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2巻
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しおりを挟む第一章 アランのお仕事!
ゲーム「ドラゴンズクロンヌ」の人気実況プレイヤー、アラン。彼が生産部屋として使っている武家屋敷風ホームハウスの一室は、生産だけを楽しんでいる「職人」と呼ばれるプレイヤーたちにとって垂涎の的だった。
部屋に設置された漆塗りの本棚に並べられているのは、生産に必要な数多くのレシピブックだ。
そこに並べられているのは、一般販売されているものだけではない。
最上級の刀が生産できる【片手刀生成秘伝書】や、最上級の軽装系防具が生産できる【クリスタ防具生成秘伝書】といった、レアリティが高いレシピブックも豊富にある。
レアリティが低い多くのレシピブックは、ゲーム内通貨であるマニラさえ払えば購入できる。だが、レアリティの上位二類「アーティファクト」と「レジェンダリー」のレシピブックは、キーアイテムと呼ばれる素材を手に入れたプレイヤーしか購入できない。おまけに、その金額も目が飛び出るほど高かった。
「さて、今回手に入れたのは……【エレメント防具生成秘伝書】だが」
風情のある簾が揺れる武家屋敷の二階。クラフトルームというよりも、書斎じみた座敷部屋でレシピブックを片手に持つアランの姿があった。
視界に映っているのは、いつもの動画配信画面。
今回の実況配信は多少趣向を変えて、アイテム生産を配信することにしていた。
「覇竜ドレイクの素材がキーになって購入できたレシピなんだが……お、これは、重装系鎧の生成レシピだな」
『マジか! 何が作れるんだ!?』
『重装系って言ったら、騎士か戦士か?』
「まあ待て、慌てるな。ちゃんと教えるから」
熱が入る動画配信のコメントウインドウを横目に、アランはレシピブックに目を通していく。
重装系とは、防具の種別を指す言葉だ。
プレイヤーが装備できる防具には「重装系」「軽装系」「衣服系」といくつか種類が設定されている。どの職業でもすべての防具が装備できるが、系統によってメリット・デメリットが存在している。
重装系の防具は、その名のとおり、厚い装甲に覆われた鎧のことを指す。防御力が非常に高いものの、俊敏性ステータスにマイナス効果があり、また追加で付与されるステータスアップ効果がないのが特徴だ。
軽装系の防具は、主に革や合皮といった軽い素材で作られたものを指す。重装系と比べて防御力は低いが、俊敏性ステータスにマイナスがつかず、逆に「俊敏性増加」や「スタミナ消費緩和」といった追加効果があるものが多い。主にスピードを活かすクラス、盗賊や格闘士、そして侍などと相性が良い装備と言える。
そして、衣服系の防具は軽装系よりもさらに防御力が低く、装備してもダメージカット能力が皆無という特殊さだが、軽装系よりもさらに追加効果が高い。「知力増加」や「炎系魔術ダメージ加算」のような魔術系の追加効果も多く、魔術師や聖職者、召喚士などの魔術職が好んで装備している。
ちなみに衣服系装備にはデザイン性が高い、いわゆる「おしゃれ装備」と呼ばれるものが多くあり、街に滞在しているときにファッションとして着用するプレイヤーも少なくない。
ドラゴンズクロンヌでは、スキルビルドと合わせて、この自由にチョイスできる防具構成により、幅広いプレイスタイルを作ることが可能になっている。
例えば、回復職である聖職者が極限まで防御力を高めた重装系の鎧に身を包み、ロッドを手にひたすらMobを殴り続けるというプレイも可能だし、俊敏性アップの追加効果でステータスをブーストさせた身軽な戦士など、クラスのイメージを覆すプレイスタイルも可能だった。
「む……エレメント系防具ということは、漆黒の血族の名前が付いた防具なのか。ああ、これは……この前倒した『黒騎士ブラックモア』の鎧だな。なかなかカッコイイデザインの防具だ。素材は揃ってるから今から――」
「アラン様」
と、ふわりと耳に飛び込んできたのは、サポートノンプレイヤーキャラクター、ソーニャの声だった。
「……なんだ?」
いつもであれば耳心地の良いその声。だが、このときだけは思わず眉間に深々としわを寄せてしまった。
常日頃、動画配信中はよほどのことでない限り声をかけないで欲しい、とソーニャに伝えている。余計な会話が配信に乗ってしまえば、動画のクオリティにも影響してしまうし、アーカイブ化するときにその部分をカットする作業が発生してしまうからだ。
「……ああ、っと」
だが、ソーニャの隣に見えたプレイヤーの姿で、なぜソーニャが声をかけてきたのかがアランにもすぐに理解できた。
このホームハウスには、許可を出したプレイヤー以外は立ち入ることができない設定になっている。プレイヤー検索で誰のホームハウスかはすぐにわかってしまうし、そうなればファンが押しかけてくるからだ。
そして、アランが許可を出しているプレイヤーはひとりしかいなかった。
「皆、すまない。お客さんが来たみたいだ。配信は一旦終了して、三十分後に再開するよ」
そう言った瞬間、実況配信のコメント欄がにわかにざわめき出す。
リスナーたちは当初「一体誰が来たんだ」と不審がっているだけだったが、やがて「まさか彼女か」「爆発しろ」と妙な方向に熱を帯びていく。
そんなわけあるか、と突っ込みたくなったが、口で言うよりも見せた方が早いと思ったアランは、入ってきたプレイヤーを配信画面へと映し出した。
一気に落ち着きを取り戻すコメント欄が少し面白くもあった。
「お、おいアラン、俺を映すな」
まるでパパラッチにオフショットを撮られたどこぞの芸能人のように、恥ずかしそうに顔を隠すその男。アポなしで来た罰だと言わんばかりに、アランはしばらくそんな彼の姿を楽しんだ後、お決まりの文句で締めくくった。
「というわけで、来たのはDICEの五十嵐さんでした。それじゃあ、Adeus!」
ソーニャの隣に立っていた男は、ファンタジーの世界に似つかわしくない、黒いスーツを着こなしている長髪の優男、五十嵐。
彼はアランのスポンサーであるアパレルブランド、DICEの広告担当者だった。
***
現実世界の自身の姿をコピーして作ったという五十嵐のアバターは、長い手足でスーツが似合うだけでなく、整った目鼻立ちから、日本人離れした雰囲気さえ感じる。それに、仕事にかける熱意も相当なもので、その容姿と相まって、現実世界ではモテる部類に属する男性なのだろう。
都会のサラリーマンは、皆、五十嵐のような感じなのかもしれない。
クラフトルームを離れ、一階の居間へと移動したアランは毎度のごとくそんなことを考えていた。
「すまないね、アラン。配信の邪魔をしてしまって」
「構いませんよ。でも、急に来るなんて珍しいですね」
これまでも、五十嵐がこのホームハウスに来たことは何度もある。もちろん遊びではなく、DICEの仕事でだ。
だが、今までいきなり来ることはなかった。メールで日時をすりあわせてから訪問することが常で、配信中に来たのは初めてだ。
「あれ? メール送ってなかったか?」
「ええっと……来てなかったよな、ソーニャ?」
傍で静かに佇んでいたソーニャにそう訊ねる。
「はい。五十嵐様からのメールは一ヶ月前の【ブリザリアシリーズ】売上に関する連絡以後、来ておりません」
「あ~、マジか。すまない。うっかりしていた」
手のひらで額を押さえ、渋い表情を浮かべる五十嵐。今日は、運良くアランでログインしていたからよかったものの、できるビジネスマンである五十嵐らしくないミスだ。
「なんだか忙しそうですね。例のイベントですか?」
「まあな。これはオフレコなんだが、『TOKYOサマーコレクション』の会場運営の件で、スポンサーと運営委員会の間で一悶着あったらしくてな。大幅なタイムスケジュールの変更が入ったんだ」
五十嵐の口から思わず漏れ出した、らしくない重いため息から想像するに、相当参っているのだろう。
『TOKYOサマーコレクション』とは年に一回、夏に行われているファッションイベントで、即売会が付随するファッションショーのことだ。
DICEだけでなく、他のドラゴンズクロンヌ内で実況プレイヤーとスポンサー契約を結んでいるアパレルブランドも数多く参加している。
「俺は一参加企業に過ぎないから、それほどではないと思う。一番きついのは、イベントの運営委員会だろう。運営は運営のプロに任せておけと言いたいんだが、政治力の関係でどうもそうはいかないらしい」
「なんというか……大変ですね」
学生の身分である自分にはよくわからない話だったが、雰囲気的に大変だということはなんとなくわかった。
「えーと、それで……今日は?」
「……あ~、悪い。つい愚痴をこぼしちまった」
五十嵐の心労をおもんぱかってか、ソーニャが「とりあえず落ち着いてください」と囲炉裏付きの和風テーブルに、ふたつ陶器の湯呑を置いた。
五十嵐は、ソーニャに軽く会釈すると、茶とともにその憤りを喉奥に流し込まんと湯呑に口をつける。
「実は、今日君のところに来たのは、その『TOKYOサマーコレクション』と関係している。いつものようにウチの商品のモデルになってもらいたいんだ」
「……? ええ、もちろん大丈夫ですが」
五十嵐の依頼に、アランは首を傾げてしまった。
それがアランの仕事であり、これまで何度も行われてきたことだからだ。
DICEがゲーム内で販売している装備のデザインは、ゲームオリジナルのものもあれば、現実世界で実際にDICEが売り出している衣服のデザインをそのまま流用したものもある。アランがモデルとして撮影するときは、主に後者が多かった。
「ただ、今回はいつもと少し違うんだ。運営側からの依頼で、イベントに参加しているブランド同士でコラボレーションをすることになった」
「コラボレーション、ですか」
「これまで、他ブランドのモデルと同じ写真に出ることはなかったからな」
「それでイベントに話題性を出すってことですね」
自分にその話が来たということは、他のドラゴンズクロンヌプレイヤーとスポンサー契約を結んでいるブランドとコラボレーションする、ということだろう。
だが、話題性を出すと言っても、一体どこのブランドとコラボレーションするのだろうか。
DICE以外にも、多くのブランドがプレイヤーと契約を結んでいるが、これといって話題になりそうなブランドはない。
「それで、どこなんです?」
そう訊ねたアランの顔を見て、鼻の頭を掻く五十嵐。長年の付き合いでなんとなくわかった彼の癖。これは気まずい何かが起きたときの仕草だ。
「それが、『Twinkling』なんだ」
「……え?」
その名前を聞いてアランは目をぱちくりとさせてしまった。
Twinklingは、幅広い女性をターゲットにしたアパレルブランドだ。落ち着いたデザインから、ティーンが好む派手で可愛いデザインのものまで幅広く取り扱っていて、女性からの支持も高い。
そして、そのTwinklingがスポンサー契約を結んでいる実況プレイヤーは、アランもよく知るプレイヤーだった。
「選定に作為はないと言っていた。ウチとTwinklingが当たったのは、まあ、偶然だと思う」
「いや、そうですが」
気まずさを喉奥へ押し込むように、アランは湯呑に口をつけた。
やけにお茶が苦く感じたのは、気のせいではないだろう。
「……しかし、色々な意味で話題性はありますね」
「俺もそう思う」
五十嵐が少し気まずそうに笑う。
正直なところ、アランがドラゴンズクロンヌの世界で唯一、会いたいと思っていたのがTwinklingとスポンサー契約を結んでいるプレイヤーだった。
しかし、そのプレイヤーと簡単に会うことはもちろん、相手とコラボレーションをすることの難しさは、アラン自身もよくわかっていた。
向こうがこちらに対して敵愾心に近い感情を持っている可能性は高いだろう。何しろ、先日のドレイク戦で、縮まりかけたランキングの差がまた開いてしまったからだ。
お互いのことを知り、意識しながらも交わることがなかった二つの線――
Twinklingがスポンサー契約を結んでいるプレイヤーの名は、クロシエ。
アランの登場から長きにわたり苦渋を味わっている、実況動画ランキング二位の女性プレイヤーだ。
***
実況動画ランキングは、プレイヤーの実力を測るものさしとして活用できる重要なランキングだ。
上位ランカーには企業から声がかかることがあるため、ランキングをひとつでもあげようと血眼で動画をアップするプレイヤーも少なくない。「ランキングが近しいランカーはライバルである」と考えるプレイヤーは多く、ネット上で信者たちが批判しあうことも珍しくないほどだ。
だが、実際はそれほど複雑ではなかった。上位ランカーたちはお互いをライバルとして認識はしているものの、いがみ合うことはなく、隠れて交流が持たれることが多かった。
「同じゲームをプレイしている者同士、仲良くやろう」というのが全体的な考えなのだ。
だがひとり、アランに対しては違った。
彼だけはそういった上位ランカーたちからも批判されることがある。
それは、長きにわたりランキング一位を維持し、トップに君臨しているからこそ、浴びせられる批判だった。
ゆえに、アランはそのコラボレーションにあまり乗り気ではなかった。クロシエも他の上位ランカーと同じ考えを持っているかもしれないのだ。
向こうもお金をもらっている「プロ」である以上、撮影の現場に現れないことはないだろう。
だが、積極的に取り組むことと、現場に渋々来ることは同じではない。
「撮影は来週の土曜日、カメラマンはTwinklingの専属カメラマンが来るらしいから、DICEから行くのは俺とノブだけだ」
立派な唐破風の玄関で、もう一度確認するように五十嵐がそう言った。
ノブは、これまで何度も仕事をしているスタイリストだ。現実世界でもプロのスタイリストらしいのだが、こちらの世界でも衣装の選定や、カスタマイズできるヘアスタイルの選定などを行っている。
「大丈夫です。しっかりスケジュール空けましたから安心してください」
笑顔でそう返すアラン。
だが、その言葉は単なる虚勢で、すずたちには用事でログインできないことを伝えないといけないが、何かスケジュールが入っていたわけではなかった。
特に何も突っ込みをいれてこなかったソーニャは、さすがは空気が読めるサポートNPCだ。
「あ、そういえば」
と、何かを思い出したアランが、立ち去ろうとしていた五十嵐を引き止めた。
「撮影する場所って教えてもらっていましたっけ?」
「……マジで今日はグダグダだな。悪い、言ってなかった」
五十嵐が慌てて開いたウインドウに表示されていたのは、ドラゴンズクロンヌの地図だった。
「今回はここが現場だ」
五十嵐が指さしたのは、大陸の端を通り越し、海を跨いだ先。
小さな島々が並んでいるエリアだった。
「ここって……プラージュ諸島ですか?」
「そのとおり」
「ってことは……もしかして撮影は砂浜ですか?」
無言で頷く五十嵐。
プラージュ諸島はクレッシェンドよりもさらに南方、船を使って行く必要がある美しい海に囲まれた島国だ。その美しい海と、プラージュ諸島の代名詞にもなっている砂浜が特徴で、観光や海水浴を楽しむために訪れるプレイヤーも多い。
だが一方で、付近の海域や島を覆い尽くす熱帯雨林には高レベルのMobも多く、プラージュ諸島は危険が伴う場所でもあった。
「集合はヴェルン大公国のグランホルツで。そこから海路で向かうことになってる」
「今回もファストトラベルはなしですね」
プラージュ諸島に何度か行ったことがあるアランは、ファストトラベルで現地に飛ぶことができるが、撮影時にファストトラベルを使うことはそうなかった。
道中、ロケーション候補地以外でも気になった撮影ポイントを発見した場合に、急遽撮影を行うことがあるからだ。
「そうだな。少々長旅になるが、君とクロシエがいるなら問題ないだろう?」
「確かに」
クロシエもいるのであれば、たとえ漆黒の血族が襲いかかってきても問題ないだろう。むしろそのパーティがいるところは、この世界で一番安全な場所といえる。
「詳しいスケジュールは後でメールする。それと、わかってると思うが、この件はオフレコで」
「クロシエも来ますし、情報が漏れたら、エリアの許容限界が超えるくらいのプレイヤーが集まりそうですからね」
「それだけじゃない。漏れてしまえば話題性が薄れてしまうし、情報守秘の観点でもまずい」
こういった事案で一番まずいのは情報流出だろう。DICEの新作の情報がリークされてしまえば、ライバルに有利に働く場合もあるし、被害を被る企業もある。
スカウトされたプレイヤーが思わず情報を漏洩させてしまい、企画が白紙に戻された、なんて話は枚挙に暇がない。
「もちろんわかっています。ご心配なさらずに」
「ま、君に限ってはあえて言う必要はないと思うけどな。それじゃあ、リスナーによろしくな」
「はい。五十嵐さんもお仕事頑張ってください」
「……高校生に心配されるほど、やわじゃねぇよ」
と言いつつも、先ほど伝達事項に漏れがあったことを思い出したようで、頭を掻きながらバツが悪そうにホームハウスを後にした。
五十嵐の身体がじんわりと白く発光し、小さな光の粒へと変わっていく。
風に揺れるように空へと舞い上がる、光の粒たち。
「いいですね、海」
「……ん?」
と、その光景をぼんやりと眺めていたアランの耳を静かに撫でていったのは、ソーニャの声だった。
「プラージュ諸島の海はとても美しいと聞きます」
「そうだな。何度か行ったことがあるが、まさに南国って感じだった」
「羨ましい。同行できないのが悲しいです」
本当にさみしげに肩を竦ませるソーニャ。
先日、エドガーで行ったミューンが初めての同行だったが、ウサのおかげであまりいい思い出とはいかなかった。ソーニャの落胆っぷりを見る限り、仕切り直しをしたほうがいいのかもしれない。
「じゃあ、撮影が終わったら行こうか? まあ、プラージュ諸島までだいぶ遠いから、時間はかかると思うが」
「本当ですか? でしたら逆に、時間をかけてゆっくり行きましょう。この前も急ぎ旅だったので」
「う、確かにそうだな」
途中で余計なウサ耳少女が付いてきたからな、とは心の中で付け足した。
「そうだ、先日のクラン立ち上げに協力いただいたお礼でウサさんもお誘いしてはどうでしょうか?」
「……え?」
「謝礼としてマニラをお渡ししていますが、プラージュ諸島の景色を見ればきっとウサさんも喜ばれると思いますよ」
「いや、あの……ソーニャ?」
「はい?」
本気か、と訊ねようとしたアランだったが、微笑みながら小首を傾げるソーニャを見て、その言葉はそっと胸の中に押し戻した。
「それとも、他のクランメンバーの皆さんもお呼びしますか? クラン立ち上げのお祝い、というわけではありませんが」
「……」
アランはついに言葉を詰まらせてしまった。
先日のよっしー事件のときに、ウサの存在をちらつかせただけで、なぜかすずの空気がピンと張りつめたことを、アランは忘れてはいなかった。
存在をほのめかしただけであれなのだ。彼女たちを引き合わせればどうなるかは言うまでもないだろう。
それに、メグあたりと意気投合してしまうと、もっと恐ろしいことになってしまう。船に乗るだけで騒ぎ出すだろうし、プラージュ諸島の白い砂浜を見たら、もう手がつけられないことになる。
「皆さんのコンパニオンも連れてきていただいて、大人数で行けばきっと楽しいと思います」
「……何か凄いノリノリじゃないか、ソーニャ」
「そうですか?」
ソーニャが今まで見せたこともないような眩しい笑顔で見つめてくる。
すずたちとプレイしはじめて、ソーニャが変わったような気がするのは思いすごしだろうか。
サポートNPCは、プレイヤーの思考パターンを分析して、学習する機能が備わっている。つまり、ソーニャが変わったということは、自分自身が変わりつつあるということ。
そう考えたアランだったが、「絶対にあり得ない」とその考えを自嘲気味に笑い飛ばした。
「……まあ、わかったよ、とりあえずメンバーに伝えておく」
「楽しみにしています」
「あんまり期待するなよ。乗ってこない可能性もあるからな」
なんとも複雑な心境になってしまったアランは、とりあえずそう返すと、動画配信を再開すべくクラフトルームへと重い足取りで向かった。
ふと振り返ると、ソーニャが変わらない笑顔でこちらを見つめている。
明らかに今までにない反応を見せているソーニャ。
まるで自分を鏡越しに見ているような錯覚に陥ってしまったアランは、顔を覆いたくなるような羞恥にかられ、思わず目をそらしたのだった。
***
ヴェルン大公国エリアの東部、シャルノ河に面した港街グランホルツ。
クレッシェンドへの定期船が出ているグランホルツは、サラディン盆地を突破した脱初心者プレイヤーたちが多く集まる街で、ヴェルニュートに次いで賑わいを見せている。
だが、グランホルツにプレイヤーが集まるのは、交通の便がいいからだけではない。
この地を訪れる理由の上位を占めているのは、この街の環境、つまり観光目的だった。
街の顔と言える、石畳の道が続く沿岸に並ぶおしゃれなカフェテラスに、思わずまどろんでしまいそうな穏やかな気候――
まるで地中海のリゾート地を連想させるグランホルツは、殺伐とした狩りやPvP(Player versus Player)に疲れた高レベルプレイヤーまでもが、癒やしを求めてこぞって訪れるほどの場所だった。
そんなグランホルツの海沿い。美しい海と、停泊している四本の帆柱を持つ巨大なガレオン船が一望できるカフェ「ブランタン」に、アランの姿があった。
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