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第43話 魔王の生活
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町外れの廃屋で、俺とスフィンクスとの暮らしがはじまった。
廃屋は、外観こそ朽ちていたが、中は意外と綺麗だった。もしかしたら、最近まで先住者がいたのかもしれない。
俺は思った。
この廃屋でひっそりと生きていけばいい。
決してローラ姫に近づくことなく生きていけば、これから先、魔王である俺が、姫を殺してしまうこともないだろうし、勇者アークと戦う必要もないはずだ。
しかし、ここで生きていくには、いろいろと問題もあった。
一番の問題は食料である。魔王であっても、生きていくためには何かを食べる必要がある。魔王の俺は、人間に姿を見られるわけにはいかない。鑑定士なら、俺が魔王であることに勘づいてしまうからだ。そんな状態で、どうやって食料を調達すればいいのだろうか。生活費を稼ぎたくても、その手段がない。
この頃になると、俺はスフィンクスともかなり打ち解け、言いたいことを言い合える関係になっていた。
「魔王なら、食料や金になる物を、人間から奪い取ることもできるぞ」
スフィンクスは冷たく言い放った。
「そんなことをしたくはない。誰にも迷惑をかけずに、ここでひっそりと暮らしていくのが俺の望みなんだ」
「そんな都合のいい暮らしなど、簡単にできるとは思えないが」
「魔王なのだから、何か蓄えがあるだろう? それがあれば、これからも何とか暮らしていけるんじゃないか?」
「魔王に蓄えなどない。先のことを考えて食料を保管するような魔王などいない」
「では、俺は魔法で氷を作ることができる。それを売って暮らしていくのはどうだろうか?」
「氷など、それほど売れるものではないぞ」
そう答えたスフィンクスは、何かに気づいた顔をした。
「そういえば、氷より、もっと金になるものを魔王は作れるぞ」
「金になるもの? それは何?」
スフィンクスは静かに答えた。
「治癒の結晶だ」
「治癒の結晶?」
「そうだ。魔王の高度な治癒能力を結晶化したものだ。魔法で作ることができるし、高値がつく」
「そうか、そんな便利なものを俺は作ることができるのか」
「確かに便利ではあるが、気をつけなければならないこともある」
「気をつけること?」
「ああ、治癒の結晶を作るには、かなりの体力が必要だ。おのれの身を削って作る結晶なのだ。作りすぎると、そなたは死ぬぞ」
死ぬ。
その言葉が大きく響いた。
けれど、こう思い直した。
作りすぎなければいいのだ。それほど難しいことではない。
そう思った俺は、さっそくスフィンクスに教えてもらい、治癒の結晶を作ってみた。
魔法陣は複雑で、紙に書いて壁に貼り付けた。それを見ながら呪文を唱えた。
「アーカナム、サークラム、クレーレ!」
指が白く輝き、壁に這った魔法陣の見本を見つめながら、空中に線を描いた。
魔王になったからなのだろうか、以前は灰色だった魔法陣の線が、今はほぼ真っ黒に変わっていた。
「いでよ! 治癒の結晶!」
そう詠唱すると、俺の体の中がガクンと揺れるのを感じた。それとともに目の前が一瞬だが真っ暗になった。
膝に手をつき、倒れそうになるのを耐えながら前を見る。
すると、床に一つの結晶が転がっていた。
結晶は半透明な薄黒い色をしており、立方体の両端が三角に尖っていた。大きさは手のひらを広げたほどで、持つと石ころくらいの重みもあった。
「この結晶は、どんな効果があるのかい?」
「そなたの回復魔法の力がここに詰まっている。砕いて飲めば、たいがいの病気なら良くなるだろう」
「そんな力があるのか。だったら、病気で苦しむ人たちに分け与えることもできるね」
「使い方はそなたの自由だ。しかし、前にも言ったが、これだけは注意しておけ。作りすぎると、そなたの命はないぞ」
「分かっている。第一の目的はこれを売って日々の食料を確保することだし。それでも余るようなら病気の人たちに使ってもらうようにするよ。決して無理はしないから安心して」
俺はそう言ってスフィンクスに笑ってみせたのだった。
※ ※ ※
治癒の結晶は思ったより高く売れた。なので、俺とスフィンクス二人が暮らしていくには充分すぎるお金が手に入った。
そうなると、生活のためだけではなく、もっと世の中のためになることをしてみたい気持ちになる。
病気の人や貧困に苦しむ人たちを、この治癒の結晶で救いたくなったのだ。
「そなたの好きにするがいい」
スフィンクスは、この頃になると俺の性格がわかってきたのだろう。特に驚くことなく俺の提案を聞いてくれた。
そうと決まったら居ても立っても居られなくなった。俺には真っ先に行きたい場所があったのだ。
そう、俺はまずはじめに、アデレードさんとミルのいるエルフィンへ行って、この治癒の結晶を届けたかったのだ。
売れば借金返済の足しにもなるし、二人が病気になった時にも役立つ。
魔王の俺が、この先エルフィンに居座るわけにはいかない。ただ、あの二人にだけは、なんとしてでも幸せになってもらいたい気持ちがあった。
夕暮れ近くになり、俺は廃屋を出発した。
エルフィンまで歩いて片道三時間ほどかかる。往復六時間なら、夜が明けないうちに廃屋まで戻ってこられる計算だった。
俺は、胸の内ポケットに忍ばせた治癒の結晶を服の外側からそっと押さえた。間違いなく結晶が一つ入っている。
本当は、もっとたくさんの結晶を持っていきたかったのだが、身を削って作る『治癒の結晶』には数の限界があった。命をなくすまでには至らないが、結晶を一つ作るのには相当の体力を消耗してしまうのも事実だったのだ。
空が赤く染まる中、俺はできるだけ人に会わないように注意しながら、エルフィンに向かい足を速めた。
会えれば、一ヶ月ぶりとなる。アデレードさんとミルは、喜んでくれるのだろうか。なつかしい二人の顔が、目に浮かんできた。
廃屋は、外観こそ朽ちていたが、中は意外と綺麗だった。もしかしたら、最近まで先住者がいたのかもしれない。
俺は思った。
この廃屋でひっそりと生きていけばいい。
決してローラ姫に近づくことなく生きていけば、これから先、魔王である俺が、姫を殺してしまうこともないだろうし、勇者アークと戦う必要もないはずだ。
しかし、ここで生きていくには、いろいろと問題もあった。
一番の問題は食料である。魔王であっても、生きていくためには何かを食べる必要がある。魔王の俺は、人間に姿を見られるわけにはいかない。鑑定士なら、俺が魔王であることに勘づいてしまうからだ。そんな状態で、どうやって食料を調達すればいいのだろうか。生活費を稼ぎたくても、その手段がない。
この頃になると、俺はスフィンクスともかなり打ち解け、言いたいことを言い合える関係になっていた。
「魔王なら、食料や金になる物を、人間から奪い取ることもできるぞ」
スフィンクスは冷たく言い放った。
「そんなことをしたくはない。誰にも迷惑をかけずに、ここでひっそりと暮らしていくのが俺の望みなんだ」
「そんな都合のいい暮らしなど、簡単にできるとは思えないが」
「魔王なのだから、何か蓄えがあるだろう? それがあれば、これからも何とか暮らしていけるんじゃないか?」
「魔王に蓄えなどない。先のことを考えて食料を保管するような魔王などいない」
「では、俺は魔法で氷を作ることができる。それを売って暮らしていくのはどうだろうか?」
「氷など、それほど売れるものではないぞ」
そう答えたスフィンクスは、何かに気づいた顔をした。
「そういえば、氷より、もっと金になるものを魔王は作れるぞ」
「金になるもの? それは何?」
スフィンクスは静かに答えた。
「治癒の結晶だ」
「治癒の結晶?」
「そうだ。魔王の高度な治癒能力を結晶化したものだ。魔法で作ることができるし、高値がつく」
「そうか、そんな便利なものを俺は作ることができるのか」
「確かに便利ではあるが、気をつけなければならないこともある」
「気をつけること?」
「ああ、治癒の結晶を作るには、かなりの体力が必要だ。おのれの身を削って作る結晶なのだ。作りすぎると、そなたは死ぬぞ」
死ぬ。
その言葉が大きく響いた。
けれど、こう思い直した。
作りすぎなければいいのだ。それほど難しいことではない。
そう思った俺は、さっそくスフィンクスに教えてもらい、治癒の結晶を作ってみた。
魔法陣は複雑で、紙に書いて壁に貼り付けた。それを見ながら呪文を唱えた。
「アーカナム、サークラム、クレーレ!」
指が白く輝き、壁に這った魔法陣の見本を見つめながら、空中に線を描いた。
魔王になったからなのだろうか、以前は灰色だった魔法陣の線が、今はほぼ真っ黒に変わっていた。
「いでよ! 治癒の結晶!」
そう詠唱すると、俺の体の中がガクンと揺れるのを感じた。それとともに目の前が一瞬だが真っ暗になった。
膝に手をつき、倒れそうになるのを耐えながら前を見る。
すると、床に一つの結晶が転がっていた。
結晶は半透明な薄黒い色をしており、立方体の両端が三角に尖っていた。大きさは手のひらを広げたほどで、持つと石ころくらいの重みもあった。
「この結晶は、どんな効果があるのかい?」
「そなたの回復魔法の力がここに詰まっている。砕いて飲めば、たいがいの病気なら良くなるだろう」
「そんな力があるのか。だったら、病気で苦しむ人たちに分け与えることもできるね」
「使い方はそなたの自由だ。しかし、前にも言ったが、これだけは注意しておけ。作りすぎると、そなたの命はないぞ」
「分かっている。第一の目的はこれを売って日々の食料を確保することだし。それでも余るようなら病気の人たちに使ってもらうようにするよ。決して無理はしないから安心して」
俺はそう言ってスフィンクスに笑ってみせたのだった。
※ ※ ※
治癒の結晶は思ったより高く売れた。なので、俺とスフィンクス二人が暮らしていくには充分すぎるお金が手に入った。
そうなると、生活のためだけではなく、もっと世の中のためになることをしてみたい気持ちになる。
病気の人や貧困に苦しむ人たちを、この治癒の結晶で救いたくなったのだ。
「そなたの好きにするがいい」
スフィンクスは、この頃になると俺の性格がわかってきたのだろう。特に驚くことなく俺の提案を聞いてくれた。
そうと決まったら居ても立っても居られなくなった。俺には真っ先に行きたい場所があったのだ。
そう、俺はまずはじめに、アデレードさんとミルのいるエルフィンへ行って、この治癒の結晶を届けたかったのだ。
売れば借金返済の足しにもなるし、二人が病気になった時にも役立つ。
魔王の俺が、この先エルフィンに居座るわけにはいかない。ただ、あの二人にだけは、なんとしてでも幸せになってもらいたい気持ちがあった。
夕暮れ近くになり、俺は廃屋を出発した。
エルフィンまで歩いて片道三時間ほどかかる。往復六時間なら、夜が明けないうちに廃屋まで戻ってこられる計算だった。
俺は、胸の内ポケットに忍ばせた治癒の結晶を服の外側からそっと押さえた。間違いなく結晶が一つ入っている。
本当は、もっとたくさんの結晶を持っていきたかったのだが、身を削って作る『治癒の結晶』には数の限界があった。命をなくすまでには至らないが、結晶を一つ作るのには相当の体力を消耗してしまうのも事実だったのだ。
空が赤く染まる中、俺はできるだけ人に会わないように注意しながら、エルフィンに向かい足を速めた。
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