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第37話 俺の属性は?
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「ゴブリンさん、冒険者登録をしますので、まずお名前を教えてください」
ラターニャは目を見開き、俺の顔をまじまじと見ている。
「ゴブマールです」
「ゴブマールさん、まあなんて素敵なお名前なんでしょう」
正直、自分の名前が素敵だなんて思ったことは一度もない。けれど、ラターニャの声の調子からすると、お世辞ではなく本気でそう思ってくれているようだ。それが、こそばゆく、嬉しかった。
「では、ゴブマールさん、あなたの分類を調べますね」
「分類?」
「そうです。村人、剣士、戦士、魔道士、といった分類です」
ラターニャはそう述べると、水晶玉を両手で抱え、台座に置いた。
「あれだけの魔法が使えるのですから、おおよその察しはつきますが、一応調べさせてください。さあ、手のひらを水晶玉に当ててください」
俺は手を広げ、水晶玉に触れようとした。なんとも言えない熱い視線が感じられる。それもそのはずである。酒場にいた冒険者全員が、俺の背後を囲いながら様子を見ているのだから。
冒険者たちの声が聞こえてくる。
「ブロックにヒール、どちらも達人の域に達していた。分類は魔道士に違いない」
「賢者や聖職者かもしれないぞ」
「そうだな。上級職の可能性も充分にある」
そんな中、俺は大きく息を吐き、水晶玉に手のひらを接地させた。
水晶の中が白く濁りはじめた。
やがて一つの色に染まった。
「この色は?」
ラターニャが水晶玉を見ながら首をひねった。
「どういうことでしょう。こんな色になるなんて、はじめてのことだわ」
俺の触る水晶玉は、あの透明な輝きは失せてしまい、墨汁で全体を塗りつぶしたように真っ黒く変化していたのだ。
「どういうことだ」
冒険者達も黒くなった水晶玉をのぞき込む。
「大体は、薄くて鮮やかな色に変わるはずなのだが……」
「俺の分類は何ですか?」
「わかりません」
「わからない? ……では、冒険者登録できないのですか?」
「いえ、本当に稀にですが、分類が空白になる人がいるのです。ゴブマールさんも空白のまま登録できます」
「空白。俺は何の分類にも属していないのですか?」
「今のところはそうです。けれど時間が経てば、かくれている分類が現れることがあります。その時には、今からお渡しする冒険者カードにあなたの分類が表出されているはずです」
「そうなんですね。ちょっと気がかりな結果ですが、とりあえず登録は完了ですね。冒険者カードをいただけますか」
「いえ、あと一つだけ調べさせてください」
俺が水晶玉から手を離すと、黒く染まった色が、本来の透明色へと戻っていった。
「最後に属性を調べさせてください。火、水、土、風、氷、光のどれに属するか診させてください」
「分かりました」
属性については、よく知っている。ハッピーロードで何度も出てきているからだ。火なら赤、水なら青、土なら茶といった色になるはずだ。
先ほどは謎の黒色だったが、次こそは何か明るい色が出るだろう。
俺はそう期待しながら、改めて手のひらを水晶玉に当てた。
「うぉ」
水晶玉を見ていた冒険者達が、短くうなった。
ラターニャは、現れた色を見てつぶやいた。
「属性も謎ですね。でも先ほどの分類と同じように、後になって冒険者カードに現れる可能性があります」
俺は、色の変わった水晶玉をじっと見つめていた。
目の前にある水晶玉は、またしても真っ黒く変色していたのだ。
この色を見ていると、なぜか不吉な予感しかしなかった。
※ ※ ※
冒険者登録を無事に済ませた俺は、その足でクリスタルソロス城へと向かった。登録できたことをローラ姫に報告する必要があったのだ。
三十分ほど歩くと、城の大門にたどり着いた。警備兵は俺の顔を覚えていて、モンスターである俺を、門の横にある通用口から中へと通してくれた。
広大な庭を進もうと足を数歩進めたところで、王宮職員の制服を着た男が近づいてきた。
「ローラ姫があなたをお待ちです」
「姫が、俺を待ってくれているのですか?」
「はい。先ほどから、あなたをずっと待っておられました。奥の庭園に急いで向かってもらえますか」
俺は言われるがままに、足を早めローラ姫のもとへと向かった。立ち並ぶ木々を抜けると、芝生の広がる庭がある。そこに、ローラ姫が一人で立っていた。
「ゴブマールさん、冒険者登録は無事に終わりましたか?」
「はい。ちょっと、変な男に絡まれましたが、何事もなく登録できました」
「まあ、絡まれたのですか? 冒険者ギルドには喧嘩早い人が多いと聞いています。でも、大丈夫だったのですね」
俺はローラ姫の顔を、失礼にならない程度に、視線の端からじっと見つめた。
そこには間違いなくミナエがいた。ミナエとはよく、こうして二人だけで話をしたものだ。
死んでしまい、もう二度と会えないと思っていたミナエが、今俺の直ぐ側にいる。気持ちが高ぶり、もっと肌が触れ合うほどの距離まで近づきたくなったが、ぐっと我慢し彼女との距離を保った。
「これで俺も、ドラゴンの森に向かうことができます。森には魔王を倒すアイテムが隠されていますので、必ずやそれを手に入れて戻ってきます」
「ありがとうございます。実は私、そのことでずっと悩んでいたのです」
「悩む?」
「ええ、魔王を倒すためとはいえ、あなたを危険な場所に送り出してしまうわけですから。もしあなたに何かあったらと思うと心配でしかたがないのです」
「姫の運命を変えるまでは、決して死ぬつもりはありません。ドラゴンの森に行くのも、姫の運命を変える品が手に入るからです。何があっても生きて帰ってきますので、どうぞご安心ください」
そうは言ったものの、森に住むドラゴンは最強クラスのモンスターで、まともに戦えば必ずゲームオーバーになってしまう相手だ。いかにして、ドラゴンから逃げながら、アイテムを獲得するかがこのゲームのポイントだった。なので、今回の冒険は文字通り命がけなのだが、ローラ姫が助かる可能性のあるイベントを、避けて通るわけにはいかなかった。
「正直言うと、私は怖いのです。情けないかもしれませんが、死ぬ運命にあると聞かされたときから、夜も眠れない日々が続いているのです」
「心配させるようなことを言ってしまい、申し訳ありません。けれど、信じてください。必ず姫が死なずとも、魔王を倒せる方法があるはずです。鍵はアークです。前にも言いましたが、アークには近寄らないでいただきたいのです」
「ごめんなさい。アークと離れるなど、私にはできないわ」
そうなのだ。ゲームでもローラ姫とアークは恋人設定になっているのだ。今現在、まだ二人は付き合っていないようだが、お互いが気になる存在であることに間違いはない。
俺が、姫を振り向かせるだけの魅力を兼ね備えていれば話は違ってくるだろうに。そうすれば、二人の関係を壊すことも可能なのだ。
しかし、今の俺は人間ですらない。醜いモンスター、ゴブリンでしかないのだ。
「少し、歩きませんか」
俺は、話題を変えるため、そう提案した。
「ええ」
ローラ姫が、俺の横に並んで歩きはじめた。
二人でこうして歩くと、心が踊ってくる。
色々な話をしてみたかったが、緊張して何も言葉が出てこない。
そんな俺を見かねたのか、ローラ姫から話しかけてきた。
「ゴブマールさんには、まだしっかりとお礼ができていませんでしたね」
「お礼とは、何のことでしょう?」
「舞踏会で、あなたに命を救ってもらったお礼です」
「そんな、お礼など必要ありません」
「そういうわけにはいきませんわ。何でも結構です。何か望みを言ってください」
「それでしたら」
俺は、頭に浮かんできたことをそのまま言葉にした。
「実は、俺の働く料理屋エルフィンは、たちの悪い金貸しからお金を借りています。金貸しは、奴隷商とつながっており、このままでは母と子が奴隷として売られてしまいます」
「母と子というのは、あの二人ね」
「そうです。金貸しは、ひどく高い金利で金を貸し、簡単には返せないようにしているのです。世の中には、同じようにお金を借りて苦しんでいる人がたくさんいます。どうかローラ姫、そういう人たちを救って頂けませんか? それが、私の望みです」
ローラ姫は歩く速度をゆるめて俺の話を聞いていた。
しばらくの沈黙のあと、こう言った。
「わかりました。運命が変わり、私が死なずにすむのなら、必ずやあなたの望みを叶えてみせましょう」
「ありがとうございます」
「エルフィンにお金を貸している金貸しの名前を教えてもらえませんか?」
「クローといいます」
「クローね。よく覚えておきます」
話が終わると、ローラ姫はミナエと同じ笑顔を見せ、一人で城の中へと戻っていったのだった。
ラターニャは目を見開き、俺の顔をまじまじと見ている。
「ゴブマールです」
「ゴブマールさん、まあなんて素敵なお名前なんでしょう」
正直、自分の名前が素敵だなんて思ったことは一度もない。けれど、ラターニャの声の調子からすると、お世辞ではなく本気でそう思ってくれているようだ。それが、こそばゆく、嬉しかった。
「では、ゴブマールさん、あなたの分類を調べますね」
「分類?」
「そうです。村人、剣士、戦士、魔道士、といった分類です」
ラターニャはそう述べると、水晶玉を両手で抱え、台座に置いた。
「あれだけの魔法が使えるのですから、おおよその察しはつきますが、一応調べさせてください。さあ、手のひらを水晶玉に当ててください」
俺は手を広げ、水晶玉に触れようとした。なんとも言えない熱い視線が感じられる。それもそのはずである。酒場にいた冒険者全員が、俺の背後を囲いながら様子を見ているのだから。
冒険者たちの声が聞こえてくる。
「ブロックにヒール、どちらも達人の域に達していた。分類は魔道士に違いない」
「賢者や聖職者かもしれないぞ」
「そうだな。上級職の可能性も充分にある」
そんな中、俺は大きく息を吐き、水晶玉に手のひらを接地させた。
水晶の中が白く濁りはじめた。
やがて一つの色に染まった。
「この色は?」
ラターニャが水晶玉を見ながら首をひねった。
「どういうことでしょう。こんな色になるなんて、はじめてのことだわ」
俺の触る水晶玉は、あの透明な輝きは失せてしまい、墨汁で全体を塗りつぶしたように真っ黒く変化していたのだ。
「どういうことだ」
冒険者達も黒くなった水晶玉をのぞき込む。
「大体は、薄くて鮮やかな色に変わるはずなのだが……」
「俺の分類は何ですか?」
「わかりません」
「わからない? ……では、冒険者登録できないのですか?」
「いえ、本当に稀にですが、分類が空白になる人がいるのです。ゴブマールさんも空白のまま登録できます」
「空白。俺は何の分類にも属していないのですか?」
「今のところはそうです。けれど時間が経てば、かくれている分類が現れることがあります。その時には、今からお渡しする冒険者カードにあなたの分類が表出されているはずです」
「そうなんですね。ちょっと気がかりな結果ですが、とりあえず登録は完了ですね。冒険者カードをいただけますか」
「いえ、あと一つだけ調べさせてください」
俺が水晶玉から手を離すと、黒く染まった色が、本来の透明色へと戻っていった。
「最後に属性を調べさせてください。火、水、土、風、氷、光のどれに属するか診させてください」
「分かりました」
属性については、よく知っている。ハッピーロードで何度も出てきているからだ。火なら赤、水なら青、土なら茶といった色になるはずだ。
先ほどは謎の黒色だったが、次こそは何か明るい色が出るだろう。
俺はそう期待しながら、改めて手のひらを水晶玉に当てた。
「うぉ」
水晶玉を見ていた冒険者達が、短くうなった。
ラターニャは、現れた色を見てつぶやいた。
「属性も謎ですね。でも先ほどの分類と同じように、後になって冒険者カードに現れる可能性があります」
俺は、色の変わった水晶玉をじっと見つめていた。
目の前にある水晶玉は、またしても真っ黒く変色していたのだ。
この色を見ていると、なぜか不吉な予感しかしなかった。
※ ※ ※
冒険者登録を無事に済ませた俺は、その足でクリスタルソロス城へと向かった。登録できたことをローラ姫に報告する必要があったのだ。
三十分ほど歩くと、城の大門にたどり着いた。警備兵は俺の顔を覚えていて、モンスターである俺を、門の横にある通用口から中へと通してくれた。
広大な庭を進もうと足を数歩進めたところで、王宮職員の制服を着た男が近づいてきた。
「ローラ姫があなたをお待ちです」
「姫が、俺を待ってくれているのですか?」
「はい。先ほどから、あなたをずっと待っておられました。奥の庭園に急いで向かってもらえますか」
俺は言われるがままに、足を早めローラ姫のもとへと向かった。立ち並ぶ木々を抜けると、芝生の広がる庭がある。そこに、ローラ姫が一人で立っていた。
「ゴブマールさん、冒険者登録は無事に終わりましたか?」
「はい。ちょっと、変な男に絡まれましたが、何事もなく登録できました」
「まあ、絡まれたのですか? 冒険者ギルドには喧嘩早い人が多いと聞いています。でも、大丈夫だったのですね」
俺はローラ姫の顔を、失礼にならない程度に、視線の端からじっと見つめた。
そこには間違いなくミナエがいた。ミナエとはよく、こうして二人だけで話をしたものだ。
死んでしまい、もう二度と会えないと思っていたミナエが、今俺の直ぐ側にいる。気持ちが高ぶり、もっと肌が触れ合うほどの距離まで近づきたくなったが、ぐっと我慢し彼女との距離を保った。
「これで俺も、ドラゴンの森に向かうことができます。森には魔王を倒すアイテムが隠されていますので、必ずやそれを手に入れて戻ってきます」
「ありがとうございます。実は私、そのことでずっと悩んでいたのです」
「悩む?」
「ええ、魔王を倒すためとはいえ、あなたを危険な場所に送り出してしまうわけですから。もしあなたに何かあったらと思うと心配でしかたがないのです」
「姫の運命を変えるまでは、決して死ぬつもりはありません。ドラゴンの森に行くのも、姫の運命を変える品が手に入るからです。何があっても生きて帰ってきますので、どうぞご安心ください」
そうは言ったものの、森に住むドラゴンは最強クラスのモンスターで、まともに戦えば必ずゲームオーバーになってしまう相手だ。いかにして、ドラゴンから逃げながら、アイテムを獲得するかがこのゲームのポイントだった。なので、今回の冒険は文字通り命がけなのだが、ローラ姫が助かる可能性のあるイベントを、避けて通るわけにはいかなかった。
「正直言うと、私は怖いのです。情けないかもしれませんが、死ぬ運命にあると聞かされたときから、夜も眠れない日々が続いているのです」
「心配させるようなことを言ってしまい、申し訳ありません。けれど、信じてください。必ず姫が死なずとも、魔王を倒せる方法があるはずです。鍵はアークです。前にも言いましたが、アークには近寄らないでいただきたいのです」
「ごめんなさい。アークと離れるなど、私にはできないわ」
そうなのだ。ゲームでもローラ姫とアークは恋人設定になっているのだ。今現在、まだ二人は付き合っていないようだが、お互いが気になる存在であることに間違いはない。
俺が、姫を振り向かせるだけの魅力を兼ね備えていれば話は違ってくるだろうに。そうすれば、二人の関係を壊すことも可能なのだ。
しかし、今の俺は人間ですらない。醜いモンスター、ゴブリンでしかないのだ。
「少し、歩きませんか」
俺は、話題を変えるため、そう提案した。
「ええ」
ローラ姫が、俺の横に並んで歩きはじめた。
二人でこうして歩くと、心が踊ってくる。
色々な話をしてみたかったが、緊張して何も言葉が出てこない。
そんな俺を見かねたのか、ローラ姫から話しかけてきた。
「ゴブマールさんには、まだしっかりとお礼ができていませんでしたね」
「お礼とは、何のことでしょう?」
「舞踏会で、あなたに命を救ってもらったお礼です」
「そんな、お礼など必要ありません」
「そういうわけにはいきませんわ。何でも結構です。何か望みを言ってください」
「それでしたら」
俺は、頭に浮かんできたことをそのまま言葉にした。
「実は、俺の働く料理屋エルフィンは、たちの悪い金貸しからお金を借りています。金貸しは、奴隷商とつながっており、このままでは母と子が奴隷として売られてしまいます」
「母と子というのは、あの二人ね」
「そうです。金貸しは、ひどく高い金利で金を貸し、簡単には返せないようにしているのです。世の中には、同じようにお金を借りて苦しんでいる人がたくさんいます。どうかローラ姫、そういう人たちを救って頂けませんか? それが、私の望みです」
ローラ姫は歩く速度をゆるめて俺の話を聞いていた。
しばらくの沈黙のあと、こう言った。
「わかりました。運命が変わり、私が死なずにすむのなら、必ずやあなたの望みを叶えてみせましょう」
「ありがとうございます」
「エルフィンにお金を貸している金貸しの名前を教えてもらえませんか?」
「クローといいます」
「クローね。よく覚えておきます」
話が終わると、ローラ姫はミナエと同じ笑顔を見せ、一人で城の中へと戻っていったのだった。
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