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第24話 ローラ姫とアーク
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武器屋を出て、足早に歩く人たちの間をすり抜け、俺はエルフィンへと戻った。アデレードさんが掃除をする中、スパゲッティーの下ごしらえを始めた。
冒険者登録し、魔道士としてパーティーに参加すれば、大金が稼げるかも知れない。そんな武器屋店主の言葉に、俺の心は揺れ動いていた。けれど、まずは今進めている新メニューのスパゲッティーで、この料理屋を黒字にするほうが大切だとも思えてくる。
一か八かの冒険者より、地道に料理を作って稼ぐ道が俺には合っている。
結局は、そんな結論に至った。そして、いつものように開店準備を始めた。
昨日は一人もお客が来なかったが、今日のエルフィンは違うはずだ。店先に、堂々と『王宮御用達店・ローラ姫ご推奨メニュー、スパゲッティーを是非ご賞味ください』と書いた看板を掲げたのだ。
俺は、期待に胸を膨らませながら、たくさんのお客が押し寄せてもいいように、食材の準備を充分に行っていた。小麦で作った麺はいつもの十倍は用意した。
しかし、期待通りに事は運ばないものである。
十一時に店をオープンし、三十分経過したが、お客は一人も入らなかったのだ。
店を繁盛させることは、そんなに甘いものではなかったようだ。
アデレードさんの料理の腕は、決して褒められたものではない。おそらく俺が来る前までのエルフィンの評判は、芳しくなかったに違いない。それに加えて、新しく来た料理人は、人間ではなくゴブリンなのだ。ますます悪い評判がたっているのかもしれない。
そんなことを考えていた時、エルフィンのドアがカランと鳴り、一組の男女が入ってきた。
女性はひと目見て誰だか分かった。見間違えるはずがない、長い黒髪が肩までウエーブしているローラ姫だったのだ。愛くるしい笑顔がミナエそのものだ。
しかし、ローラ姫の隣にいる男は初めて見る顔だった。年はまだ若く、俺と同じくらいだろうか。光り輝く薄手の鎧を身につけ、腰には宝石が散りばめられた剣を装備していた。
そんな二人、特にローラ姫が店に入ってきたからだろう、エルフィンの入り口には早くも中を覗こうとする人だかりが出来始めている。ただ、王宮の護衛兵がドアの前で立ちふさがっているため、一人として店に入ってくることは出来ずにいる。
ローラ姫はエルフィンの安っぽい丸椅子に座った。特に嫌がる素振りもなく平気で座ったのだ。
「こんにちは、ゴブマールさん。あのときのスパゲッティーの味が忘れられなくて、店に来てしまいました」
ニコッと笑う時にできる右エクボの位置までミナエと同じだった。
「アーク、あなたもここに座って」
俺はローラ姫の言葉に愕然とした。
ハッピーロードでアークと呼ばれる男は一人しかいない。
そう、勇者アークだ。
ということは、この目の前にいる男こそ、ハッピーロードの主人公だというのか。
「ゴブマールさん、紹介するわ。ここにいるアークはね、王宮護衛隊の隊長でSランク冒険者でもあるのよ。そしてアークは、どんなモンスターからも私を守ってくれる、私の守り神なの」
守り神……。
守り神なわけがない。
ゲームのシナリオはこうだ。
今にも魔王の手によって殺されかけている勇者アークを、ローラ姫が自分の身を投げ出し守ろうとする。そして、アークの身代わりとなって、ローラ姫は魔王に殺されてしまうのだ。そのローラ姫の死を目の当たりにして、アークが覚醒し、魔王を倒すというのが、このゲームの筋書きである。
このままローラ姫がアークと関わりを持ち続ければ、必ずや姫は死んでしまう。
またあのときのように、ミナエは若くして死んでしまうことになるのだ。
そのような結末、許されるはずがない。
なんとかして、ゲームのシナリオを書き変えなければならないのだが、答えは見つからない。
何しろ、世界中のゲーマーたちが、ローラ姫の死を免れるようにプレイしているのだが、未だ誰一人として達成できずにいるのだから。
俺の思いとは裏腹に、ローラ姫は無防備な笑顔でこう言った。
「あー、おいしい! スパゲッティー、本当に忘れられない味だわ。ねえアーク、あなたはどう思う?」
「不思議な食べ物ですね。はじめての味です。私は味音痴なので、うまく表現できませんが、おいしいということだけはわかります」
「おいしいと分かれば、それで充分よ。それ以上の賛辞はないわ」
ローラ姫とアークの二人を見ていると、以前のミナエと俺がだぶって見えた。
ミナエはよく、俺の作ったスパゲッティーをおいしいと言ってくれた。俺はアークと違って決して味音痴ではないのだが、そんな俺にミナエは料理の味を「どう思う?」とよく聞いてきたものだ。
目の前に、あの時と同じミナエがいる。事故で亡くなってしまい、もう二度と会うことはないと思っていたミナエが目の前にいる。
昔みたいに、一つのテーブルで料理を食べ、また二人で話ができればどんなに幸せなことだろうか。
しかし、俺は今、醜いゴブリンで、一方ミナエはこの国の姫であり、最後は死んでしまう悲劇のヒロインなのだ。
俺たちが昔のように付き合える可能性はゼロと言ってよかった。
ローラ姫は今、アークと二人で会話をしながらスパゲッティーを食べている。
それもそのはずである。ハッピーロードでは、ローラ姫とアークは恋人となる設定なのだ。二人の表情を見ていると、順調に関係を深めているようだ。
このままだと、ゲームのシナリオ通りになってしまう。シナリオの先に待っていることは……。
何とかしなければならない。
俺は、金髪に青い目をした勇者アークの顔を 唇を噛みながらそっと睨みつけた。
冒険者登録し、魔道士としてパーティーに参加すれば、大金が稼げるかも知れない。そんな武器屋店主の言葉に、俺の心は揺れ動いていた。けれど、まずは今進めている新メニューのスパゲッティーで、この料理屋を黒字にするほうが大切だとも思えてくる。
一か八かの冒険者より、地道に料理を作って稼ぐ道が俺には合っている。
結局は、そんな結論に至った。そして、いつものように開店準備を始めた。
昨日は一人もお客が来なかったが、今日のエルフィンは違うはずだ。店先に、堂々と『王宮御用達店・ローラ姫ご推奨メニュー、スパゲッティーを是非ご賞味ください』と書いた看板を掲げたのだ。
俺は、期待に胸を膨らませながら、たくさんのお客が押し寄せてもいいように、食材の準備を充分に行っていた。小麦で作った麺はいつもの十倍は用意した。
しかし、期待通りに事は運ばないものである。
十一時に店をオープンし、三十分経過したが、お客は一人も入らなかったのだ。
店を繁盛させることは、そんなに甘いものではなかったようだ。
アデレードさんの料理の腕は、決して褒められたものではない。おそらく俺が来る前までのエルフィンの評判は、芳しくなかったに違いない。それに加えて、新しく来た料理人は、人間ではなくゴブリンなのだ。ますます悪い評判がたっているのかもしれない。
そんなことを考えていた時、エルフィンのドアがカランと鳴り、一組の男女が入ってきた。
女性はひと目見て誰だか分かった。見間違えるはずがない、長い黒髪が肩までウエーブしているローラ姫だったのだ。愛くるしい笑顔がミナエそのものだ。
しかし、ローラ姫の隣にいる男は初めて見る顔だった。年はまだ若く、俺と同じくらいだろうか。光り輝く薄手の鎧を身につけ、腰には宝石が散りばめられた剣を装備していた。
そんな二人、特にローラ姫が店に入ってきたからだろう、エルフィンの入り口には早くも中を覗こうとする人だかりが出来始めている。ただ、王宮の護衛兵がドアの前で立ちふさがっているため、一人として店に入ってくることは出来ずにいる。
ローラ姫はエルフィンの安っぽい丸椅子に座った。特に嫌がる素振りもなく平気で座ったのだ。
「こんにちは、ゴブマールさん。あのときのスパゲッティーの味が忘れられなくて、店に来てしまいました」
ニコッと笑う時にできる右エクボの位置までミナエと同じだった。
「アーク、あなたもここに座って」
俺はローラ姫の言葉に愕然とした。
ハッピーロードでアークと呼ばれる男は一人しかいない。
そう、勇者アークだ。
ということは、この目の前にいる男こそ、ハッピーロードの主人公だというのか。
「ゴブマールさん、紹介するわ。ここにいるアークはね、王宮護衛隊の隊長でSランク冒険者でもあるのよ。そしてアークは、どんなモンスターからも私を守ってくれる、私の守り神なの」
守り神……。
守り神なわけがない。
ゲームのシナリオはこうだ。
今にも魔王の手によって殺されかけている勇者アークを、ローラ姫が自分の身を投げ出し守ろうとする。そして、アークの身代わりとなって、ローラ姫は魔王に殺されてしまうのだ。そのローラ姫の死を目の当たりにして、アークが覚醒し、魔王を倒すというのが、このゲームの筋書きである。
このままローラ姫がアークと関わりを持ち続ければ、必ずや姫は死んでしまう。
またあのときのように、ミナエは若くして死んでしまうことになるのだ。
そのような結末、許されるはずがない。
なんとかして、ゲームのシナリオを書き変えなければならないのだが、答えは見つからない。
何しろ、世界中のゲーマーたちが、ローラ姫の死を免れるようにプレイしているのだが、未だ誰一人として達成できずにいるのだから。
俺の思いとは裏腹に、ローラ姫は無防備な笑顔でこう言った。
「あー、おいしい! スパゲッティー、本当に忘れられない味だわ。ねえアーク、あなたはどう思う?」
「不思議な食べ物ですね。はじめての味です。私は味音痴なので、うまく表現できませんが、おいしいということだけはわかります」
「おいしいと分かれば、それで充分よ。それ以上の賛辞はないわ」
ローラ姫とアークの二人を見ていると、以前のミナエと俺がだぶって見えた。
ミナエはよく、俺の作ったスパゲッティーをおいしいと言ってくれた。俺はアークと違って決して味音痴ではないのだが、そんな俺にミナエは料理の味を「どう思う?」とよく聞いてきたものだ。
目の前に、あの時と同じミナエがいる。事故で亡くなってしまい、もう二度と会うことはないと思っていたミナエが目の前にいる。
昔みたいに、一つのテーブルで料理を食べ、また二人で話ができればどんなに幸せなことだろうか。
しかし、俺は今、醜いゴブリンで、一方ミナエはこの国の姫であり、最後は死んでしまう悲劇のヒロインなのだ。
俺たちが昔のように付き合える可能性はゼロと言ってよかった。
ローラ姫は今、アークと二人で会話をしながらスパゲッティーを食べている。
それもそのはずである。ハッピーロードでは、ローラ姫とアークは恋人となる設定なのだ。二人の表情を見ていると、順調に関係を深めているようだ。
このままだと、ゲームのシナリオ通りになってしまう。シナリオの先に待っていることは……。
何とかしなければならない。
俺は、金髪に青い目をした勇者アークの顔を 唇を噛みながらそっと睨みつけた。
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