を上手く返せる自信がなかった。プロポーズ後の最初の行動としてはアグレッシブすぎる。

「魔族はいつでも妊娠できるから」

 ルーヴァは真面目に言っているみたいだった。

「それは……」

 オレはその顔を見つめて真面目に答えるしかないと腹を括る。荷台の二人がわりと真面目な目でこっちを見てるのもあったのだが。

「子育てを安全にできる環境が整ったら、じゃないか? 少なくともルーヴァは新たな魔王が決まるまで人間からも魔族からも狙われる訳で」

「魔界なら普通よ?」

「そう?」

「むしろ環境はいいぐらい」

「……」

 過酷な人生を送ってるな!

「……」

 ニュドがわりと力強く頷いている。

「いや、でも妊娠期間のルーヴァ自身の安全がさ、魔王になるとは言ったけど、オレは強くもないし、最低限、護衛がいないとどうにも」

「七日で出産できるから、それほど問題には」

 ルーヴァは少し考えて言う。

「七日!?」

「人間は長いらしいわね」

 ケロッとした表情で言っている。

「国境を越えて、しばらくは情報収集をしつつ潜伏することになると思うのね。わたしが脱獄したことを知れば、姉妹たちも動くだろうから、それを見極めて、目的地を変えるために。だから、その期間は比較的することがないと思うのよ。派手に行動もできないんだから、子作りにはいい機会だと思うでしょう」

「そうなるのかな?」

 オレは曖昧なことを言うしかなかった。

 落ち着け。

 子作りという行為はまったくもって歓迎すべきことだが、そんな理詰めでスケジュールを組まれると興奮するものも興奮しない。国境を越えたら子供を作って七日後には子育てスタートとか新婚期間まったくないじゃん。

 魔王になるよ?

 奴隷も解放するよ?

 子育てもついてくるよ?

「……」

 過酷さがオレの想像力の限度を超えてる。

 いや、だって前世のオレ孤独だし。

 子育てとか生き続けても無理な人生だったし。

 第一、オレの子供なんてオレが不安だ。どんなクズに育つかたまったもんじゃない。イケメンが遺伝しなくて前世の顔準拠とかそういう女神の悪戯の不安もある。

 軽々しく「はい」とは言えない。

 しかし、下手に断ったらルーヴァの感情表現が過剰に爆発することも考えられる。プロポーズで小一時間泣いたのだから、子作りを拒否ったらどうなることか、命の危険すら感じる。

 なんで?

 なんで兵士に追われてる時より不安なの?

「!」

 オレはハッと思い出す。

 重大なことを忘れていた、子作りは無理。

「ルーヴァ」

 オレは子供たちに配慮して耳打ちする。

「なに、あなた?」

 ルーヴァは小首を傾げた。

 ああ、めっちゃオレの新妻可愛い、けど。

「あのさ、性行為ができなくない?」

 言わなければならない。

「!」

「少なくとも、オレがルーヴァに触れない状況では子作りは現実的じゃないと思うんだ。魔族も、生殖はそうなんだよね? たぶん」

 元が同じ人間なら。

「テオ」

 ルーヴァの顔から血の気が引く。

「雷に耐えながら……」

「無理だと思うよ」

「け、経験豊富なんでしょう?」

「いや、経験したことないから気絶したでしょ」

「慣れて」

「慣れる前に死にかねないから」

「……」

 ルーヴァは御者台から荷台に移って、座り込んでしまう。ニュドが気遣うように背中をさすっていたが、プロポーズの喜びが一気に吹き飛んだ空気である。なんでこんなことに。

「夜明けです」

 ヨニが静かに言った。

「うん」

 満開の精霊樹の花びらが太陽に照らされて虹色に輝きはじめる。世界が明るく照らし出される、精霊界の春の朝は見ても美しい。

 魔族の生態を早めに知れたのは収穫だ。

 イケメンで下手に調子に乗るとすぐに子供がどんどん出来てしまうというのは、魔王になるに当たって、国を乱さない重要な視点である。マジで後先考えないと死ぬ。

「テオ」

 ルーヴァがつぶやいた。

「うん?」

「こんなに萌えてるのに生殺しなんて耐えられない。考えるから、ちゃんと考えるからね?」

「うん」

 夫婦としては乗り越えねばならない壁だが。

「き、聞いたぞ」

 振り返ると縛られて魔法で身動きのとれないランナが目を開いていた。どこから聞いていたのだろうか。冷静に考えると、第三者がいる場所でプロポーズとか恥ずかしいんだが。

「つまり、私が先にテオと子供を作れば魔王のお嫁さんなのだな。ふふ、面白くなってきた」

「なにを聞いてたの?」

 なにも面白くなっていない。

「目を覚ますなりなんのつもりよ?」

 ルーヴァが立ち上がった。

「ずっと聞いていた。結婚おめでとう」

「ずっとですか!?」

 そしてなんで祝福してるの。

「ありがとう」

 ルーヴァはこっくりと頷いた。

「そこは受け入れるんだ!?」

 なんなんだ、この戦うボケ女合戦は。

「精霊騎士、あなたがテオを狙うのは女としてもう仕方のないことだと思うけど、その状態からどうやって自由を得るつもりなのかしら? わたしの気持ちひとつで、命だって」

「私はテオに着せたい服がいっぱいある!」

 ルーヴァの脅迫に、ランナは強気に返した。

「なんですって!?」

「そんなに驚くところなの?」

 オレにはもう二人のやりとりが意味不明だ。

「今、テオが着ているその服は私が作ったものだ。そして今もその姿を見ているだけで新しい着想が止まらない。わかるか? ルーヴァ・パティ。私を殺せば、テオの可愛い姿はもう見れないんだぞ! それでいいのか!」

 ランナは脅迫してるみたいだった。

 死んだな。もう庇いきれない。

 ヨニの父親に比べればやられたことは大したことないし、トイレシーンを見てしまった良心の呵責もあって殺すのを止めたが、もうちょっと無理だろう。生きるために空気を呼んでくれ。

「ああっ」

 だが、ルーヴァは頭を抱えて悩んでいた。

「萌えているんだろ。私にはわかる」

「あなたも萌え女なのね!」

「わかるはずだ。自分で言うのも気恥ずかしいが、私の才能は稀有だぞ!」

「ランナ・ドブレ! おそろしい女っ!」

「……」

 なんなのこの萌え女たち。

 空気を読めてないのはオレなのだろうか。

「テオ、これからタイヘンです」

 ヨニがポンポンとオレの背中を叩いた。

「君が気遣ってくれるんだ」

「ヨニを選んでもいいですよ?」

「……」

 この面子、ダメだ。

 すべてがややこしくなる予感しかしない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。 次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。 時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く―― ――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。 ※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。 ※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。

神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜

シュガーコクーン
ファンタジー
 女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。  その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!  「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。  素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯ 旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」  現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

処理中です...