上 下
14 / 55

第13話 お客

しおりを挟む
 俺はエルフィンの入口近くの椅子に座り、じっとお客さんが入ってくるのを待ち続けた。

「そのうちに入ってくるよ」

 アデレードさんやミルにそう声をかけたが、その言葉は自分に言い聞かせているものでもあった。

 入口ドアの前に人が近づき、期待して待つと、その人はあっけなく通り過ぎていく。その繰り返しだった。

「お客さん、早く来ないかな」
 ミルも俺の横でつぶやいた。

「今までもほとんど来なかったし、今日も無理かもしれないわね」
 アデレードさんはあきらめムードだった。

 このままではせっかく仕込んだ食材が無駄になってしまう。じっとしていても、何も状況は変わらない。
 そう思った俺は、意を決してエルフィンの扉を開き、表通りへと出た。

 さあ、勇気を出そう。

 俺はそう念じると、手を叩きながら声を張り上げた。

「いらっしゃいませ! おいしいスパゲッティーはいかがですか!」

 通りを歩く人々は、一瞬俺の声に反応したが、すぐさま視線を戻し、何事もなかったかのように通り過ぎていく。
 そんな中、一人の男が店に近づいてきた。昼間から酔っているのか、赤い顔をしながら、足取りもフラフラしている。
 ただ、人を見た目で判断してはいけない。料理よりお酒に興味があるように見えても、実はグルメだという可能性だってある。
 俺はフラつく男に近づき、声をかけた。
「美味しいお昼ごはんをご用意いたします。よっていかれませんか?」

 男は立ち止まり、じっと俺を見つめた。

「スパゲッティーという新メニューなのです。食べていかれませんか?」

 男はギロリと目を細め俺を睨んできた。そして、血相を変えてこう言った。

「ゴブリンの分際で、人間様に気軽に話しかけるな! 馬鹿野郎!」

 俺は、男の予想外な剣幕に驚いてしまって、何も言い返すことができなかった。

「ふん」
 男はしっかりと俺を睨みつけたあと、フラつく足取りで店の前を通り過ぎていった。

 頭の中に、ぼんやりとした痛みが発生した。心の中が暗くなってきた。

 じっと立ち尽くす俺に、いつの間にか店を出てきたミルが駆け寄ってきた。

「ゴブマールお兄さん、あんな男のこと、気にしたら駄目だよ」

 ミルは優しい子だ。
 でも、こんな小さな子供になぐさめられる俺って。

「ありがとうミル、お兄さんはへこたれないよ。何としてでもエルフィンにお客さんを呼び込んでみせるからね」

 そうは言ってみたが、ゴブリンの俺が店の前に立っていたのでは、気持ち悪がられて人が寄ってこない気もする。

 俺が無害なゴブリンで、腕のいい料理人だとわかるような姿になるにはどうしたらいいのだろうか。
 すぐに思い浮かんできたのは、白く清潔な服に円柱形の帽子だった。
 アデレードさんの亡くなったご主人は料理人だと聞いている。何か、良い仕事着が残ってないだろうか。
 俺は店に戻ると、仕事着についてアデレードさんに聞いてみた。

「私たちは貧しい料理屋でしたので、格好良い服はございませんが、こんなものでしたら」
 そう言って持ってきたのは着古した白いコックコートだった。
 確かに高価な感じは一切しないが、真面目に働いてきたであろう、持ち主のエネルギーが伝わってきた。

「大切に使いますので、お借りしてもいいですか?」

 アデレードさんは、俺の言葉に目を細めると、さっとそのコックコートを渡してきた。
 お借りしたコックコートを着ると、俺の気持ちが生き返った。先ほどまでは、怒声を浴びたこともあり、心が萎れてしまっていた。けれど、今は心機一転、料理人としての活力が湧いてくる、
 店の前の大通りに出た俺は 改めて呼び込みを始めた。

 よし、絶対にお客さんを呼び込んでみせる。

 しかし、その思いとは裏腹に、幾人に声をかけても、店に興味を示す人は現れなかった。みんな、俺の声を無視して、中にはあからさまに嫌な顔をしながら、無言で通り過ぎていくのだ。

 もうだめだろうか、そう諦めてきた時、いかにも高級そうな 絹の素材でできた光沢ある服を着た男が通りかかった。口ひげまで生やしている風ぼうから、貴族なのかもしれないと思った。

 おそらく、こんなお金持ちは、庶民料理など興味を示さないに違いない。そう思いながらも、当たって砕けろの精神で話しかけてみた。

「スパゲッティという新メニューを作ったのですが、是非ご賞味いただけませんか?」

 男は不思議そうに首を傾げ、俺の姿を眺めていた。

「そのスパゲッティーとかいう料理は、あなたが作ったのですか?」

「はい」
 そう答えながら、やっぱり駄目かと覚悟した。ゴブリンの作る料理など、気持ち悪くて食べられないと思われている気がした。

 しかし男は予想外の反応をした。

「そうか、聴いたこともない料理で、しかもゴブリンが作ったというわけか。少し怖い気もするが、面白い、食べてみるか」

 俺が店の中に男を招き入れると、「いらっしゃいませ!」と元気なミルの声が飛んできた。
 アデレードさんも「ようこそいらっしゃいました。さあ、こちらのテーブルへどうぞ」と落ち着いた声でお客さんを案内した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

王妃となったアンゼリカ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:130,008pt お気に入り:8,633

【完結】前世の因縁は断ち切ります~二度目の人生は幸せに~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:61,741pt お気に入り:4,587

私の夫が未亡人に懸想しているので、離婚してあげようと思います

恋愛 / 完結 24h.ポイント:29,422pt お気に入り:2,047

【連載版】婚約破棄ならお早めに

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:34,151pt お気に入り:3,645

婚約破棄されたので、被害者ぶってみたら国が滅びた

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,427pt お気に入り:2,820

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:219,952pt お気に入り:6,632

魔眼の守護者 ~用なし令嬢は踊らない~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:106pt お気に入り:3,948

処理中です...