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第17話 クリスタルソロス城
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何も見えない真っ暗な深海を漂っている気分だった。
もう、ゲームオーバーなのだろうか。俺はこのまま消えてなくなってしまう運命なのか。
いや、まだやり残したことがある。こんなところで消えてしまってはならないんだ。俺がいなくなってしまったら、アデレードさんやミルはどうなってしまうのだろう。そして、何よりミナエのことが心配でならない。このままでは、ハッピーロードのシナリオ通り、彼女は勇者アークの犠牲となり死ぬ運命にあるのだから。そんな不幸な死に方、ミナエに味わわせることなどできない。耐えられないことだ。
とりあえずこの状態を何とかしなければ。
そう思った俺は、ジタバタと手足を動かしはじめた。すると、何かが手に当たった。次に、どこからか明るい光が目に差し込んできた。ぼんやりしていた頭が、ハッキリしてきた。
視界がひらけた時、まずはじめに自分の手を見た。
誰かが俺の手を握っていた。細くて繊細な指をしている。そのまま腕に目を向けた。つややかな長い腕が見える。そして、首から顔までが見えた。そこにいたのは、アデレードさんだった。そう、アデレードさんが俺の手を握っていたのだ。
「やっと、目が覚めたのね」
アデレードさんが俺を見つめながら声をかけてくれた。
この時になってはじめて気がついた。
俺は今、エルフィンのベッドに横たわっていたのだ。
「ゴブマールさんは、昨日からずっと意識を失っていたの。意識を失ったあなたを、アザドさんがここまで運んでくれたのよ」
「良かった!」
聞き慣れた明るい声が聞こえてきた。この声はミルだ。
「お兄さん、生きていてほんと良かった!」
ミルが満面の笑顔で、俺の体にしがみついてきた。
俺のことを心配してくれている二人の気持ちが伝わってきた。この二人を、不幸にするわけにはいかない。スパゲッティーで王宮の人たちを驚かせ、必ずやエルフィンを繁盛店にしてみせる。借金を返済し、アデレードさんとミルが安心して暮らしていけるように、この店を立て直してみせる。
俺は改めて、そう心に誓ったのだった。
※ ※ ※
一週間が経ち、王宮料理長であるアジルサとの約束の日がやってきた。そうなのである。今日はクリスタルソロス城に行き、王族の皆さんにスパゲッティーを食べてもらう日なのだ。
朝早く、約束どおりにアザドはやってきた。彼の隣には、元気になったマチルダさんが立っていた。
アザドがいてくれれば、俺が留守の間、何かあっても安心できる。
「もう、この国を出る準備が出来たので、明日、マチルダと二人で旅立つ予定だ」
アザドはスッキリとした顔でそう話してきた。
「今日のために、出発が一日延びたのか?」
「いや、そうではない。それにあんたには大きな借りがあるんだ。このくらいのことをして当然だ」
「無理して来てくれてありがとう」
「まあ、何があっても必ずここにいるアデレードさんとミルのことは守るので、あんたは安心しておいてくれ」
「アザドがいてくれたら、こちらも安心して王宮に行ける。まあ、何も起こらないとは思うのだけれど」
「ああ、大丈夫だ。気兼ねなく料理を作ってきてくれ」
そう話していると、何やら店の外が騒がしくなった。
見ると、天蓋付きの大きな馬車がエルフィンの前に停止したのだ。馬車から降り立ったのは、宮廷料理人のアジルサだった。どうやら俺を迎えに来たらしい。
通りに暮らす人々が、物珍しそうに馬車を見つめる中、俺は馬車に乗り込んだ。
作りの良い馬車なのだろう、走り出した時、かなり揺れるだろうと覚悟したが、予想に反して椅子からの振動はほとんど感じなかった。
ただ、乗り心地の良い馬車だったが、俺の心が平穏というわけにはいかなかった。
もし、俺のスパゲッティーが受け入れられなかったらどうしよう。仕方がなかったですむ話ではない。今日の食事会で結果を出さなかったら、エルフィンに未来はない。アデレードさんとミルは、借金のカタとして売られてしまうかもしれないのだ。
そんなことを考えていると、自然と体がこわばってきた。
なので、気持ちを紛らわせるために、アジルサに声をかけた。
「王宮でスパゲッティーを食べていただくのは、誰だか決まっているのですよね」
「ええ。王族と公爵の皆さまにお集まりいただいています」
「ローラ姫もおられるのですか」
「おられます」
「ローラ姫とはどのようなお方なのですか?」
「とても優しく、魅力的な女性です。私が料理のことで落ち込んでいる時に、わざわざ私のところまで来て、励ましの言葉をいただいたことがあります。あのときの言葉は、今でも忘れません」
「どんな言葉をかけてもらったのですか?」
「私が落ち込んでいるとローラ姫はこう言ってくれました。『大丈夫です。あきらめなければなんとかなりますよ』と」
俺は、その言葉を聞いてハッとした。
あのときと同じ言葉だ。
俺がファミレスを解雇され、落ち込んでいる時にミナエがかけてくれた言葉と同じだ。
ミナエはこう言った。
「大丈夫よ。あきらめなければ何とかなるわよ」
そして、その言葉を残して、ミナエはあの世に行ってしまったのだ。
ミナエとローラ姫は間違いなく同一人物だ。
俺はこの時、改めてそう確信したのだった。
「ローラ姫と個人的に話がしたいのですが、そんなことは可能ですか?」
「それは無理です。ゴブマールさんは今日、あくまで料理を作るために来ていただくのです。王族の方々と話すことも、お会いすることもできません」
「なんとか少しでも会えませんか?」
「ローラ姫はみんなに愛されているプリンセスですので、会いたくなる気持ちはわかりますが、こればかりはどうにもなりません」
そんな会話をしていると、馬車のスピードが落ち、ゆっくりと停止した。窓から外を見ると、城の石垣が間近に迫っていた。どうやらクリスタルソロス城に到着したようだ。
客室のドアが外から開かれ、足台が置かれると、まずアジルサが降りた。その後ろから、俺も続いた。緊張で手足が自分のものではないようだった。
もう、ゲームオーバーなのだろうか。俺はこのまま消えてなくなってしまう運命なのか。
いや、まだやり残したことがある。こんなところで消えてしまってはならないんだ。俺がいなくなってしまったら、アデレードさんやミルはどうなってしまうのだろう。そして、何よりミナエのことが心配でならない。このままでは、ハッピーロードのシナリオ通り、彼女は勇者アークの犠牲となり死ぬ運命にあるのだから。そんな不幸な死に方、ミナエに味わわせることなどできない。耐えられないことだ。
とりあえずこの状態を何とかしなければ。
そう思った俺は、ジタバタと手足を動かしはじめた。すると、何かが手に当たった。次に、どこからか明るい光が目に差し込んできた。ぼんやりしていた頭が、ハッキリしてきた。
視界がひらけた時、まずはじめに自分の手を見た。
誰かが俺の手を握っていた。細くて繊細な指をしている。そのまま腕に目を向けた。つややかな長い腕が見える。そして、首から顔までが見えた。そこにいたのは、アデレードさんだった。そう、アデレードさんが俺の手を握っていたのだ。
「やっと、目が覚めたのね」
アデレードさんが俺を見つめながら声をかけてくれた。
この時になってはじめて気がついた。
俺は今、エルフィンのベッドに横たわっていたのだ。
「ゴブマールさんは、昨日からずっと意識を失っていたの。意識を失ったあなたを、アザドさんがここまで運んでくれたのよ」
「良かった!」
聞き慣れた明るい声が聞こえてきた。この声はミルだ。
「お兄さん、生きていてほんと良かった!」
ミルが満面の笑顔で、俺の体にしがみついてきた。
俺のことを心配してくれている二人の気持ちが伝わってきた。この二人を、不幸にするわけにはいかない。スパゲッティーで王宮の人たちを驚かせ、必ずやエルフィンを繁盛店にしてみせる。借金を返済し、アデレードさんとミルが安心して暮らしていけるように、この店を立て直してみせる。
俺は改めて、そう心に誓ったのだった。
※ ※ ※
一週間が経ち、王宮料理長であるアジルサとの約束の日がやってきた。そうなのである。今日はクリスタルソロス城に行き、王族の皆さんにスパゲッティーを食べてもらう日なのだ。
朝早く、約束どおりにアザドはやってきた。彼の隣には、元気になったマチルダさんが立っていた。
アザドがいてくれれば、俺が留守の間、何かあっても安心できる。
「もう、この国を出る準備が出来たので、明日、マチルダと二人で旅立つ予定だ」
アザドはスッキリとした顔でそう話してきた。
「今日のために、出発が一日延びたのか?」
「いや、そうではない。それにあんたには大きな借りがあるんだ。このくらいのことをして当然だ」
「無理して来てくれてありがとう」
「まあ、何があっても必ずここにいるアデレードさんとミルのことは守るので、あんたは安心しておいてくれ」
「アザドがいてくれたら、こちらも安心して王宮に行ける。まあ、何も起こらないとは思うのだけれど」
「ああ、大丈夫だ。気兼ねなく料理を作ってきてくれ」
そう話していると、何やら店の外が騒がしくなった。
見ると、天蓋付きの大きな馬車がエルフィンの前に停止したのだ。馬車から降り立ったのは、宮廷料理人のアジルサだった。どうやら俺を迎えに来たらしい。
通りに暮らす人々が、物珍しそうに馬車を見つめる中、俺は馬車に乗り込んだ。
作りの良い馬車なのだろう、走り出した時、かなり揺れるだろうと覚悟したが、予想に反して椅子からの振動はほとんど感じなかった。
ただ、乗り心地の良い馬車だったが、俺の心が平穏というわけにはいかなかった。
もし、俺のスパゲッティーが受け入れられなかったらどうしよう。仕方がなかったですむ話ではない。今日の食事会で結果を出さなかったら、エルフィンに未来はない。アデレードさんとミルは、借金のカタとして売られてしまうかもしれないのだ。
そんなことを考えていると、自然と体がこわばってきた。
なので、気持ちを紛らわせるために、アジルサに声をかけた。
「王宮でスパゲッティーを食べていただくのは、誰だか決まっているのですよね」
「ええ。王族と公爵の皆さまにお集まりいただいています」
「ローラ姫もおられるのですか」
「おられます」
「ローラ姫とはどのようなお方なのですか?」
「とても優しく、魅力的な女性です。私が料理のことで落ち込んでいる時に、わざわざ私のところまで来て、励ましの言葉をいただいたことがあります。あのときの言葉は、今でも忘れません」
「どんな言葉をかけてもらったのですか?」
「私が落ち込んでいるとローラ姫はこう言ってくれました。『大丈夫です。あきらめなければなんとかなりますよ』と」
俺は、その言葉を聞いてハッとした。
あのときと同じ言葉だ。
俺がファミレスを解雇され、落ち込んでいる時にミナエがかけてくれた言葉と同じだ。
ミナエはこう言った。
「大丈夫よ。あきらめなければ何とかなるわよ」
そして、その言葉を残して、ミナエはあの世に行ってしまったのだ。
ミナエとローラ姫は間違いなく同一人物だ。
俺はこの時、改めてそう確信したのだった。
「ローラ姫と個人的に話がしたいのですが、そんなことは可能ですか?」
「それは無理です。ゴブマールさんは今日、あくまで料理を作るために来ていただくのです。王族の方々と話すことも、お会いすることもできません」
「なんとか少しでも会えませんか?」
「ローラ姫はみんなに愛されているプリンセスですので、会いたくなる気持ちはわかりますが、こればかりはどうにもなりません」
そんな会話をしていると、馬車のスピードが落ち、ゆっくりと停止した。窓から外を見ると、城の石垣が間近に迫っていた。どうやらクリスタルソロス城に到着したようだ。
客室のドアが外から開かれ、足台が置かれると、まずアジルサが降りた。その後ろから、俺も続いた。緊張で手足が自分のものではないようだった。
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