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第31話 ローラ姫を狙う魔道士

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 女性は俺の手を引き、口元をゆるめながらスッとホールの中央へと移動していく。
 ダンスなどしたことのない俺は、どうしていいか分からずに、女性に手を引かれて付いていくしかなかった。
 ローラ姫とパルマ王子の姿が目に入ってきた。その時だった。俺の手を引いていた女性の笑顔が消えた。
 不吉な予感がしたのも束の間、女性は俺の手を離すと、くるりと背中を向け、走りはじめた。その動きは早く、向かう先にいるのはローラ姫に間違いなかった。
 反射的に俺は叫んだ。

「アーク、あの女だ! あの女がローラ姫の命を狙う魔道士だ!」

 アークは俺の声がはっきりと聞こえているに違いないのだが、特に慌てた様子もなく周囲を見渡すばかりだった。きっと、俺の予測など、最初から信じていなかったのだろう。緊張感のない顔をしている。

「アーク、お前のすぐそばにいる緑色のドレスを着た女が、姫の命を狙っている魔道士だ!」

 俺の声でアークは首を左右に振り周囲を見渡すが、魔道士の姿を捕らえることはできていない。

 そんな中で、緑のドレスを着た女は、ローラ姫の目の前まで迫ると、さっと両手を広げた。右手が輝き始めたかと思うと、瞬時に赤い魔法陣を描き始めた。かなりの熟練者なのだろう。あっという間に二重の線で描かれた魔法陣が激しく光り始めた。
 この時になってようやくアークも異変に気づいたようだった。慌ててローラ姫のもとに駆け寄ろうとしている。
 しかし、気付くのが遅すぎた。
 魔道士の女は、魔法陣を操りながら「スピア」と叫んだ。そして次の瞬間、炎の矢をローラ姫に向けて投げつけたのだった。

 ゲームのシナリオでは、ここで勇者アークがその矢を盾で防ぐことになっている。
 けれど、それはあくまで救出に成功した際の筋書きだった。
 今のアークは、盾で防ぐどころか、ローラ姫に近づくことさえできていない。

 これでは、失敗の筋書きになってしまっている。
 このままだと、ローラ姫の命はない。

 俺がそう思った時、「うっ」という短い声が聞こえてきた。ローラ姫の声だった。
 それと同時に、赤い矢で胸を撃ち抜かれたローラ姫が、ホールの床に崩れるようにして倒れていくのが見えた。

「キャー!」
 人々の悲鳴がホールいっぱいに響き渡った。

 騒然とした中、俺は自分の頭に血が上るのを感じていた。姫に迫りくる危険を感じながらも、何もできなかった自分が情けなかった。いや、情けなさを通り越し、ただただ腹立たしかった。
 そんな中で、勇者アークの声が聞こえてきた。

「やったぞ、無事にローラ姫を襲った魔道士を取り押さえたぞ」

 何が無事だ!
 今この状況で、無事という言葉を使うアークに対し、無性に腹が立ってきた。アークと恋人になるはずだった女性が死のうとしているのだ。勇者アークは、このイベントでローラ姫を救うはずだったのだ。そのアークが、無事に魔道士を取り押さえたと喜んでいる。
 怒りと混乱で息が詰まりそうだった。

 倒れているローラ姫に、すぐさま王宮医師団らしき人たちが駆けつけてきた。
「誰か、すぐに回復術師を連れてきてくれ! ゼルーダ様を連れてくるんだ!」
 そんな声が響く中、長いあごひげを生やした男が足早にローラ姫のもとに近づいてきた。慌てふためく人たちの中で、男は落ち着き払いながら、姫の横に屈んだ。

「ゼルーダ様、お願いします。あなたの回復術でどうか姫を救ってください」

「うむ」
 ひげの男はそう短く返事をすると、自分の右手を頭上に掲げた。すると開いた右手が白く輝き始めた。

 俺の横に立つ男が、独り言のようにボソリとつぶやいた。
「あのお方は、宮廷一の使い手、S級魔道士であるゼルーダ様だ。あのお方なら、ローラ姫を救うことができるかもしれない」

 そのS級魔道士のゼルーダは、白く光らせた手のひらを、ローラ姫の胸へとかざし始めた。ちょうど、炎の矢で射抜かれている部分だ。

「ハァー!」

 ゼルーダが声を上げ、会場中の人たちがその様子をじっと見守っていた。
 しかし、いつまで経っても、ローラ姫が元気を取り戻す様子はみられない。

「こんな状態では、もう手遅れかもしれぬ」
 そうゼルーダはつぶやいた。

「何が手遅れだ!」
 俺は叫んだ。声が震えていた。
「そんな回復術では駄目だ! そこをどいてくれ!」
 もう冷静でいることなどできずにいた。
 気がつくとローラ姫の横まで駆け寄り、ゼルーダの体を押しのけていた。

「なんだ貴様は!」
 横に押しのけられたゼルーダが俺を睨みつけた。

「どいてくれ! 邪魔なんだ!」

「ゴブリンの分際で、何を言うか! 無礼にも程があるぞ!」

「今、あなたと争っている暇はない。俺が回復術をかける。さっさとどいてくれないか!」
 
「ゴブリンが回復術だと! 笑止千万なことを申すな! この私の回復術をもってしても手遅れな状態なんだぞ。貴様ごときに何ができるか!」

 もう猶予はない。
 騒ぐゼルーダを無視すると、俺は自分の両手のひらを眼前に置いた。

 間に合ってくれ!
 そう念じながら、心のなかで『ハイパーヒール』と唱える。
 唱えながら、不安がよぎる。
 もし、今回も俺の体力が足りなかったら、その時点で何もかもが終わりだ。
 そう思った矢先だった。
 頭の中でコマンドが開いた。

『ハイパーヒールを使用しますか?』

 運がいい。体力は残っていたのだ。
 そう思いながら、すかさず『はい』と念じる。

 俺の両手が銀色に輝き出した。
 それを見たゼルーダが唖然としながらつぶやいた。
「この色の輝きは! まさか、ハイパーヒール?」

 幸運よ、どうか続いてくれ!
 俺はそう祈りながら、銀色に輝く手をローラの、いやミナエの胸に当てたのだった。
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