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1巻
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しおりを挟む第一章 記憶喰い
ときどき見知らぬ女の子からキスをされる。
などと言えば、男子諸君は「はいはい、リア充自慢ね?」と怪訝な顔を見せるか、その幸運にあやかるべく詳細を聞き出そうとするかのどちらかだろう。
だが安心してほしい。俺こと杉山秀俊はそんな幸運の持ち主ではないし、女に困らないモテ男というわけでもない。
残念ながら、キスされたのは夢の中での話だ。
それに、世の中には明晰夢という、夢を夢であると自覚しながら自由に歩き回れる、まさに夢のようなものがあるらしいが、そういった類のものでもない。
日々悶々としている男子高校生であれば一度や二度は経験しているであろう、夢の中で欲求不満を爆発させたという他愛もない話だ。
俺にキスするその人物の顔には靄がかかっていて、どんな容姿なのかはわからない。だが、女の子で、それもとびっきり可愛いことは、なぜかわかってしまう。
夢というのは本当に適当で都合がいい。
この前は住んでいる駿河町の夏祭りに彼女と行っている……なんてありえないシチュエーションだった。
その子は俺の手を取り、振り向きざまに夏の向日葵のような笑顔を見せてくれた。
まあ、いつもどおり顔はわからないのだけれど。
自慢ではないが、十七年の人生で女の子と夏祭りに行った経験はない。だからこそ、夢に見るほど憧れているのだと思う。
欲求不満が具象化した妄想──そう考えて割り切ってしまえば、なかなか良い夢だ。
ただ残念なのは、次はあんなことやこんなことをしてみようと考えるけれど、いざその夢を見たら綺麗サッパリ忘れてしまっているところだ。
夢の世界もそんなに甘くはないのかもしれない。俺の夢なのだからもう少し甘やかしてくれとあの女の子に言いたいが、言えたところで結末は変わらないと思う。
そう、夢は決まって凄惨に終わる。
どこからともなく現れる白い車。それにはねられた瞬間、いつも目が覚める。
あの車は忘れもしない。夢の世界ではなく、現実世界で俺をはねていった車だ。
女の子からキスをされる部分は曖昧にしているくせに、車にはねられる部分は忠実に再現するなんて、どういう嫌がらせなのだろうか。
まるで「こんなくだらない夢を見てないで、現実を見なさい」とあの女の子が言っているような気さえしてしまう。
夢の中でまたあの女の子に会ったら言ってやろう。くだらないのはこの夢じゃなくて、現実世界の俺の人生のほうだろうと。
まあ、そんなことを考えていても、あの女の子に会ったときには綺麗さっぱり忘れてしまっているのだけれど。
*
「つまり杉山くんの言い分をまとめると、企画の件は綺麗さっぱり忘れていたということね?」
俺を見下ろす河原崎が、冷ややかな目でそう言った。
「いや、別に忘れていたってわけじゃないんだけど」
俺は少ししどろもどろになりながらも、そう返す。
「そう。なら、どうして杉山くんは企画を持ってきていないの? 今日が企画会議だって先週言ったわよね?」
「それはアレだ。期末試験の勉強が忙しくてだな」
「勉強?」
「そう、勉強」
「杉山くん、勉強していたのに赤点ギリギリで」
「すみません勉強していません。企画の件もすっかり忘れていました」
これ以上言い訳しても墓穴をさらに深く掘るだけだと観念した俺は、河原崎に深々と頭を下げることにした。
河原崎あかね。俺と同じ私立眞白学院高校の二年生。
三つ編みの黒髪に黒縁眼鏡と、優等生を絵に描いたような女子だが、そのおとなしそうな風貌からは想像できないほどの行動力と絶対的なプライドを持っている、俺の最も苦手とする相手だ。
彼女は新聞部部長にして、年八回刊行している校内新聞「マシロタイムズ」の編集長を務めている。眞白学院は陸上部で有名だが、新聞部を陸上部に勝るとも劣らないほどに有名にしたのは、ほかならぬ河原崎だった。
まず入部して最初に、校内新聞を「明晨」なんて硬い名前から、「マシロタイムズ」という世界を視野に入れたような名前に変更する。そして直後、全国高校新聞コンクールで文部科学大臣奨励賞を受賞してしまう。
もちろん、名前を変えただけで受賞したわけではない。同時に彼女は、苛烈なほど記事作りに情熱を注いでいる。例えば、ネタ探しのために全校生徒に取材をしたらしい。
そんな河原崎の手帳には、クラスメイトですら知らない情報が細かくメモされているという噂さえある。
学校一のイケメンである男子バスケ部主将の極秘情報を入手しようと、数多くの女子生徒が河原崎に商談を持ちかけている……と聞いたこともある。
さすがに誇張だと思っていたけれど、その考えは改める必要がありそうだ。
まさか、俺の期末試験の結果まで知っているとは。
上位一〇人しか公表されない結果をどうやって調べたのだろう。職員の中に情報提供者がいて、スパイ映画のようなやりとりが行われているとでもいうのか?
「ひとついいかしら、杉山くん」
「なんだよ?」
「申し訳ないけれど、忘れていたと正直に答えられると拍子抜けしてしまうわ。男ならもうちょっと言い訳しなさい」
「いや、男だから潔く認めているんだけど」
「これから杉山くんの大罪を、一記者として根掘り葉掘り追及していく予定だったのに」
「追及しても面白い話なんか出てこないよ」
「何を言っているの? 面白くない話でも面白くでっちあげるのが、私たち新聞部の役目でしょう」
「河原崎って、さらりととんでもないこと言うのな」
そっちこそあきれるわ、と胸中で突っ込む。
企画の件とは、マシロタイムズの夏季号に載せる特集のことだ。
一週間前、「編集会議を行うにあたって、ひとり一案は特集企画を出すように」と通達があったことは、おぼろげに覚えている。
人の記憶とは都合のいいもので、自分にあまり関係がないと判断したことはすんなり頭の中から抹消してしまうらしい。そういう自覚はまったくないのだけれど、俺は新聞部に所属しながらも、マシロタイムズの企画なんてどうでもいいと考えてしまっているようだ。
「とんでもないことのついでに言うけれど、杉山くんのことだから企画の件は忘れているだろうとすでに予想していたわ」
「さすがは河原崎編集長。鋭い洞察力をお持ちでいらっしゃる」
「でしょう? 私のジャーナリストとしての才能は、隠していてもわかってしまうものなのね」
そう言って河原崎は、新聞部の部室としても使っている図書室のテーブルの上に、数枚のプリントを置いた。
「……なにこれ?」
「部員のみんなが出してくれた企画案」
河原崎がその中から一枚のプリントを俺の前へと差し出す。
「予想していたから、先手を打って杉山くんに仕事を用意したの」
「仕事?」
「そう。もうすでに編集会議は終わっていて、企画は『夏の怪談特集』に決まっているわ」
「え、マジで?」
どうりで他の部員がいないと思った。
図書室の窓から見える空は、ようやくジメジメした雨季が過ぎて、綺麗な茜色に染まっている。これから編集会議をするにしては少し時間が遅いなあ、なんて考えていた。
大切なマシロタイムズの編集会議だというのに、俺ぬきでやっていたのか。
企画の件を綺麗に忘れていた俺が言うのもなんだが。
「というわけで、杉山くんには夏らしい怪談記事を作ってもらうことにしたから」
「は?」
思わず耳を疑ってしまった。
夏らしい怪談記事。
怪談とは、幽霊やお化けを題材にしているアレのことなのだろうか。
「学校のOBでいらっしゃるミステリー作家の山形ノボル先生にあやかって、ミステリーじみた怪談であればなおよろしい。昔から、ここ長崎県坂江市にある怖い話とか不思議な都市伝説……そうね、妖怪譚みたいなものでもいいわ」
「いやいや、ちょっと待てよ。急にそんなこと言われても無理だよ。そもそも校内新聞で怪談特集なんて」
「はい、今すぐその薄ら汚い口をお閉じなさい」
河原崎は軽く俺を罵倒しながらテーブルを叩く。
「言っておくけれど、これはある意味譲歩なの。正直言って、やる気のない部員を在籍させておくほど、新聞部の懐は深くないわ」
「う……」
「杉山くんの事情はもちろん理解している。だけど、他の部員への影響も考えると、私は新聞部部長としてそうせざるを得なくなってしまう」
そうせざるを得ない。つまり、俺を退部させるということだろう。
俺にとって部活をやめさせられることは、眞白学院を退学させられることに等しい。というのも、何を隠そう、俺は眞白学院に試験免除で入学した特別待遇学生……いわゆる特待生なのだ。
念のために言っておくと、新聞部の特待生として入学したわけではない。スポーツ特待だった。
なのに、なぜ今新聞部に所属しているのか。そこには、思い出したくない理由がある。
俺は中学校時代、短距離走選手として全国大会に出場するほどのランナーだった。坂江市の杉山秀俊といえば、中学生ランナーの間では名の知れた存在で、「将来の夢はオリンピックに出場することです」なんて恥ずかしげもなく公言していた。
そんな折、眞白学院から「特待生としてうちに来ませんか」とお声がかかったのだ。
眞白学院は、オリンピック候補にも選ばれるような有名なランナーを多く輩出していて、ずっと行きたいと思っていた高校だった。素直に嬉しかった。今思えば、あのときが人生のピークだったのではないかと思うくらい、最高だった。
だが一年前の夏、早朝のジョギング中に背後から来た車にはねられて、左膝の前十字靭帯を断裂してしまった。
俺の陸上人生は最高潮を迎えようとした瞬間、あっけなく終わってしまったというわけだ。
足を見込まれて特待生になったのに、満足に走ることができなくなったのだ。普通なら、即退学か特待生の権利を剥奪されていただろう。
しかし、原因が交通事故であることと、陸上部顧問の後藤先生の口添えもあって「部活に所属しているのであれば、特待生として在学していい」ということになった。
そして所属したのが、陸上部と同じく、後藤先生が顧問を務めるこの新聞部だった。
何の冗談か、走ることに明け暮れていた俺が、退学にならないようにペンを走らせることになったのだ。
「とはいえ」
と、河原崎はため息交じりに続ける。
「杉山くんひとりでやらせるのは可哀そうな気もするから、パートナーを用意してあげたわ」
「え? 誰だよそれ。いいよ、ひとりでやるから」
正直その部員に押しつけたいところだが、退部がかかっているのであればそうも言えない。とはいえ、誰かと一緒に取材したり記事を書いたりするのは面倒でもある。
「そう言わずに、彼の力を借りなさい。彼のポテンシャルを引き出せば、今回の企画は素晴らしいものになるはずだもの」
「ポテンシャル? 怪談に詳しいやつってことか?」
「そう。夏の怪談企画にぴったりの部員。さて誰でしょう?」
らしくなく楽しそうに河原崎が訊ねた瞬間、全身に悪寒が走った。
怪談、都市伝説、といえば思い当たる部員はひとりしかいない。
「まさか刈島のやつか?」
「さすがクラスメイトね。正解」
思わず重いため息をついてしまった。
俺が新聞部に入ったのは一年の三学期くらいだったけれど、刈島こと刈島瑛太はずっと前から新聞部に所属しているクラスメイトだ。
洞察力があって知識が豊富。想像力豊かで真面目──なんて言えば、どんな素晴らしい生徒なのだと思われるだろうが、刈島はお世辞にもそんなやつではない。
簡単に言えば、影が薄いぼっちのオカルトマニア。そして、アイドルのおっかけもしているという、俺とはまったく共通点がないやつだ。
「具体的に何を記事にするのかは二人に任せるけど、決まったら教えて。そうね、できれば今週中に」
「今週中って、今日はもう水曜日なんだけど」
「期末試験が終わって、金曜日も終業式だから余裕でしょう? 大丈夫、杉山くんにアイデアがなくても、刈島くんがいっぱい持っているから」
「……」
いくら俺にやる気がないと言っても、あからさまに刈島だけが頼られると、癪に障ってしまう。
「わかったよ。俺もしっかり考える」
「あらそう。そうしてもらえると嬉しいわ」
とりあえずこれ渡しておく、と河原崎から今回の企画書を渡された。
そこに書かれていたのは「夏の怪談特集──昔から坂江市に残っている怪談を特集して、地域を盛り上げよう」という企画の概要だった。
発案者は、刈島。その刈島をパートナーにすれば、記事は簡単に書けると河原崎は考えたのだろう。彼女なりの気遣い……なんて思うのは早計か。
「ちなみに私も別の記事を書くことにしているから、週末は遅くまで図書室にいると思う。何かあったら相談してくれてもいいわよ」
「それはありがたいね」
河原崎にもらったプリントをカバンに入れ、席を立った。
「じゃあな、河原崎」
「ええ、またね杉山くん」
閉門が近いからか、図書室を利用している生徒はいない。
そんな図書室を少し眺めたあと、河原崎に挨拶を残し、古書のスンとしたカビの匂いに追い立てられるように、図書室の扉を開いた。
途端に、むっとした熱気とともに、蝉たちの声が一斉に飛びかかってくる。
図書室がある校舎の三階からグラウンドが見えた。かつて所属していた陸上部の部員たちが、酸素摂取量の増大を目的としたインターバルトレーニングをしていた。
夏季は陸上選手にとって特に大切な時期だ。トレーニングが技術寄りになりがちな、試合のシーズンが終わり、次のシーズンを見据えて短期間で体力強化を図る必要がある時期だからだ。少しでもトレーニングをさぼってしまえば、可逆性の原理で体力がみるみる落ちてしまう。
「まあ、どうでもいいか」
もう陸上競技ができない俺にとっては関係のないこと。
そんなことよりも、目下の問題は夏の怪談を探すことだ。
マシロタイムズでは、地域に密着した記事を書くことが多い。去年賞を取ったのも、坂江市を拠点に世界を相手に活躍する中小企業を特集した記事だった。
地域に関係した怪談か都市伝説。
生まれてからずっと坂江市に住んでいるが、そんな話は聞いたことがない。その手のことに詳しい刈島に相談すべきかとも思うが、あいつに頼るのはやっぱり気にくわない。
「……ん? ちょっとまてよ」
と、重要なことに気がついてしまった。
もし刈島にアイデアをもらって、それが河原崎のお眼鏡にかなったとする。そうなると、夏休みを使って刈島と取材したり、記事を書いたりする必要が出てくる。
あの刈島と。仲良く肩を並べて。
「はあ、マジかよ……」
今年の夏は、刈島と過ごすことになるのか。
一気に疲れが噴き出した俺は、軽く絶望しながら重い足取りで昇降口に向かうのだった。
*
俺の朝はとても早い。
と言っても、高血圧というわけでも、眠りが浅いというわけでもない。
陸上部に所属していたときの朝練の習慣が抜けていないのか、起きる必要がないのに目覚ましよりも早く起きてしまうのだ。
「早起きは三文の徳」なんてことわざがあるけれど、俺から言わせれば、それこそ「寝ぼけたことを言うな」だ。小学校から陸上競技をはじめて毎日のように早朝ジョギングをしていたのに、良いことがあるどころか陸上競技ができない体にさせられてしまった。
癖で早起きしてしまう俺が言うのもなんだが、早起きなんてするべきではない。朝が弱い人間だったら車にはねられることもなく、陸上競技を続けることができたはずなのだ。
もしあの日、五分でも寝坊していたら。
もしあの日、雨が降っていてジョギングをやめていたら。
人生で「もし」を考えるのはナンセンスだが、やっぱり考えてしまう。
いくら考えても、人生をやり直すことなんてできやしないのに。
「おはよう、秀俊」
「おはよう、母さん」
パンが焼ける良い香りの中、俺は寝起きの枯れた声でそう返した。
登校時間にはまだ早く、遮光性の低いカーテンの向こうからダイニングに差し込む朝日はまだ半分眠っている。
なのに母はもちろん、いつもは寝ているはずの父も新聞を広げてテーブルについていた。
「父さん、今日は早いね」
「ああ。仕事で少し早く出る必要があってな」
「ふうん」
新聞を開いたままの父に、テレビを見ながら曖昧な返事をした。
父との会話、終了。
正直、寡黙な父が苦手だった。どんな仕事なのか突っ込んで聞きたいとも思わないし、読んでいる新聞にどんな記事があるのか興味もない。
父は学生の頃、陸上部だったらしく、中学生のときはいくらか会話があったが、事故以降は会話らしい会話をした記憶がない。
まあ、父との会話がなくても困ることはないし、別に問題はないのだけれど。
「秀俊はいつもの?」
と、母が台所のカウンター越しに訊ねてきた。いつもの、というのは俺が毎朝飲んでいるアレのことだ。
「うん、フルツイン」
「あんたもこんな人気のない飲み物が好きだなんて、変わっているわね」
冷蔵庫から取り出した派手なパッケージの飲み物をコップにそそぎつつ、母は呆れたように笑う。
フルツインというのは、フルーツ飲料にプロテインを配合した低糖質プロテイン飲料の名前だ。フルーツ飲料のように爽やかに飲めるプロテイン飲料として発売されたフルツインは、ごく一部の人間に絶大な人気がある。
つまりは、おいしくプロテインを吸収したいと考えていた俺のような人間にだ。
陸上部を辞めてもう半年以上たつけれど、フルツインは今でも飲み続けている。運動せずにプロテインを取っても別に太るわけじゃないし、癖になるおいしさなのだ。
「それにしても、いやになるわね」
「え?」
母がダイニングテーブルに朝食を運びながら、ため息交じりにそんなことを言った。
「いやになるって、何が?」
「テレビの特集よ。少し前に坂江市でSNSが乗っ取られる事件が立て続けに起きていたんだって」
「SNS乗っ取り?」
テレビはぼんやり眺めていたせいで、内容がまったく頭に入っていなかった。
ちょうどこれまでの経緯をまとめる場面になり、途中から見はじめた俺にもようやく内容がわかった。
どうやら過去の不思議な出来事を特集しているコーナーで、今回は一年半ほど前に起きていたという出来事を取り上げていた。
タイトルは「一年半前に坂江市で起きた集団SNS乗っ取り事件。その目的とは!?」というものだ。
俺が住む坂江市の高校生を中心にSNSが乗っ取られ、意味不明な書き込みが頻繁に行われていたらしい。SNSの乗っ取りなんてよく聞く話だが、特定地域で起きているということと、一年半ほど前に重なって起きていて、その後ぱったりなくなっていることに意図的なものを感じると、コメンテーターが説明していた。
以前、なりすましでプリペイドカードの番号を送らせる事件があったのを思い出したけれど、意味不明な書き込みをするだけというのは、なぜなのか。
「こんな事件で坂江市が有名になってほしくないわ」
「ん~、心配するほどのものじゃないでしょ」
坂江市といえば、眞白学院の卒業生であるミステリー作家の山形ノボルの出身地として有名で、自治体も彼にあやかった様々な地域活性事業をおこなっている。彼を差し置いて、こんな乗っ取り事件で有名になるはずがない。
「まったく、くだらないことをニュースにするものだな。いくらニュースと言っても、エンターテインメント性がなければ誰も興味を持ってくれなくなるぞ」
新聞をたたみながら、父がそんなことを言った。
それを言うなら、むしろSNS乗っ取りという題材は今の時代にぴったりだと思う。くだらないと思うのは、単純に父がSNSを利用していないからではないだろうか。
「ちなみに父さんの言う、ニュースのエンターテインメント性って何?」
「そうだな。例えば、『飼い犬が飼い主を噛んだ』なんてニュースが流れても誰も気に留めないが、『飼い主が飼い犬を噛んだ』だったら、興味がわくだろう?」
「……ん~、確かに」
父が言いたいのは、「意外性がある事件をニュースにしろ」ということか。
マシロタイムズの怪談記事も、そういった視点で考えたらいいのかもしれない。
つまり、意外性がある怪談──いや、そもそも意外性がない怪談なんて存在するのだろうか?
「おっはよう! お兄ちゃん!」
「……ッ!?」
と、不意に背後から首元に腕をまわされ、強烈なチョークスリーパーを受けてしまった。毎朝恒例になっている妹、香の熱烈な抱きつき攻撃だ。
「んん~、お兄ちゃんは今日も変わらず朝からジメジメしていてローテンションだね!」
「お前は変わらず朝から快晴ハイテンションだな。というか、離れろよ」
小学生のときから伸ばしている栗毛色の髪が絡まってくるし、小顔効果があるというデカイ眼鏡がガツガツ当たって、とても痛い。
「可愛い妹にすりすりされて嬉しいくせに。正直になろうよ」
「わかった、正直に言ってやる。鬱陶しい」
「嫌よ嫌よも好きのうちってやつだね」
「全然違う」
どちらにしろ、香は鬱陶しいスキンシップをやめるつもりはないらしい。もう勝手にさせて、朝ご飯を食べることにした。
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