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第38話 ドラゴンの森
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俺と勇者アーク、それに聖剣士バザルークは、まる三日かけてドラゴンの森へと向かった。
途中までは馬車で行ったが、足場が悪くなると、そこからは三人で歩くことになった。体力が消耗された中、アークが追い打ちをかけるようにこんな言葉を放ってきた。
「おいゴブリン、森に入る前にこれだけは言っておくぞ。決して俺たちの邪魔をするなよ。お前は、ただの回復術師だ。そのことをよくわきまえておけ」
「そうですね。ゴブマールさんは初めての冒険なのですから、無理せずに私とアークの後を付いてきてくださいね」
「お前への指示はすべて俺が出す。いいかゴブリン、よく覚えておけ。お前は俺の言う通りに動けばいいんだ」
アークのあまりの言いように、俺は返事すらできずにいた。二人にとって、冒険初心者の俺は、ただの荷物にしか過ぎないのだろう。姫の手前、断るのもはばかられ、いやいや連れてきたというのが本音のようだ。俺のヒールが役に立つなどとは、微塵たりとも思っていない様子だ。
けれど、ここは耐えてアークたちに付いていくしかない。
魔王を倒すアイテムが入手できる場所はここしかない。もしアークが、アイテムを取りそこねたら、このゲームは前に進まない仕様になっているのだ。魔王に勝てるアイテムを手に入れるためなら、嫌なやつだが、協力するより仕方がなかった。
すべては、ローラ姫を、いやミナエを救うためだ。
風が冷たくなり、空の色が暗く変化してきた。
目の前に高い木が立ち並びはじめた。木の間を通り抜けると、その奥は暗く、先の見えない道が続いていた。
「さあ、ドラゴンの森へ入ったぞ。バザルーク、まずはお前から先に行ってくれ」
バザルークを先頭にして、俺たち三人は森の中へと足を進めた。
森に入り、まず出てきたモンスターはスライムだった。頭の尖った青い球体が、揺れながら俺たちに近づいてきた。
「こいつは俺に任せろ」
勇者アークが前に進むと、すばやく剣を振り下ろした。
「ピキッ」
スライムの短い鳴き声が聞こえてきた。そのまま青い球体は潰れ、地面に広がった。
「さあ、行くぞ」
アークは得意げな顔をしている。
そんなアークの後ろで、俺はある不安を抱いた。
もし、ゴブリンが襲ってきたら、どうすればいいのか。
同じゴブリンとして、同族が殺されるのだけは見たくない。ゴブリンだけは出会っても殺さず、見逃してほしい。俺はアークに、そのことをお願いしようと思った、その時だった。
森の奥から三体のゴブリンが姿を見せたのだった。
「来たな、雑魚モンスターが」
アークが再び剣を抜いた。
「ちょっと待ってください」
俺は慌てて声を出した。
「ゴブリンを殺すことだけは、やめてもらえませんか」
「はあ? そうか、お前も同じ雑魚モンスターだったな。なんならここで一緒に叩き切ってもいいんだぞ」
アークは目を見開きながらニヤリと笑った。
どうやら、ゴブリンを見逃すつもりは微塵もないようだ。
それなら。
俺はまだ10メートルは離れているゴブリンたちに向かい声を上げた。
「逃げろ! お前たちが勝てる相手ではない。すぐに逃げるんだ!」
しかし、ゴブリンたちは逃げなかった。俺たちの姿を確認した後、左手で盾を構え、右手の剣をこちらに向けてきたのだ。
「ふっ」
アークは短く息を吐くと、そのまま剣を眼前に立てながらゴブリンたちに突っ込んでいった。
「ギエ」
一瞬のうちに二体のゴブリンの胴体が斬り裂かれた。
残りの一体は、アークの剣を避け、そのまま俺とバザルークの方向へ走り込んできた。
バザルークの手がわずかに動き、鞘から一瞬にして剣を抜いた。次に見たときには、すでにゴブリンはバザルークの足元に倒れていた。神業のような剣技だった。
どす黒い血を流しながら絶命しているゴブリンを、俺はただただ眺めることしかできずにいた。
「さあ、行こうか。奥に行けばもう少しまともなモンスターが出迎えてくれるはずだ」
俺の複雑な気持ちなどまったく眼中にないアークは、さっさと歩き出し、森の奥へと進んでいった。
かなりの距離を歩いたが、ゴブリンを倒してからというもの、新たなモンスターは現れてこなかった。
アークたちの力が森に伝わっているのだろうか。
そのため、特に何の戦闘もおこなわないまま、ドラゴンが住む湖のすぐそばまで来ることができた。
「なんだ、恐ろしい森と聞いていたが、たいしたことないな」
最後尾を歩くアークが口を開いた。
俺はまだ、同族のゴブリンが殺されたことに対して、心の整理がつけられない。そのため、ただただ黙って歩くしかできずにいた。
湖が目の前に広がった時だった。
空気が急に重く感じられた。
そして、俺たちの目の前に、突如として一体のモンスターが姿を見せた。いったいどこから現れたのか。何の前触れもなく、気がつけば湖のほとりに立っていたのだ。
下半身は、四足のモンスターで、鋭い爪が足からむき出ている。猛獣を思わせる胴体の上には、人間の、しかも女性の上半身がのっていた。
「我が名はスフィンクス。何用でここに来たのだ?」
ハッピーロードを知り尽くしている俺ならわかる。
スフィンクスはゲーム終盤にしか出てこない、超レアな大ボス級のモンスターだ。その強さは半端なく、主人公アークがカンスト状態でも倒せるかどうかわからない相手だ。
そんなモンスターを目の前にして、俺はある疑念を抱きはじめた。
アークは今、カンスト状態になっているのだろうか?
もし、そうでなければ、スフィンクスに勝つことなどできない。ここでゲームオーバーだ。
「バザルーク、見ろよ、女の姿をしたケダモノだ」
「ええ、ちょっと拍子抜けするモンスターですね」
そんな二人の会話を聞いた俺は、両手を握りしめ叫んだ。
「スフィンクスは恐ろしいモンスターです! 決して手を抜いてはいけません! 全力で倒しにいかないとやられてしまいます!」
「ゴブリンが知ったかぶりしやがって。ギャーギャー騒ぐんじゃねえよ」
アークは剣を抜き、構えた。
「特別に二人がかりで料理してやるか。なあ、バザルーク」
「わかりました。少しは私たちの経験値の足しになればいいのですがね」
「ああ、このままレベルを上げていけば、ついに俺はレベル90台に達するからな」
俺はアークの言葉を聞き、愕然とした。
まだ、アークはレベル90にもなっていないのだ。カンストなど、まだまだ先の状態なのだ。
「さあ、バザルーク、ケダモノの気を引いておいてくれ。その間に俺がやつの上半身を真っ二つに斬り裂いてやる」
バザルークは、剣の柄を握り、一直線に走りだした。先ほどゴブリンを一太刀で倒したときと同じ構えをしている。
スッ!
空気の擦れる音がした。
同時にバザルークの剣が弧を描いてスフィンクスに向かっていく。目にも止まらぬ早業だった。
しかし、何が起こったのか分からないが、バザルークの体は弾けるように後方へと飛ばされた。俺の足元付近に落下したバザルークは、血まみれの状態で倒れていた。
「よし、隙が見えた!」
勇者アークが、バザルークとは逆の方向からスフィンクスに剣を振るった。得意の光属性の奥義だ。光の爆発を起こした剣刃がまぶしく輝いていた。
「我が光の剣に迷いなし!」
アークは剣先をスフィンクスに向けると、剣と体を一緒にスパークさせながら弾丸のように突っ込んでいった。
だが。
「うっ」と短いうめき声が聞こえてきた。アークの声だった。
その声とともに、アークはバザルークと同じく、後方へと弾き飛ばされていた。そして、血まみれになったアークが、バザルークの横で倒れたのだった。
気がつけば、二人とも地面から立ち上がることもできず、うめき声をあげながらのたうち回っていた。
すかさず俺は、倒れている二人にヒールを使用した。
そんな俺たちの様子を観察しているのだろうか。スフィンクスはじっとこちらを見つめながら、銅像のように微動だにぜず立っている。
俺は確信した。
カンストになっていないアークとバザルークでは、スフィンクスに勝つことなどできない。
このままでは、本当にゲームオーバーになってしまう。
どうすればいいのだ。
俺の頭の中に、ミナエの苦しむ顔が浮かんできた。
途中までは馬車で行ったが、足場が悪くなると、そこからは三人で歩くことになった。体力が消耗された中、アークが追い打ちをかけるようにこんな言葉を放ってきた。
「おいゴブリン、森に入る前にこれだけは言っておくぞ。決して俺たちの邪魔をするなよ。お前は、ただの回復術師だ。そのことをよくわきまえておけ」
「そうですね。ゴブマールさんは初めての冒険なのですから、無理せずに私とアークの後を付いてきてくださいね」
「お前への指示はすべて俺が出す。いいかゴブリン、よく覚えておけ。お前は俺の言う通りに動けばいいんだ」
アークのあまりの言いように、俺は返事すらできずにいた。二人にとって、冒険初心者の俺は、ただの荷物にしか過ぎないのだろう。姫の手前、断るのもはばかられ、いやいや連れてきたというのが本音のようだ。俺のヒールが役に立つなどとは、微塵たりとも思っていない様子だ。
けれど、ここは耐えてアークたちに付いていくしかない。
魔王を倒すアイテムが入手できる場所はここしかない。もしアークが、アイテムを取りそこねたら、このゲームは前に進まない仕様になっているのだ。魔王に勝てるアイテムを手に入れるためなら、嫌なやつだが、協力するより仕方がなかった。
すべては、ローラ姫を、いやミナエを救うためだ。
風が冷たくなり、空の色が暗く変化してきた。
目の前に高い木が立ち並びはじめた。木の間を通り抜けると、その奥は暗く、先の見えない道が続いていた。
「さあ、ドラゴンの森へ入ったぞ。バザルーク、まずはお前から先に行ってくれ」
バザルークを先頭にして、俺たち三人は森の中へと足を進めた。
森に入り、まず出てきたモンスターはスライムだった。頭の尖った青い球体が、揺れながら俺たちに近づいてきた。
「こいつは俺に任せろ」
勇者アークが前に進むと、すばやく剣を振り下ろした。
「ピキッ」
スライムの短い鳴き声が聞こえてきた。そのまま青い球体は潰れ、地面に広がった。
「さあ、行くぞ」
アークは得意げな顔をしている。
そんなアークの後ろで、俺はある不安を抱いた。
もし、ゴブリンが襲ってきたら、どうすればいいのか。
同じゴブリンとして、同族が殺されるのだけは見たくない。ゴブリンだけは出会っても殺さず、見逃してほしい。俺はアークに、そのことをお願いしようと思った、その時だった。
森の奥から三体のゴブリンが姿を見せたのだった。
「来たな、雑魚モンスターが」
アークが再び剣を抜いた。
「ちょっと待ってください」
俺は慌てて声を出した。
「ゴブリンを殺すことだけは、やめてもらえませんか」
「はあ? そうか、お前も同じ雑魚モンスターだったな。なんならここで一緒に叩き切ってもいいんだぞ」
アークは目を見開きながらニヤリと笑った。
どうやら、ゴブリンを見逃すつもりは微塵もないようだ。
それなら。
俺はまだ10メートルは離れているゴブリンたちに向かい声を上げた。
「逃げろ! お前たちが勝てる相手ではない。すぐに逃げるんだ!」
しかし、ゴブリンたちは逃げなかった。俺たちの姿を確認した後、左手で盾を構え、右手の剣をこちらに向けてきたのだ。
「ふっ」
アークは短く息を吐くと、そのまま剣を眼前に立てながらゴブリンたちに突っ込んでいった。
「ギエ」
一瞬のうちに二体のゴブリンの胴体が斬り裂かれた。
残りの一体は、アークの剣を避け、そのまま俺とバザルークの方向へ走り込んできた。
バザルークの手がわずかに動き、鞘から一瞬にして剣を抜いた。次に見たときには、すでにゴブリンはバザルークの足元に倒れていた。神業のような剣技だった。
どす黒い血を流しながら絶命しているゴブリンを、俺はただただ眺めることしかできずにいた。
「さあ、行こうか。奥に行けばもう少しまともなモンスターが出迎えてくれるはずだ」
俺の複雑な気持ちなどまったく眼中にないアークは、さっさと歩き出し、森の奥へと進んでいった。
かなりの距離を歩いたが、ゴブリンを倒してからというもの、新たなモンスターは現れてこなかった。
アークたちの力が森に伝わっているのだろうか。
そのため、特に何の戦闘もおこなわないまま、ドラゴンが住む湖のすぐそばまで来ることができた。
「なんだ、恐ろしい森と聞いていたが、たいしたことないな」
最後尾を歩くアークが口を開いた。
俺はまだ、同族のゴブリンが殺されたことに対して、心の整理がつけられない。そのため、ただただ黙って歩くしかできずにいた。
湖が目の前に広がった時だった。
空気が急に重く感じられた。
そして、俺たちの目の前に、突如として一体のモンスターが姿を見せた。いったいどこから現れたのか。何の前触れもなく、気がつけば湖のほとりに立っていたのだ。
下半身は、四足のモンスターで、鋭い爪が足からむき出ている。猛獣を思わせる胴体の上には、人間の、しかも女性の上半身がのっていた。
「我が名はスフィンクス。何用でここに来たのだ?」
ハッピーロードを知り尽くしている俺ならわかる。
スフィンクスはゲーム終盤にしか出てこない、超レアな大ボス級のモンスターだ。その強さは半端なく、主人公アークがカンスト状態でも倒せるかどうかわからない相手だ。
そんなモンスターを目の前にして、俺はある疑念を抱きはじめた。
アークは今、カンスト状態になっているのだろうか?
もし、そうでなければ、スフィンクスに勝つことなどできない。ここでゲームオーバーだ。
「バザルーク、見ろよ、女の姿をしたケダモノだ」
「ええ、ちょっと拍子抜けするモンスターですね」
そんな二人の会話を聞いた俺は、両手を握りしめ叫んだ。
「スフィンクスは恐ろしいモンスターです! 決して手を抜いてはいけません! 全力で倒しにいかないとやられてしまいます!」
「ゴブリンが知ったかぶりしやがって。ギャーギャー騒ぐんじゃねえよ」
アークは剣を抜き、構えた。
「特別に二人がかりで料理してやるか。なあ、バザルーク」
「わかりました。少しは私たちの経験値の足しになればいいのですがね」
「ああ、このままレベルを上げていけば、ついに俺はレベル90台に達するからな」
俺はアークの言葉を聞き、愕然とした。
まだ、アークはレベル90にもなっていないのだ。カンストなど、まだまだ先の状態なのだ。
「さあ、バザルーク、ケダモノの気を引いておいてくれ。その間に俺がやつの上半身を真っ二つに斬り裂いてやる」
バザルークは、剣の柄を握り、一直線に走りだした。先ほどゴブリンを一太刀で倒したときと同じ構えをしている。
スッ!
空気の擦れる音がした。
同時にバザルークの剣が弧を描いてスフィンクスに向かっていく。目にも止まらぬ早業だった。
しかし、何が起こったのか分からないが、バザルークの体は弾けるように後方へと飛ばされた。俺の足元付近に落下したバザルークは、血まみれの状態で倒れていた。
「よし、隙が見えた!」
勇者アークが、バザルークとは逆の方向からスフィンクスに剣を振るった。得意の光属性の奥義だ。光の爆発を起こした剣刃がまぶしく輝いていた。
「我が光の剣に迷いなし!」
アークは剣先をスフィンクスに向けると、剣と体を一緒にスパークさせながら弾丸のように突っ込んでいった。
だが。
「うっ」と短いうめき声が聞こえてきた。アークの声だった。
その声とともに、アークはバザルークと同じく、後方へと弾き飛ばされていた。そして、血まみれになったアークが、バザルークの横で倒れたのだった。
気がつけば、二人とも地面から立ち上がることもできず、うめき声をあげながらのたうち回っていた。
すかさず俺は、倒れている二人にヒールを使用した。
そんな俺たちの様子を観察しているのだろうか。スフィンクスはじっとこちらを見つめながら、銅像のように微動だにぜず立っている。
俺は確信した。
カンストになっていないアークとバザルークでは、スフィンクスに勝つことなどできない。
このままでは、本当にゲームオーバーになってしまう。
どうすればいいのだ。
俺の頭の中に、ミナエの苦しむ顔が浮かんできた。
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