上 下
44 / 44
エピローグ

43

しおりを挟む
「あけまして、おめでとうございます」

「……っ!?」


 ビハインド・ザ・ビートの扉を開けた瞬間、振り袖姿の有栖川が飛び出てきた。


「お、お、おめでとう」

「はい! 今年もよろしくおねがいしますね、住吉さん!」

「う、うん、よろしく」

「というわけで、早速行きましょう!」

「……え? 行くって、どこに?」

「どこって、この格好を見たらわかるでしょう!? 初詣ですよ!」


 嬉々とした表情で有栖川が言う。

 店内を見ると東さんが困ったように笑っていた。

 元旦で店は休みなので時間は十分にある。

 それに、元旦にやることといえば、初詣だろう。

 それはわかっているんだけど──。


「聴くんじゃなかったのか? ミスティ」


 今日、俺がこうしてビハインド・ザ・ビートに足を運んだ理由がそれだった。

 ミスティを一緒に聴くと約束したのは工業祭のときだ。

 あれから色々あって流れてしまっていたが、店で年越し会をしたときに有栖川が「元旦はミスティば聴きましょう!」と言い出した。

 なぜそんな話になったのかといえば、有栖川の祖父のメッセージが残されたミスティが見つかったことを彼女に報告したからだ。

 見つかったのは東真一の部屋ではなく、中古レコードのオークションサイトということにした。

 そのほうが良いと言ってくれたのは東さんだった。

 俺の手からレコードを渡したとき、有栖川は泣いて喜んだ。

 まぁ、泣きながら俺に抱きついてきたときは、さすがに焦ってしまったが。


「ミスティは戻ってきてから流します。だから、ね? 行きましょう? 行きがてら、ガーナーの話しばたっぷりしますけん」


 だからお願いと言いたげに、手を合わせる有栖川。


「まぁ、それだったらいいけど」


 言った途端、有栖川は「お」と声にならない声をあげる。


「やっぱり住吉さんは、うちと初詣に行きたかったとですねぇ」

「なんば言いよっとか。興味があるのは、ガーナーの話しばい」

「あら住吉さん、佐世保弁上手くなったとねぇ」


 クスクスと肩を震わせる有栖川。

 俺も釣られて笑ってしまう。


「それじゃあ、東さん、行ってきますね」

「ああ、行ってらっしゃい」


 レコードを拭く東さんに見送られ、俺と有栖川は店を出る。

 初詣なんて、いつ以来だろうか。

 ホコリをかぶったような遠い昔に、家族で行った記憶がある。

 父と母、そして俺の三人。

 ちらりと、となりの有栖川を見た。

 振り袖を着ている有栖川は、いつもよりぐっと大人びてみえた。

 からっと晴れあがった空から、暖かい日差しが俺たちを照りつける。

 頬が妙に暖かいのは、その天気のせいだろう。


「さて、住吉さん」


 有栖川が俺を呼ぶ。

 変に意識してしまったせいか、有栖川の顔を見るのにかなり抵抗があった。

 小さく深呼吸をして、有栖川に視線を送る。

 彼女は、子供のように瞳をキラキラと輝かせていた。


「エロール・ガーナーの話しば、してよかですか?」

「……お前なぁ」


 本当に有栖川はジャズが好きなんだなぁと、呆れてしまう。

 有栖川と俺には、全く共通点がないと思っていた。

 だが、それは間違いだった。

 似たような境遇で、似たような傷を持ち──何より、俺たちはジャズが大好きだった。


「言い出すのが遅いよ。早く聞かせてくれ」

「あはは、すみません。では早速……」


 エロール・ガーナーを語る有栖川の楽しそうな声が、空の彼方に消えていく。

 まったくもって、ジャズの聖地と呼ばれた佐世保らしいじゃないか。

 晴れ渡った空を見上げながら、俺はつくづくそう思うのだった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...