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第29話 ゴブリンが作ったのか

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 これから始まる晩餐会は、重要なイベントの一つだった。
 表向きは、隣国のパルマ王子が招待され、ルアンダ国王やローラ姫をはじめとする王族や貴族たちが集まる食事会である。
 しかし実際のところ、この晩餐会はローラ姫とパルマ王子のお見合いでもあるのだ。ルアンダ国王は、隣国の第三王子を婿に取り、ゆくゆくはローラ姫にこの国の実権を移したいと考えていたのだ。

 食事の後は、皆でダンスを踊ることになっていた。
 そのダンスの際、お見合いの当事者であるローラ姫とパルマ王子は、仲睦まじく踊る段取りになっている。
 そして、ゲームの重要イベントである今回の暗殺未遂事件は、このダンスの際に起こるよう仕組まれている。
 招待客に紛れた他国の魔道士が、ローラ姫に近づき、至近距離から攻撃魔法をしかけるのだ。
 けれど、真っ先に異変を感じた勇者アークが、暗殺者の魔法を盾で防ぎ、自慢の剣で魔道士を逆に斬りつける。
 これが、正規のストーリーだった。

 俺はもちろん、アークがローラ姫を守ることを願っていた。なにしろ、アークがシナリオ通りにローラ姫を守らなければ、その場で姫は死んでしまうのだから。

 けれど、このイベントのおかげで、ローラ姫の心はパルマ王子から離れていき、勇者アークへと傾いていく。そして、二人は恋人同士になってしまうのだ。

 俺の心は複雑だった。

 そんなことを考えながら料理の準備をしていると、特製サラダが出来上がった。もちろん、すべてを俺が作ったわけではない。サラダの見本を示し、あとはコザックを始めとした料理人たちが、俺の指示通り、同じように作ったのだ。

 招待客の人数分、調理台の上にずらりとサラダが並べられている。その全てに、俺の作り上げた特製ドレッシングがかかっていた。

「さあ、始めよう! サラダを出してくれ!」
 料理人たちに指示を出した。

「分かりました!」
 コザックが元気よく返事をし、厨房のみんなが慌ただしく動き出した。カウンターの上に、サラダの置かれたトレーが並べられた。
 そして、そのトレーを、今度は給仕たちが慎重に運んでいく。

 俺の料理は、皆さんに受け入れられるのだろうか。

 そんなことを思いながら、運ばれていくサラダを眺めていた。
 けれど、ゆっくりとしている暇などなかった。
 次は、メインのスパゲッティを準備する必要がある。
 丁度いいタイミングで麺を茹でて、熱々の状態で皆さんに提供しなければならない。

 調理場の端には、いくつもの大きな寸胴が並べられ、寸胴の中では塩の入った水が沸騰している。

 給仕がサラダの皿を回収し始めた。すべての皿が、わずかな食べ残しもなく、きれいな状態で戻ってきた。

 どうやら、ドレッシングの味は気に入ってもらえたようだ。

「さあ、スパゲッティの麺を茹で始めよう!」
 俺は、料理人たちに向かい、声を上げた。気持ちが高ぶっていたのか、声が少し上ずってしまった。

 その後も、皆で協力しながら料理を作り続け、メインのスパゲッティーを出し終わった後のことだった。
 給仕がこんなことを言ってきた。

「ゴブマールさんを晩餐会場にお連れするようにと、ローラ姫が仰られています」

 どういうことだろうか。
 スパゲッティーの味が、気に入らなかったのだろうか。

 不安になりながら、言われるがまま、会場へと向かった。給仕が大きな扉を開き、俺は明るいホールへと足を踏み入れた。
 すると、一斉に出席者である貴族たちの目が俺へと向けられた。そして、こんな言葉が漏れ聞こえてきた。

「なんだ? なんであんな小汚いゴブリンが、こんな所にいるんだ?」

「このような席で、場違いなモンスターだな」

「早くここから出て行ってくれないかしら」

「同じ空気を吸っていると思うと、ぞっとする」

 そんな言葉がささやかれる中、すっとローラ姫が席から立ち上がった。

 俺への中傷が聞こえてくる会場で、ローラ姫から料理が不味いなどと言われてしまったら、簡単には回復できないほどに落ち込みそうだ。

 ローラ姫は、俺をじっと見ながら口を開いた。

「この方が、今日の料理、スパゲッティーを作ってくださいましたゴブマールさんです」

「えっ?」
 声が上がり、その後、会場は静まり返った。

 ローラ姫は嬉しそうな顔で話を続けた。
「皆さん、お味はどうでしたか? 実は、今回の料理をゴブマールさんにお願いしたのは、私なのです」

「ローラ姫が、こんなゴブリンに料理を……」

「でも、味は確かに良かった」

「食べだしたら手が止まらなくなる料理だ」

「けれど、ゴブリンは下等なモンスターのはず。人間より味覚が発達しているわけが……」

 そんなつぶやきを尻目にして、ローラ姫は俺に尋ねた。

「さあ、ゴブマールさん。最後のデザートは何を食べさせてもらえるのかしら」

「はい。プリンというデザートをご用意しています」

「それは、どのようなものですか?」

「卵を使ったデザートで、冷やして食べるものでございます」

「冷やして食べるとは、珍しいですね。期待していますので、さっそく持ってきて頂けますか?」

「わかりました」
 俺はそう答えると、後ろに控えていた給仕に言った。
「すでに作ってあるプリンを、ここに持ってくるようにコザックに伝えてくれ」
 その言葉を聞いた給仕は、一礼してすばやく会場から出ていった。

「冷たいデザートだなんて、まさか人間が食べられないものをだしてくるんじゃないだろうな」
「何しろ、あいつは野蛮な生き物だからな」
 まだそんな声が、ヒソヒソと聞こえてくる。
 そんな中で、プリンを載せたトレーを持つ給仕たちが、会場に現れたのだった。
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