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第44話 アデレードさんの病気
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首都ドートの大通りを抜けて、料理屋エルフィンに到着した。すでに辺りは真っ暗になっている。
俺は、この時間でもエルフィンがちゃんと営業していると期待していた。けれど、その期待はあっさりと裏切られてしまった。店内は暗く、扉も閉ざされていたのだ。
やはり、俺がいない状態では、店を開けることなどできないのだろうか。
すぐにでも厨房に入り、スパゲッティーを作ってみたい衝動に駆られた。しかし、今の俺にそんなことが許されるはずがない。魔王の俺が店で働けば、それだけでアデレードさんやミルに大きな迷惑をかけてしまう。
俺は、玄関から入ることをあきらめ、裏口へと回った。そして、呼び出しの鈴を揺らしてみた。澄んだ高い音色が響いた。
中にアデレードさんとミルはいるのだろうか。ちゃんと二人は生活を続けているのだろうか。
借金取りのクローの顔が浮かんでくる。あの男が、アデレードさんとミルを連れさっていく光景が目に浮かんだ。
人の気配を探るため、ドアの向こうで何か音がしないか耳をすませてみた。すると、ガサガサと小さな音が聞こえてきた。
人がいる!
俺はじっと裏口の扉が開かれるのを待った。すると、そっとドアが動き、小さな隙間ができた。その奥から人の顔が見えた。
「ミル!」
扉の隙間に向かい、声をかけた。
すると、次の瞬間、パッとドアが大きく開かれた。
ドアの向こうには、口を半開きにしながら固まってしまっているミルがいた。
「ミル、元気だったか」
ミルはドアから飛び出して、俺の足にしがみついた。
「ゴブマールお兄さん、生きていたの。よかった、よかった」
ミルの手が、小刻みに震えている。
俺は気になることを聞いた。
「アデレードさんは? アデレードさんは元気にしているのかい?」
するとミルは顔をあげ、首を左右に振った。
不安そうな目をしていた。
「どうしたんだい? アデレードさんに何かあったのかい?」
「お母さんは……、ベッドで寝ているの」
「どういうこと? 調子が悪いの?」
ミルが目をうるませ、小さくうなずいた。
「ちょっと、入らせてもらうね」
俺はそう言うと、エルフィンの中へと足を進めた。懐かしい空間が目に入ってきた。
厨房の横に、アデレードさんとミルの部屋がある。俺はまっすぐそこに向かった。
ただ、調子を崩している女性の部屋にズカズカと入っていくわけにもいかず、入口の前で立ち止まり、声をかけた。
「アデレードさん、俺です。ゴブマールです」
部屋の中からゴホゴホと咳が聞こえてきた。
「調子が悪そうですね。中に入ってもいいですか」
「……どうぞ」
咳をしながらの、やっと聞き取れるような声が返ってきた。
部屋に入ると、ベッドに横たわるアデレードさんが、目だけを俺に向けてきた。きっと体を起こすことさえ苦しくてつらいのだろう。
「どうですか」
俺はそう言いながら、すぐにアデレードさんの額に手を当てた。
すごい熱だった。
しかも、ゼーゼーと息をしている。もうゆっくりと様子をみていられる状態ではなかった。
「風邪のようです……。二週間経つのですが、日に日に悪くなって……」
アデレードさんが顔を歪め、なんとかそう話した。
「二週間も寝込むだなんて。それは、もしかしてドート風邪ではないのですか?」
「……ドート風邪?」
ドート風邪というのは、致死率の高い新種の病気だった。ハッピーロードのゲーム中にかなりの確率で発生する風邪で、勇者アークがその特効薬を探し出すシナリオになっている。しかし、アークが特効薬を見つけたとしても、その時点でかなりの死者が出てしまっている恐ろしい風邪だった。
よりによって、ドート風邪にアデレードさんがかかってしまうなんて。
「今すぐ回復術をかけます」
俺はアデレードさんの頰にそっと触れながら、彼女を治したいと念じてみた。すると、思った通りコマンドが現れた。
『ヒールを使用しますか?』
急いで『はい』と心の中で返事をする。手が白く輝きはじめた。
さあ、良くなってくれ!
白く輝いた手を、アデレードさんの額から頰のあたりへかざした。そして心の中で祈り続けた。
しかし、アデレードさんの表情が和らぐことはなかった。呼吸も苦しそうで、咳も止まる気配がない。
ヒールではだめなのか?
だったら。
頭の中でハイパーヒールを念じてみる。
すると、すぐにコマンドが現れた。
『ハイパーヒールを使用するには体力が130足りません』
やはり体力不足なのだ。ここのところ、『治癒の結晶』を作り続けていたので、体力を消耗してしまっているのだ。
そう思ったところで、ひらめいた。
そうだ、治癒の結晶があるではないか!
スフィンクスはこう言っていた。「治癒の結晶を砕いて飲めば、ほとんどの病気は治ってしまう」と。
試してみる価値はありそうだ。
俺は胸のポケットに忍ばせていた立方体の結晶を取り出した。
ふと見ると、俺の横に立つミルは、両手で顔を覆ってしまっていた。
そんなミルに声をかけた。
「安心してミル。必ずアデレードさんを助けるから」
そう言うなり、部屋をとび出し、厨房に駆け込む。どこに何がおいてあるかは熟知している。俺は作業台の後ろの棚にあるアイスピックを持ち、それを使って治癒の結晶を砕き始めた。
かなり硬い結晶だったが、繰り返しアイスピックを突き刺していると、やがて角にヒビが入り、小さく砕けてきた。
こんな黒い半透明の固形物を口から飲んで大丈夫なのだろうか。そう思ったが、ここでやめるわけにはいかなかった。まずは実験台として、自分の口に一欠片入れてみた。ゴクリと飲み込む。異物がのどを伝っていくのがわかった。
しばらくじっとしていたが、特に何も変わらない。害があるようには思えなかった。本来なら、何日か自分の様子をみて、本当に害がないのか観察したかったが、そんな悠長なことをやっている余裕はなかった。
ミルの祈りも虚しく、アデレードさんは生死をさまよっている状態なのだから。
俺は砕いた治癒の結晶を皿に入れ、再びアデレードさんのいる部屋へと戻ったのだった。
俺は、この時間でもエルフィンがちゃんと営業していると期待していた。けれど、その期待はあっさりと裏切られてしまった。店内は暗く、扉も閉ざされていたのだ。
やはり、俺がいない状態では、店を開けることなどできないのだろうか。
すぐにでも厨房に入り、スパゲッティーを作ってみたい衝動に駆られた。しかし、今の俺にそんなことが許されるはずがない。魔王の俺が店で働けば、それだけでアデレードさんやミルに大きな迷惑をかけてしまう。
俺は、玄関から入ることをあきらめ、裏口へと回った。そして、呼び出しの鈴を揺らしてみた。澄んだ高い音色が響いた。
中にアデレードさんとミルはいるのだろうか。ちゃんと二人は生活を続けているのだろうか。
借金取りのクローの顔が浮かんでくる。あの男が、アデレードさんとミルを連れさっていく光景が目に浮かんだ。
人の気配を探るため、ドアの向こうで何か音がしないか耳をすませてみた。すると、ガサガサと小さな音が聞こえてきた。
人がいる!
俺はじっと裏口の扉が開かれるのを待った。すると、そっとドアが動き、小さな隙間ができた。その奥から人の顔が見えた。
「ミル!」
扉の隙間に向かい、声をかけた。
すると、次の瞬間、パッとドアが大きく開かれた。
ドアの向こうには、口を半開きにしながら固まってしまっているミルがいた。
「ミル、元気だったか」
ミルはドアから飛び出して、俺の足にしがみついた。
「ゴブマールお兄さん、生きていたの。よかった、よかった」
ミルの手が、小刻みに震えている。
俺は気になることを聞いた。
「アデレードさんは? アデレードさんは元気にしているのかい?」
するとミルは顔をあげ、首を左右に振った。
不安そうな目をしていた。
「どうしたんだい? アデレードさんに何かあったのかい?」
「お母さんは……、ベッドで寝ているの」
「どういうこと? 調子が悪いの?」
ミルが目をうるませ、小さくうなずいた。
「ちょっと、入らせてもらうね」
俺はそう言うと、エルフィンの中へと足を進めた。懐かしい空間が目に入ってきた。
厨房の横に、アデレードさんとミルの部屋がある。俺はまっすぐそこに向かった。
ただ、調子を崩している女性の部屋にズカズカと入っていくわけにもいかず、入口の前で立ち止まり、声をかけた。
「アデレードさん、俺です。ゴブマールです」
部屋の中からゴホゴホと咳が聞こえてきた。
「調子が悪そうですね。中に入ってもいいですか」
「……どうぞ」
咳をしながらの、やっと聞き取れるような声が返ってきた。
部屋に入ると、ベッドに横たわるアデレードさんが、目だけを俺に向けてきた。きっと体を起こすことさえ苦しくてつらいのだろう。
「どうですか」
俺はそう言いながら、すぐにアデレードさんの額に手を当てた。
すごい熱だった。
しかも、ゼーゼーと息をしている。もうゆっくりと様子をみていられる状態ではなかった。
「風邪のようです……。二週間経つのですが、日に日に悪くなって……」
アデレードさんが顔を歪め、なんとかそう話した。
「二週間も寝込むだなんて。それは、もしかしてドート風邪ではないのですか?」
「……ドート風邪?」
ドート風邪というのは、致死率の高い新種の病気だった。ハッピーロードのゲーム中にかなりの確率で発生する風邪で、勇者アークがその特効薬を探し出すシナリオになっている。しかし、アークが特効薬を見つけたとしても、その時点でかなりの死者が出てしまっている恐ろしい風邪だった。
よりによって、ドート風邪にアデレードさんがかかってしまうなんて。
「今すぐ回復術をかけます」
俺はアデレードさんの頰にそっと触れながら、彼女を治したいと念じてみた。すると、思った通りコマンドが現れた。
『ヒールを使用しますか?』
急いで『はい』と心の中で返事をする。手が白く輝きはじめた。
さあ、良くなってくれ!
白く輝いた手を、アデレードさんの額から頰のあたりへかざした。そして心の中で祈り続けた。
しかし、アデレードさんの表情が和らぐことはなかった。呼吸も苦しそうで、咳も止まる気配がない。
ヒールではだめなのか?
だったら。
頭の中でハイパーヒールを念じてみる。
すると、すぐにコマンドが現れた。
『ハイパーヒールを使用するには体力が130足りません』
やはり体力不足なのだ。ここのところ、『治癒の結晶』を作り続けていたので、体力を消耗してしまっているのだ。
そう思ったところで、ひらめいた。
そうだ、治癒の結晶があるではないか!
スフィンクスはこう言っていた。「治癒の結晶を砕いて飲めば、ほとんどの病気は治ってしまう」と。
試してみる価値はありそうだ。
俺は胸のポケットに忍ばせていた立方体の結晶を取り出した。
ふと見ると、俺の横に立つミルは、両手で顔を覆ってしまっていた。
そんなミルに声をかけた。
「安心してミル。必ずアデレードさんを助けるから」
そう言うなり、部屋をとび出し、厨房に駆け込む。どこに何がおいてあるかは熟知している。俺は作業台の後ろの棚にあるアイスピックを持ち、それを使って治癒の結晶を砕き始めた。
かなり硬い結晶だったが、繰り返しアイスピックを突き刺していると、やがて角にヒビが入り、小さく砕けてきた。
こんな黒い半透明の固形物を口から飲んで大丈夫なのだろうか。そう思ったが、ここでやめるわけにはいかなかった。まずは実験台として、自分の口に一欠片入れてみた。ゴクリと飲み込む。異物がのどを伝っていくのがわかった。
しばらくじっとしていたが、特に何も変わらない。害があるようには思えなかった。本来なら、何日か自分の様子をみて、本当に害がないのか観察したかったが、そんな悠長なことをやっている余裕はなかった。
ミルの祈りも虚しく、アデレードさんは生死をさまよっている状態なのだから。
俺は砕いた治癒の結晶を皿に入れ、再びアデレードさんのいる部屋へと戻ったのだった。
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