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第四章 ジョン・コルトレーン「ボス・ディレクションズ・アット・ワンス」
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「……とりあえず、上に来てくれませんか」
そう言われて、有栖川に案内されたのはビハインド・ザ・ビートの2階だった。
この建物は「店舗兼用住宅」という住宅らしく、建物のなかに住宅フロアと店舗フロアを併せ持っているという。
詳しく聞かなかったが、2階には東さんが住んでいるんだろう。
有栖川と店の外に出ると、ぐるりと回って建物の裏へとむかった。
そこには店の入り口とは違う質素な扉があった。
かすれかけた表札に「東」の文字。
有栖川がエプロンのポケットから鍵を取り出し、扉を開けた。
「……あ」
俺の目に飛び込んできたのは、額縁に入れられていたレコードジャケット。
「ブラック・バード」というタイトルが書かれた赤と緑のジャケットには、手書きのサインが入っている。
「それはドナルド・バードのサイン入りレコードジャケットですよ」
飾られたジャケットを見ていると、有栖川が語りかけてきた。
「ドナルド・バードの『ブラック・バード』はフュージョン・ジャズの先駆けとも言われ、ブルーノート最大のヒットアルバムになった名盤です」
いつものように説明してくれた有栖川だったが、その口調は固く、いつもの訛りがなかった。
こうして俺が2階に案内されているのは、東さんのコレクションを見せてもらうわけではない。
店に現れた東さんの息子、東真一の目的について説明をしてもらうためだ。
姿を消していた東真一が突然店に現れ、借金返済のために店を売りに出すと告げたのは、ほんの30分ほど前だ。
一介の客である俺が首を突っ込むべきではないと思ったのだけれど、店がなくなるかもしれないという話を聞いて黙って帰るわけにもいかなかった。
玄関を上がってすぐに3階への階段があった。
その壁にもレコードジャケットが何枚か飾られていて、階段の先はダイニングキッチンになっていた。
「こちらにどうぞ」
有栖川がダイニングテーブルの椅子を勧めた。
はじめて来た場所なのに既視感を覚えたのは、そこが父の部屋と似ていたからだろう。
壁にはラックが設置され、数えきれないほどのレコードが収められていた。
別のラックの上にターンテーブルが一台あって、その周りにはどこかで見たことがあるようなクマの人形とウサギの人形が置いてある。
「妙な話に巻き込んでしまって、すみません」
俺の正面に腰を降ろした有栖川は、開口一番、謝罪の言葉を口にした。
俺は首を横に振る。
「いやいや、結果だけ知らされるよりずっといいよ。それに、微力ながら力になれることがあるかもしれないし」
とはいえ、金銭関係の問題なので難しいかもしれないけど。
「あの人が前に有栖川が話していた東さんの息子さんだよな? 店が傾きかけたときに資金を入れた……とか言ってたっけ?」
「はい。お店の経営に関する権限はないはずだったんですが、複雑な事情があるらしくて」
「というと?」
「ちょっと難しい話になってしまいますが、お店の経営が悪くなったとき、彼は『役員借入金』としてお金を入れたそうなんです」
「役員……借入?」
「役員が法人に対して貸し付けるお金のことです。無利子での賃借が認められているため、金融機関からお金を借りるよりも負担を減らすことができる資金調達方法なんです」
「……」
ふむふむ。
すでに置いていかれそうになったが、必死で頭を回転させる。
「役員借入金は返済期限がなく返済義務も発生しないので、当初は『返せるときに返してくれればいい』というスタンスだったのですが……」
「急に返してくれと、店に来たってことか」
「はい」
有栖川は重苦しく首肯する。
「額が額だったので、東さんは『今は無理だ』と返答したのですが、彼は『法的措置も辞さない』と」
「裁判を起こすって意味か? 返す義務はないのに?」
「こういう事例は結構あると東さんはおっしゃっていました。裁判になって勝訴判決確定や仮執行宣言が付けば、財産の差し押さえを受けることになるとも」
「財産の差し押さえ」
つまり、法の力で金を返却させられるということか。
金があればそれが充てられ、なければ同等の金額に該当するもので返済される。
財産で一番大きいのは、この店だろう。
東真一が「店を売りに出そうと思っている」と言っていたのはそういう意味だったのか。
オーナーでもないのに、どうして店を売れるのか疑問に思っていた。
「どうにかして金を工面することはできないのか?」
「役員借入金は1千万近くあるらしいんです。詳しくはわからないですが、今そんなお金を出してしまったら、お店は立ち行かなくなると思います」
金を返すと店が潰れ、差し押さえられても店はなくなる。
正に八方塞がり状態だ。
「でも、なんで急に? 彼は何年も店には来ていなかったんだろう?」
「借金を作ってしまったからだと思います」
そういえば東真一は「仕事で借金を作ってしまった」といっていたっけ。
なるほど。
その借金返済のために、店に入れた金が必要になったというわけだ。
東真一は借金返済のための金を作るために佐世保に戻ってきた。
もしかして、ずっと金になるネタを俺たちの周りで探していたのだろうか。
「前に澄子さんが言っていた『元ジャズピアニストのレコード収集家』っていうのが東真一だったのか?」
有栖川は目を瞬かせた。
「驚きました。住吉さんも気がついていたんですね」
「気づいたのはついさっきだけどな。大牟田先輩も東真一と知り合いだったらしくて、機材を借りていたらしいんだ」
「大牟田先輩がですか……」
有栖川は指を口元にあてがい、しばし何かを考えだした。
「最近あの人の存在を感じることがあったんです。出回っているレコードが粗悪なものばかりになっていましたし、目が良い収集家が買い漁っているんじゃないかって」
「そういえば、前にそんなことを言っていたな」
あれは、正男さんの件があったときだったか。
佐世保には「ヒゲ」がついている質の悪い中古盤ばかりが出回っていると言っていた。
「東真一はずっと佐世保に残っていて、レコードを集めていたってことか? というか、借金があるのにレコード収集なんて……」
「彼は単なる収集家ではありません。レコードの『せどり』を生業としているんです」
「せどり?」
「いわゆる転売屋です。一般的には古本業界で使われている言葉で、安く売っている本を買って、他の店で高く売ることをさします。レコードは古本よりも利益率が高く、専門的な知識が必要になることから競合も少ないく、専門にせどりをやられている方もいらっしゃるようです」
確かに高価なレコードを見極めるには知識が必要だ。
父はその知識がなくてブルートレインのオリジナル盤を見つけられずにいたんだし。
「でも、レコードだろ? 失敗したとしても、店を売りに出すほどの額にはならないんじゃないか?」
「世の中にはとんでもない値段をつけられているレコードが数多くあります。覚えていますか? 以前に少し話した、ウータン・クランのアルバムの話」
「……あっ」
言われて思い出した。
確か、何億円だかで取引されたというレコードだ。
「あれはちょっと特殊で、作為的に一枚しか作らずにオークションだけで販売するという手法を取ったために価格が高騰してしまった希有な例なのですが、同じように高額で取引されているものはたくさんあります。有名なところでいえば、ビートルズの稀少盤でしょうか。数年前、メンバーのリンゴ・スターが所持していた通し番号1番のレコードには九千万の値がつけられました」
「それ、ネットのニュースで見た記憶がある」
通し番号1から4まではビートルズのメンバーが所持していて、リンゴ・スター夫妻が主催したオークションで、多くのビートルズのメモラビリアと共に出品されたとか。
「とんでもない金額になるのは、なにもビートルズだけではありません。マイナーなアーティストであっても、特定の関係者に配られるプロモーション盤や、様々な事情で回収せざるを得なくなったものなどは高額で取引されることがあります」
「ん~……でもそれって、結構リスキーな話だよな? ビートルズみたいな有名なアーティストなら買い手はすぐに見つかるかもしれないけど、マイナーなアーティストだったら買い手がつかないかもしれないし」
「そのとおりです。なので、見極める知識が必要なんです」
見定める目と、先見の識。
レコードのせどりにはその両方が必要になる。
つまり、東真一は見誤ってしまったというわけだ。
見誤って、多額の借金を背負ってしまった。
「彼は昔からリスクの高い買い付けをしていたのか?」
「リスクが高いどころか、犯罪に近いことまでやっていましたよ」
瞬間、有栖川の表情が曇ったような気がした。
犯罪──。
有栖川が口にしたその言葉が、異様にくっきりと輪郭を持つ。
「そもそも東真一は、なんで店に顔を出さなくなったんだ?」
買い付けで佐世保を離れた、というわけではない気がする。
「以前、私の祖父が持っていたレコードについてお話しましたよね。祖父は希少価値が高いレコードをたくさん持っていて、亡くなったあと私が引き取ったと」
「ああ、言ってたな」
だが、そのあとレコードがどうなったかはわからずじまいだった。
引き取ったあと、店に置いていないのは確かだと思う。
店にあるのなら、父が探していたブルートレインのオリジナル盤はもう聴けているはず。
だとしたら、どこにあるのだろう。
多くの希少価値の高いレコードは誰の手にある?
「……誰?」
とある答えが俺の中で浮かんだ。
いくら考えてみても、それしか答えは見つからない。
東真一だ。
希少レコードの転売をしていた東真一は、犯罪に近しい手段で有栖川からレコードを奪ったのではないか。
だから彼は、ビハインド・ザ・ビートから姿を消した。
「本当なら、こんな話を住吉さんにするべきではないのかもしれません。話してしまえば、私と彼の間にある因縁に深く関わってしまう」
でも──そう付け加え、有栖川は続ける。
「できるなら、聞いてほしいです」
交差した有栖川の視線は、いままで見たことがないほどに思いつめているようだった。
「そんなに固く考えるなよ。首を突っ込みたいって言ったのは、俺なんだから」
少し前なら、こんな気は起こらなかっただろう。
だが、今は違う。
「聞かせてくれ」
この店と有栖川、そして、東真一との過去。
夕刻を告げる「夕焼け小焼け」が遠くから流れてきた。
有栖川の向こうに見える窓の外は、すっかり茜色に染まっていた。
そう言われて、有栖川に案内されたのはビハインド・ザ・ビートの2階だった。
この建物は「店舗兼用住宅」という住宅らしく、建物のなかに住宅フロアと店舗フロアを併せ持っているという。
詳しく聞かなかったが、2階には東さんが住んでいるんだろう。
有栖川と店の外に出ると、ぐるりと回って建物の裏へとむかった。
そこには店の入り口とは違う質素な扉があった。
かすれかけた表札に「東」の文字。
有栖川がエプロンのポケットから鍵を取り出し、扉を開けた。
「……あ」
俺の目に飛び込んできたのは、額縁に入れられていたレコードジャケット。
「ブラック・バード」というタイトルが書かれた赤と緑のジャケットには、手書きのサインが入っている。
「それはドナルド・バードのサイン入りレコードジャケットですよ」
飾られたジャケットを見ていると、有栖川が語りかけてきた。
「ドナルド・バードの『ブラック・バード』はフュージョン・ジャズの先駆けとも言われ、ブルーノート最大のヒットアルバムになった名盤です」
いつものように説明してくれた有栖川だったが、その口調は固く、いつもの訛りがなかった。
こうして俺が2階に案内されているのは、東さんのコレクションを見せてもらうわけではない。
店に現れた東さんの息子、東真一の目的について説明をしてもらうためだ。
姿を消していた東真一が突然店に現れ、借金返済のために店を売りに出すと告げたのは、ほんの30分ほど前だ。
一介の客である俺が首を突っ込むべきではないと思ったのだけれど、店がなくなるかもしれないという話を聞いて黙って帰るわけにもいかなかった。
玄関を上がってすぐに3階への階段があった。
その壁にもレコードジャケットが何枚か飾られていて、階段の先はダイニングキッチンになっていた。
「こちらにどうぞ」
有栖川がダイニングテーブルの椅子を勧めた。
はじめて来た場所なのに既視感を覚えたのは、そこが父の部屋と似ていたからだろう。
壁にはラックが設置され、数えきれないほどのレコードが収められていた。
別のラックの上にターンテーブルが一台あって、その周りにはどこかで見たことがあるようなクマの人形とウサギの人形が置いてある。
「妙な話に巻き込んでしまって、すみません」
俺の正面に腰を降ろした有栖川は、開口一番、謝罪の言葉を口にした。
俺は首を横に振る。
「いやいや、結果だけ知らされるよりずっといいよ。それに、微力ながら力になれることがあるかもしれないし」
とはいえ、金銭関係の問題なので難しいかもしれないけど。
「あの人が前に有栖川が話していた東さんの息子さんだよな? 店が傾きかけたときに資金を入れた……とか言ってたっけ?」
「はい。お店の経営に関する権限はないはずだったんですが、複雑な事情があるらしくて」
「というと?」
「ちょっと難しい話になってしまいますが、お店の経営が悪くなったとき、彼は『役員借入金』としてお金を入れたそうなんです」
「役員……借入?」
「役員が法人に対して貸し付けるお金のことです。無利子での賃借が認められているため、金融機関からお金を借りるよりも負担を減らすことができる資金調達方法なんです」
「……」
ふむふむ。
すでに置いていかれそうになったが、必死で頭を回転させる。
「役員借入金は返済期限がなく返済義務も発生しないので、当初は『返せるときに返してくれればいい』というスタンスだったのですが……」
「急に返してくれと、店に来たってことか」
「はい」
有栖川は重苦しく首肯する。
「額が額だったので、東さんは『今は無理だ』と返答したのですが、彼は『法的措置も辞さない』と」
「裁判を起こすって意味か? 返す義務はないのに?」
「こういう事例は結構あると東さんはおっしゃっていました。裁判になって勝訴判決確定や仮執行宣言が付けば、財産の差し押さえを受けることになるとも」
「財産の差し押さえ」
つまり、法の力で金を返却させられるということか。
金があればそれが充てられ、なければ同等の金額に該当するもので返済される。
財産で一番大きいのは、この店だろう。
東真一が「店を売りに出そうと思っている」と言っていたのはそういう意味だったのか。
オーナーでもないのに、どうして店を売れるのか疑問に思っていた。
「どうにかして金を工面することはできないのか?」
「役員借入金は1千万近くあるらしいんです。詳しくはわからないですが、今そんなお金を出してしまったら、お店は立ち行かなくなると思います」
金を返すと店が潰れ、差し押さえられても店はなくなる。
正に八方塞がり状態だ。
「でも、なんで急に? 彼は何年も店には来ていなかったんだろう?」
「借金を作ってしまったからだと思います」
そういえば東真一は「仕事で借金を作ってしまった」といっていたっけ。
なるほど。
その借金返済のために、店に入れた金が必要になったというわけだ。
東真一は借金返済のための金を作るために佐世保に戻ってきた。
もしかして、ずっと金になるネタを俺たちの周りで探していたのだろうか。
「前に澄子さんが言っていた『元ジャズピアニストのレコード収集家』っていうのが東真一だったのか?」
有栖川は目を瞬かせた。
「驚きました。住吉さんも気がついていたんですね」
「気づいたのはついさっきだけどな。大牟田先輩も東真一と知り合いだったらしくて、機材を借りていたらしいんだ」
「大牟田先輩がですか……」
有栖川は指を口元にあてがい、しばし何かを考えだした。
「最近あの人の存在を感じることがあったんです。出回っているレコードが粗悪なものばかりになっていましたし、目が良い収集家が買い漁っているんじゃないかって」
「そういえば、前にそんなことを言っていたな」
あれは、正男さんの件があったときだったか。
佐世保には「ヒゲ」がついている質の悪い中古盤ばかりが出回っていると言っていた。
「東真一はずっと佐世保に残っていて、レコードを集めていたってことか? というか、借金があるのにレコード収集なんて……」
「彼は単なる収集家ではありません。レコードの『せどり』を生業としているんです」
「せどり?」
「いわゆる転売屋です。一般的には古本業界で使われている言葉で、安く売っている本を買って、他の店で高く売ることをさします。レコードは古本よりも利益率が高く、専門的な知識が必要になることから競合も少ないく、専門にせどりをやられている方もいらっしゃるようです」
確かに高価なレコードを見極めるには知識が必要だ。
父はその知識がなくてブルートレインのオリジナル盤を見つけられずにいたんだし。
「でも、レコードだろ? 失敗したとしても、店を売りに出すほどの額にはならないんじゃないか?」
「世の中にはとんでもない値段をつけられているレコードが数多くあります。覚えていますか? 以前に少し話した、ウータン・クランのアルバムの話」
「……あっ」
言われて思い出した。
確か、何億円だかで取引されたというレコードだ。
「あれはちょっと特殊で、作為的に一枚しか作らずにオークションだけで販売するという手法を取ったために価格が高騰してしまった希有な例なのですが、同じように高額で取引されているものはたくさんあります。有名なところでいえば、ビートルズの稀少盤でしょうか。数年前、メンバーのリンゴ・スターが所持していた通し番号1番のレコードには九千万の値がつけられました」
「それ、ネットのニュースで見た記憶がある」
通し番号1から4まではビートルズのメンバーが所持していて、リンゴ・スター夫妻が主催したオークションで、多くのビートルズのメモラビリアと共に出品されたとか。
「とんでもない金額になるのは、なにもビートルズだけではありません。マイナーなアーティストであっても、特定の関係者に配られるプロモーション盤や、様々な事情で回収せざるを得なくなったものなどは高額で取引されることがあります」
「ん~……でもそれって、結構リスキーな話だよな? ビートルズみたいな有名なアーティストなら買い手はすぐに見つかるかもしれないけど、マイナーなアーティストだったら買い手がつかないかもしれないし」
「そのとおりです。なので、見極める知識が必要なんです」
見定める目と、先見の識。
レコードのせどりにはその両方が必要になる。
つまり、東真一は見誤ってしまったというわけだ。
見誤って、多額の借金を背負ってしまった。
「彼は昔からリスクの高い買い付けをしていたのか?」
「リスクが高いどころか、犯罪に近いことまでやっていましたよ」
瞬間、有栖川の表情が曇ったような気がした。
犯罪──。
有栖川が口にしたその言葉が、異様にくっきりと輪郭を持つ。
「そもそも東真一は、なんで店に顔を出さなくなったんだ?」
買い付けで佐世保を離れた、というわけではない気がする。
「以前、私の祖父が持っていたレコードについてお話しましたよね。祖父は希少価値が高いレコードをたくさん持っていて、亡くなったあと私が引き取ったと」
「ああ、言ってたな」
だが、そのあとレコードがどうなったかはわからずじまいだった。
引き取ったあと、店に置いていないのは確かだと思う。
店にあるのなら、父が探していたブルートレインのオリジナル盤はもう聴けているはず。
だとしたら、どこにあるのだろう。
多くの希少価値の高いレコードは誰の手にある?
「……誰?」
とある答えが俺の中で浮かんだ。
いくら考えてみても、それしか答えは見つからない。
東真一だ。
希少レコードの転売をしていた東真一は、犯罪に近しい手段で有栖川からレコードを奪ったのではないか。
だから彼は、ビハインド・ザ・ビートから姿を消した。
「本当なら、こんな話を住吉さんにするべきではないのかもしれません。話してしまえば、私と彼の間にある因縁に深く関わってしまう」
でも──そう付け加え、有栖川は続ける。
「できるなら、聞いてほしいです」
交差した有栖川の視線は、いままで見たことがないほどに思いつめているようだった。
「そんなに固く考えるなよ。首を突っ込みたいって言ったのは、俺なんだから」
少し前なら、こんな気は起こらなかっただろう。
だが、今は違う。
「聞かせてくれ」
この店と有栖川、そして、東真一との過去。
夕刻を告げる「夕焼け小焼け」が遠くから流れてきた。
有栖川の向こうに見える窓の外は、すっかり茜色に染まっていた。
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