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第8話 囚われの王太子

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「何をなさってらっしゃるかと聞いているのですが」

何を言っていいかわからなくなった私は無言のままでシルバーノさんをみた。シルバーノさんは厳しい顔でこちらをみている。

私は迷ったが、言い逃れのできない状況である。かえって嘘をつくよりも思い切ってシルバーノさんの気持ちに訴えることにした。

「ティナと会って、話がしたいのです」

「話してどうなると言うのですか?」

「僕は彼女の無罪を信じている。だから、何か手掛かりがないかと思ってやって来たんだ」

シルバーノさんはため息をついてこう言った。

「王の決定は絶対です。これ以上あがいても彼女の運命は変わらないでしょう。変に希望を与えることはかえって残酷な結果を招くことになります。おやめなさい」

「僕は最後まであらがうつもりでいます。無実の人が見せしめに殺される。あってはならないことだと思っています」

しばらくシルバーノさんは黙っていたが、やがて口を開いた。

「お行きなさい。ですが、変な気を起こしてはいけませんよ。ここから逃げ出すことは困難ですし、それに、逃げ出してもすぐに捕まってしまうでしょう。結果的に彼女の無実を証明するどころか、死期を早めてしまう結果になってしまいます」

「分かりました。ありがとう」

私はそう言って鍵束を取り出すと、監獄へ上がっていくため、扉に向かおうとした。

「殿下」

「はい」

私は後ろを振り返った。

「私はティナ様が大好きでした。いずれは慈愛に満ちた素晴らしい王妃になると思って楽しみにしていたのです。あの人が無実だってことは私には初めからわかっていました。そんな大それたことをするようなお方ではありませんから。ですが、こうなった以上、私にはもうどうすることもできないのです。それが、とても悔しくてならないのです」

シルバーノさんの声が震えている。

「私はあなたの教育を間違えていました。全てのことが終わったら、私は引退させていただきます」

彼は深々と私に礼をした。彼の肩は小刻みに震え、目から涙がこぼれ落ちているようだった。

「必ず、必ず無実を証明してみせますから」

私はそう言って、監獄への扉を開いた。



塔の一番上。何部屋かあるが、人気はない。私は一番奥の部屋へと歩いて行った。ぼんやりと薄明かりが見え、中に人の気配を感じた。

しっかりと鉄格子がはめられている小さな窓のある扉。そして、その扉の下は食事の差し出し口になっていた。

窓を覗くと、ボロボロの衣装を纏った、髪の長い女性の姿があった。薄い毛布を被り、うずくまっている。

「殿下、アンジェロ殿下。私です。ティナです」

うずくまった女性はピクリと動いた後、びっくりした様子で飛び起きた。そして、扉の方へと駆け寄ってきた。

「ティナか、ティナなのか。俺を助けにきてくれたのか?」

窓越しに私の姿を久々に見た。顔はやつれ髪もボサボサになっている。反応から見て、やはりアンジェロ殿下が私の体の中に入っているようだ。私はとても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「ごめんなさい。今はまだ助けられないの」

「そうか……」

彼はがっかりして肩を落としていた。

「警戒が厳重でとても助けることができない。それに、助け出してもすぐ捕まっちゃうから、今は動くことができないの」

「いや、いいんだ、いいんだ。分かっている。ありがとう。こうなったのも全部自分が招いたことだから」

彼は期待している顔から、少し沈んだ表情に変わった。

「でも、何か手がかりがあれば、無実を証明できると思うの。実は私、屋上から突き落とされたの、だから、ぶつかったのはわざとじゃなくて……」

「知ってる。全部聞いた。あの女から」

「え、あの女?」

「そうだ。俺は一年前から、彼女と裏で付き合っていたんだ。君を裏切って。あの時、俺はどうかしていたんだ。君という婚約者がいながら。最初は遊びのつもりだった。向こうから言い寄られたので、調子に乗っていたんだな。その時、俺は親が決めた相手と結婚するというのに少し反発していたんだ。決して君を嫌いだったわけじゃない」

「そう」

「彼女は会うごとに、君が裏で学校をどう牛耳っているのかを、涙ながらに語っていたんだ。最初はあまり信じていなかった。でも、君の実家のレオーニ侯爵家は俺との結婚が決まって相当勢力を伸ばしていたから。だから、君が実家の威光を笠にきて、さらに、王太子の婚約者として、色々とやっていてもおかしくないと思い始めてしまった」

私は黙って聞いていた。

「だから、あの時は完全に君に対して嫌悪感がピークに達していたんだ。それで、あんなひどいことを言ってしまった」

「うん、分かった。でも、今はそんなことじゃなくて、私を屋上から突き落とした相手を見つけることが大切だと思うの。その人物が分かったら、きっと無実を証明できる。そうしたら、あなたもここから出ることができるから」

「突き落とした相手を俺は知っている」

「誰?」

「ロザリア・バロッチ伯爵令嬢。俺の浮気相手だ」

え、あの人が…… 私は絶句した。あの人はそんなことをするような人には見えなかった。私とも時々仲良く話をすることもあったのに。私より綺麗で、話も面白く、ファッションセンスも抜群で、いつも皆の注目を浴びている太陽のような人だった。

「信じられないかもしれない。そして、彼女は来たんだ。俺が捕まった翌日に」

アンジェロ殿下は、小窓の鉄格子を掴み、ギリギリと握りしめた。
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