脱走王子と脱獄王女

狐島本土

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煌めく風

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「先に子供、ヨニを探すよ」

「仕方ないわね」

 マリの意見にルーヴァも同意する。

(テオを優先したいのが本音だけれど)

 現実的に魔族と人間のハーフは、ただの魔族以上に人間から忌み嫌われるところがある。捕まればあっさりと殺されてしまうかも知れない。

 より危険な方から助けるしかなかった。

「ニュドは隠れてて」

 ルーヴァは言う。

「隠れるのも逃げるのもお手の物だろうが、魔素結晶をひとつ渡しておく、朝までに戻らないようなら移動魔法を使ってもいい。港に向かった子らに合流しな。その場合はこちらで追っ手を引きつけられないから、手筈を繰り上げるように伝えておくれよ」

 マリが大きめの結晶を手渡して、ニュドの頭を撫でる。本当に名残惜しそうに。

「……」

 ニュドは二人の頭に意思を伝える。

「ニュド!?」

「見たのかい。まったく健気な子だよ」

 魔力によって映像として伝わった情報は、薄暗い洞窟の奥で人間の骸骨を抱いて泣く少女の姿だった。魔族が死んだ場合はそうはならないので、人間の側の親だろうと推測できる。

 そこからニュドの視界は引き下がっていく、いくつもの檻が用意された洞窟、無数の拷問器具、森の奥の入り口と巻き戻って、屋敷まで高速で戻っていって位置情報を伝えてくれる。

「孤児だったんじゃないの?」

 ルーヴァはマリに尋ねた。

 襲撃を受けて逃げて隠れているようには見えない。むしろ襲撃を受けたことを知らない様子、襲撃を受ける前に逃げていたのか。襲撃をわかって脱出を済ませていたのかということになる。

「もしかして」

 襲撃者を引き込んだのは。

「人間に手を貸すような子じゃないよ」

 ルーヴァの推理を打ち消すようにマリは言う。

「あの子は、自分でやってきたんだ。あたしの評判を聞いたと言ってね。魔族との子を産んだ母親が人間の集落から追い出されて、はぐれたと言っていた。人間を恨んでたのは事実さ」

「それってどういう……」

「本人の口から聞くよ」

 問いに答えたマリの目は険しくなっていた。怒りを抑えているという雰囲気があり、もう歩き出している。背中や肩から生えた腕に明らかに力が入っていた。

(心当たりがあるみたいね)

 子供たちの事情はルーヴァにはわからない。

「あの子、テオに近づいていたわ」

 だが、ピンと来たこともある。

 襲撃とは無関係に屋敷を離れていて、そしてテオと二人だけ消えている。そして洞窟内の様子は魔族を捕らえるのは緩すぎる人間の奴隷でも捕まえておくような状況。そこに一人で移動したとは考えにくい。

「一緒にいたと思うんだけど」

 推理を口にする。

 捕らえれて売られるところだった。避難の際にはぐれたという状況よりも、その方がよほどわかりやすい。そして襲撃に巻き込まれていなかった希望が出てくる。

「だろうね。あたしの目が行き届いてなかった」

 マリは頷いて深く息を吐く。

「ルーヴァに説得されて良かったよ。保護者失格さ。年齢不相応にしっかりしてる子ってのは、大概なにかあると頭ではわかってたのにね」

「急ぐわ」

 二人は走り出す。

 日暮れが近づいていた。

 魔力の消費を考えないのならば魔族は獣車に乗るよりも走った方が速い。魔法を使えば瞬間移動も可能だが、戦いを前提にしているので、そこは抑えている。

 木々をなぎ倒して一直線に目的地へ、派手な動きでディポントの魔族に気付かれる可能性はあったが、この際、襲撃者の人間とつぶし合ってくれれば御の字だった。洞窟までたどり着いたときには日が完全に落ちている。

「いないね」

 マリが言う。

 すでにヨニという少女は移動していた。

「だれか死んだ形跡があるわ」

 ルーヴァはニュドの伝達した映像では地面と同化して拾えていなかった死灰を見つける。核を潰された魔族の成れの果てだ。

「服が残ってないのは奇妙だね」

「裸だったってことでしょう」

 死灰の量はかなり多い。魔族の一人分だとすれば大柄、それが衣服を身につけない状態で殺されたとすれば、相当に油断したか、させられたかという状況だ。

(まさか、テオが)

 愛玩奴隷。

 シドラーの言葉がルーヴァの脳裏に妄想を繰り広げさせた。数々の主人に身体で仕えた。その技術を生かして、売り手を逆に殺したというような、想像が止まらない。

「ルーヴァ、鼻血出てるよ」

 マリが指摘する。

「違うから! 萌えてないから! これはなんていうか、嫉妬の鼻血だから! わかる?」

「わからないよ」

 ルーヴァの言葉にマリは呆れる。

「これは屋敷に戻ったと見ていいね」

「急ぎましょう」

 鼻血を拭って、ルーヴァは洞窟を飛び出す。

 遠回りをした訳ではなかった。避難した経路とは違うが、来た道をほぼ戻る形で煙が立ち上る屋敷付近まで人間と遭遇することなく戻ってくる。そしてほどなくヨニを見つけた。

「離せ! 触るな!」

 ブラシャボが塗られているとわかる白い投げ縄に捕らわれたピンクの肌の少女が暴れている。大人の人間にも勝る力はある。直接肌に触れていないのと、半分が人間なのとで、魔力吸収の効果が薄かったようだ。

「ぐっ、このっ、暴れるな、ぁ……」

 引っ張ろうとした兵士に少女が近づくと倒れる。何人もが投げ縄の縄を引っ張っていたが、その数は減る一方だった。

「霊の種族と混じってるからね」

「幻惑、眠り香ってこと?」

 ルーヴァとマリは飛び出して、縄に触れないように兵士たちを突き飛ばす。

「マリ!」

 ヨニが叫んだ。

「ご、ごめんなさい! ヨニ、テオさまを!」

「話は後だよ」

 最初に突き飛ばした兵士から剣を奪って、少女の縄を斬りながら、マリは周囲を見回す。人が集まってきていた。すでに捕まえたという報告が広まっていたようだった。

「精霊騎士はいる?」

 ルーヴァは身構える。

 魔力を温存しなければならない。

「どうだろうね。あたしも見たのは力だけだ。火矢の炎を煽る輝く風、勇者が使っていた」

「その通り」

「「……!」」

 取り囲む兵士の中央を悠然と歩いてくる女の姿にルーヴァもマリも相手がそれだと理解した。鍛え抜かれた肉体が鎧に隠されていてもわかるほどに力強い人間離れした人間。

 夜の闇に青く煌めく風を纏っている。

「……」

 ルーヴァは言葉が出てこなかった。

 勇者の姿を直接に見たことはない。だが、その力の噂は聞いている。父親と互角の戦いを繰り広げ、界門を閉じるという成果と、互いの命を奪い合う決着を成したその力。恐れがない訳でもない。

「マリ・カーガーに、ルーヴァ・パティだな。二人そろってやってきてくれるとは、精霊王の加護に感謝しなければ」

 女は剣を抜く。

「ミネアを呼んできてくれ、二人とも捕らえる」

「はっ!」

 兵士たちは女と入れ替わりで後退、包囲を維持したまま、距離を取る。最大級の首であろう魔族最強と魔王の娘を目の前にして、若い女に従う絶対的信頼感、それは強さの証拠だった。

「一人であたしらを押さえ込む気とはね。舐められたものだよ。精霊なんぞにいくら愛されても、人間は人間でしかないというのに」

 軽口を叩きながら、けれどもマリの表情に余裕はなかった。理由はルーヴァにもわかっている。あの風の力は相性が悪い。

「マリ、わたしが……」

 ルーヴァは前に出る。

 退いてはいられなかった。テオを助けるために。

「いいのかい?」

「二人、精霊騎士がいるとしたら、わたしたちの魔力への対策に違いないわ」

 呼んだもう一人はおそらく自分対策。

 そう言って、縄を抜けたヨニとマリに目配せをする。テオを探さなければいけないが、そのことは口に出来ない。もしこの精霊騎士たちに捕まっていれば人質になってしまう。

「ルーヴァ・パティ、その通りだ」

 女が口を開いた。

「マリ・カーガーと戦う予定で来ている。だが、それは効率よく勝つための上の采配でしかない。戦場で予定通りに行かないのは当然だ」

「ご丁寧にどうも」

 策を読まれたぐらいで狼狽える相手ではなさそうなのはわかっていた。不利にならないだけで、有利にはなっていない。

「ミネアを呼んだのは万全を期しただけだ。しかし、安心しろ。どうせあの女は呼んだところですぐにはこない。到着する頃には二人ともこのランナ・ドブレひとりで倒している」

「ランナ」

 ルーヴァは言った。

「その名前の響きの通り育てば、こんなところで死なずに済んだのにね!」

 剣を構えて突進してくる相手に前に出る。なんとかマリが兵士たちを突破する時間は稼がなければいけない。ヨニの安全を確保してからでなければ、その力を十全に発揮できない。
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