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第19話 城の厨房
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王宮の厨房は、クリスタルソロス城の二階に配置されていた。広い造りで、二十人近くもいる料理人たちがせわしなく作業している。どこの厨房もそうなのだが、ゆったりとした雰囲気など全くない。
アジルサは俺に一人の料理人を紹介した。背が高く、まだ若い男だった。
「今日、ゴブマールさんの助手をしてもらう副料理長のコザックだ」
「よろしくお願いします」
俺はコザックに対し、頭を下げた。
けれど、コザックは、俺を一瞥すると挨拶も返さずそっぽを向いてしまった。
「おい、コザック、今日は大切な食事会なんだ。よろしく頼むぞ」
「はい、料理長、よく分かっています。けれど、俺がなぜこんなゴブリンの料理につき合わなければならないのですか。こんなやつに頼らなくても、俺の創作料理で王族の皆様は満足してくれるはずです」
「まあ、そう言うな。お前の腕は誰もが認めている。ただ、今日だけは、このゴブマールさんと一緒に、スパゲッティーという新しい料理を作ってくれないか」
「わかりましたよ。料理長が言うなら従いますよ」
「じゃあ、頼んだぞ」
そう言うと、料理長のアジルサはその場を離れてしまった。どうやらアジルサは、包丁を握るつもりは無いようだった。
「おい、ゴブリン、聞いたこともない怪しげな料理、確かスパゲッティーとか言ったな。それをこれから作るのは、副料理長のこの俺だ。お前は、作り方だけ俺に伝えろ。あとはこちらですべてやるから」
散々な言いようだった。最初から俺のことが気に食わないらしい。
でも、そんな話に俺も黙って従うわけにはいかない。
「いや、料理は俺が作ります。それこそコザックさんは、材料と調理道具の場所を伝えてくれるだけでいい。いっさい手出しは無用ですから」
「なんだと! おいゴブリン、お前本当に料理ができるのか? なんならこの玉ねぎを切ってみろ!」
コザックが、調理台の上に玉ねぎを載せ、その横に包丁を置いた。
俺は黙って調理台の前に立つ。
すると、調理場にいた二十人ほどの料理人の視線が一斉にこちらへと向けられた。
まず玉ねぎの皮を向き、芯をとる、半分に切り、縦と横に三本ずつ切り目を入れる。左手で玉ねぎを固定すると、指の第二関節に包丁を当て、すばやく包丁を叩くように往復させた。
「す、すごい。簡単にみじん切りが出来ている」
近くで様子を見ていた料理人が声をあげた。
「しかも、こんなに早くできるなんて。見たことのない新しい技術だ」
「さあ、どんどん玉ねぎを持ってきてくれ。一つくらいでは足りないよ」
俺は、このまま料理を続けることにした。
周りの料理人たちも、俺の包丁さばきを見て、俺の腕を認めざるえない様子だ。
ただ、隣りにいるコザックだけは、悔しそうな顔をして調理する俺の様子を見つめていた。
「きのこ類も同じように刻んでいく」
俺は距離を置いて立つコザックに声をかけた。
「手伝ってくれないか、副料理長」
「あ、ああ」
そう答えたコザックも、包丁を持ち、複雑な顔をしながら、きのこ類を小さく刻んでいく。
その包丁さばきを見て、すぐに分かった。
やはり、このハッピーロードの世界では、料理という分野はまったく発達していない状況なのだ。コザックにしても、他の料理人にしても、小学生が包丁を持ったような切り方しかできないのだ。
それでもコザックは、この世界では腕のいい料理人なのだろう。ゆっくりとだが、丁寧にきのこ類を刻んでいる。
「肉は筋を切ってから使うから」
「筋を切るとはどういうことだ?」
このころになると、コザックも俺の腕を認めたようで、素直にわからないことを聞いてきた。
「この豚肉の赤みと脂身の間の線を、縦に切り込みを入れるんだ。そうすると肉が縮まずに焼けるんだ」
実際焼いてみると、その通りになる。肉の姿を見て、コザックは口をぽかんと開けていた。そして、つぶやいた。
「こんな調理方法、見たことも聞いたこともない。いったいこれはどこで学べる技術なんだ?」
「俺のいた国で学んだことだよ。だから、何も特別なことをしているのではなくて、知識さえあれば誰でもできる方法なんだ」
コザックは一旦視線を逸してから、改めて俺の顔を見た。
「俺でもできるのか?」
「もちろん。コザックさんは、きっと良い料理人になるよ。俺は自分のいた国で、いろいろな料理人を見ているので分かるんだ。あなたの丁寧で器用な手付きなら、すばらしい料理人になれる才能があるよ。なんなら、俺の知っている知識を、教えてあげてもいいよ」
「本当か」
「ああ、ただそれには、今日の食事会を絶対に成功させる必要があるんだ。成功しないと俺の店に未来はないのだから。だからコザックさん、今日一日、あなたの力を貸してくれないか」
「もちろんだ。あんたが俺の知らない知識を持ったすごい料理人だということはよく分かった。今日の食事会が成功するように、俺もしっかりと協力させてもらうよ」
いつの間にかコザックは、輝くような明るい表情を俺に向けてくれていた。
※ ※ ※
コザックの協力もあり、王宮食事会で思った通りのスパゲッティーを出すことができた。
食事会も終盤となった時、俺はアジルサに声をかけられた。
「ルアンダ国王が私を呼んでいる。ゴブマールさんも一緒に作った料理人として紹介するので付いてきてくれるか」
俺はホッとした。どうやら、アジルサは約束を忘れていないようだった。
らせん状の階段を登り、見晴らしの良いバルコニーの横を抜けると、王宮ダイニングルームにつながっていた。
そこに、ルアンダ国王と一人娘のローラ姫、それ以外に十人ほどがテーブルを囲んでいた。彼らは公爵家の人たちだろう。
彫刻が施された椅子に座る人たちは、皆きらびやかな服装で自分たちを着飾っていた。ローラ姫も先ほどの質素な服装とは違って、透けて通るような生地で作られた水色のドレスを着ていた。
「アジルサ、素晴らしい料理だったぞ。この料理はお前が作ったのか」
ルアンダ国王が微笑みながら聞いてきた。
「はい。私が丹精を込めて作った料理であります」
「で、その横にいるゴブリンは誰なんだ?」
「この者は、ゴブマールと申します。今回の料理の助手を務めました」
俺は、アジルサの『助手』という言葉に引っかかった。助手なら、俺が作ったことにならないのではないか。
国王の横に座るローラ姫が口を開いた。
「アジルサ料理長、少し料理で悩んでいる時期があると聞きました。でも、このような素敵で、しかも食べたことのない料理を作ることができるなんて、もう何も心配することはありませんね」
「はい。このスパゲッティーという料理は、私が悩みに悩んで開発した新メニューでございます。これからも皆様には、料理長であるアジルサの料理を楽しんでいただければと思います」
ここまで聞いて、分かった。
アジルサは、あくまでスパゲッティーを自分で作ったものにしたいらしい。しかし、それでは、エルフィンの将来はどうなるのだ。俺の頭の中に、アデレードさんとミルの姿が浮かんできた。
アジルサは俺に一人の料理人を紹介した。背が高く、まだ若い男だった。
「今日、ゴブマールさんの助手をしてもらう副料理長のコザックだ」
「よろしくお願いします」
俺はコザックに対し、頭を下げた。
けれど、コザックは、俺を一瞥すると挨拶も返さずそっぽを向いてしまった。
「おい、コザック、今日は大切な食事会なんだ。よろしく頼むぞ」
「はい、料理長、よく分かっています。けれど、俺がなぜこんなゴブリンの料理につき合わなければならないのですか。こんなやつに頼らなくても、俺の創作料理で王族の皆様は満足してくれるはずです」
「まあ、そう言うな。お前の腕は誰もが認めている。ただ、今日だけは、このゴブマールさんと一緒に、スパゲッティーという新しい料理を作ってくれないか」
「わかりましたよ。料理長が言うなら従いますよ」
「じゃあ、頼んだぞ」
そう言うと、料理長のアジルサはその場を離れてしまった。どうやらアジルサは、包丁を握るつもりは無いようだった。
「おい、ゴブリン、聞いたこともない怪しげな料理、確かスパゲッティーとか言ったな。それをこれから作るのは、副料理長のこの俺だ。お前は、作り方だけ俺に伝えろ。あとはこちらですべてやるから」
散々な言いようだった。最初から俺のことが気に食わないらしい。
でも、そんな話に俺も黙って従うわけにはいかない。
「いや、料理は俺が作ります。それこそコザックさんは、材料と調理道具の場所を伝えてくれるだけでいい。いっさい手出しは無用ですから」
「なんだと! おいゴブリン、お前本当に料理ができるのか? なんならこの玉ねぎを切ってみろ!」
コザックが、調理台の上に玉ねぎを載せ、その横に包丁を置いた。
俺は黙って調理台の前に立つ。
すると、調理場にいた二十人ほどの料理人の視線が一斉にこちらへと向けられた。
まず玉ねぎの皮を向き、芯をとる、半分に切り、縦と横に三本ずつ切り目を入れる。左手で玉ねぎを固定すると、指の第二関節に包丁を当て、すばやく包丁を叩くように往復させた。
「す、すごい。簡単にみじん切りが出来ている」
近くで様子を見ていた料理人が声をあげた。
「しかも、こんなに早くできるなんて。見たことのない新しい技術だ」
「さあ、どんどん玉ねぎを持ってきてくれ。一つくらいでは足りないよ」
俺は、このまま料理を続けることにした。
周りの料理人たちも、俺の包丁さばきを見て、俺の腕を認めざるえない様子だ。
ただ、隣りにいるコザックだけは、悔しそうな顔をして調理する俺の様子を見つめていた。
「きのこ類も同じように刻んでいく」
俺は距離を置いて立つコザックに声をかけた。
「手伝ってくれないか、副料理長」
「あ、ああ」
そう答えたコザックも、包丁を持ち、複雑な顔をしながら、きのこ類を小さく刻んでいく。
その包丁さばきを見て、すぐに分かった。
やはり、このハッピーロードの世界では、料理という分野はまったく発達していない状況なのだ。コザックにしても、他の料理人にしても、小学生が包丁を持ったような切り方しかできないのだ。
それでもコザックは、この世界では腕のいい料理人なのだろう。ゆっくりとだが、丁寧にきのこ類を刻んでいる。
「肉は筋を切ってから使うから」
「筋を切るとはどういうことだ?」
このころになると、コザックも俺の腕を認めたようで、素直にわからないことを聞いてきた。
「この豚肉の赤みと脂身の間の線を、縦に切り込みを入れるんだ。そうすると肉が縮まずに焼けるんだ」
実際焼いてみると、その通りになる。肉の姿を見て、コザックは口をぽかんと開けていた。そして、つぶやいた。
「こんな調理方法、見たことも聞いたこともない。いったいこれはどこで学べる技術なんだ?」
「俺のいた国で学んだことだよ。だから、何も特別なことをしているのではなくて、知識さえあれば誰でもできる方法なんだ」
コザックは一旦視線を逸してから、改めて俺の顔を見た。
「俺でもできるのか?」
「もちろん。コザックさんは、きっと良い料理人になるよ。俺は自分のいた国で、いろいろな料理人を見ているので分かるんだ。あなたの丁寧で器用な手付きなら、すばらしい料理人になれる才能があるよ。なんなら、俺の知っている知識を、教えてあげてもいいよ」
「本当か」
「ああ、ただそれには、今日の食事会を絶対に成功させる必要があるんだ。成功しないと俺の店に未来はないのだから。だからコザックさん、今日一日、あなたの力を貸してくれないか」
「もちろんだ。あんたが俺の知らない知識を持ったすごい料理人だということはよく分かった。今日の食事会が成功するように、俺もしっかりと協力させてもらうよ」
いつの間にかコザックは、輝くような明るい表情を俺に向けてくれていた。
※ ※ ※
コザックの協力もあり、王宮食事会で思った通りのスパゲッティーを出すことができた。
食事会も終盤となった時、俺はアジルサに声をかけられた。
「ルアンダ国王が私を呼んでいる。ゴブマールさんも一緒に作った料理人として紹介するので付いてきてくれるか」
俺はホッとした。どうやら、アジルサは約束を忘れていないようだった。
らせん状の階段を登り、見晴らしの良いバルコニーの横を抜けると、王宮ダイニングルームにつながっていた。
そこに、ルアンダ国王と一人娘のローラ姫、それ以外に十人ほどがテーブルを囲んでいた。彼らは公爵家の人たちだろう。
彫刻が施された椅子に座る人たちは、皆きらびやかな服装で自分たちを着飾っていた。ローラ姫も先ほどの質素な服装とは違って、透けて通るような生地で作られた水色のドレスを着ていた。
「アジルサ、素晴らしい料理だったぞ。この料理はお前が作ったのか」
ルアンダ国王が微笑みながら聞いてきた。
「はい。私が丹精を込めて作った料理であります」
「で、その横にいるゴブリンは誰なんだ?」
「この者は、ゴブマールと申します。今回の料理の助手を務めました」
俺は、アジルサの『助手』という言葉に引っかかった。助手なら、俺が作ったことにならないのではないか。
国王の横に座るローラ姫が口を開いた。
「アジルサ料理長、少し料理で悩んでいる時期があると聞きました。でも、このような素敵で、しかも食べたことのない料理を作ることができるなんて、もう何も心配することはありませんね」
「はい。このスパゲッティーという料理は、私が悩みに悩んで開発した新メニューでございます。これからも皆様には、料理長であるアジルサの料理を楽しんでいただければと思います」
ここまで聞いて、分かった。
アジルサは、あくまでスパゲッティーを自分で作ったものにしたいらしい。しかし、それでは、エルフィンの将来はどうなるのだ。俺の頭の中に、アデレードさんとミルの姿が浮かんできた。
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