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第10話 決着
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アザドの攻撃で、俺は地面に叩きつけられた。ただ、ブロックが斧の直撃を防いでくれたお陰で、致命傷を負わずにすんでいる。
また、頭上から攻撃を仕掛けてくるはずだ。
地面に倒れている俺は、とっさにそう感じた。そして、何も確認せずに俺の身体を守るように背中へとブロックを移動させた。
ガンと鈍い音がしたが、身体を傷つけられることはなかった。
勘が当たっている。どこから攻撃を受けるのか、感覚でわかっている。
すぐに起き上がりアザドとの距離をとった。
戦闘初心者の俺が、経験豊富であろう戦士の攻撃をなんとかしのいでいる。
昨日はあれだけコントロールが難しかったブロックを、今日はちゃんと意図したところへ移動し、アザドの攻撃を防いでいる。
どういうことだろうか?
俺はモブキャラのはずだが、冒険者崩れの戦士と互角に渡りあえるだけの能力を身につけているというわけか。
アザドの目が鋭さを増した。
張り詰めた空気で、息が止まりそうになる。
アザドの身体がスッと消えた。いや、あまりの素早さに目で追えなかったようだ。あの大柄なアザドが、これほどまでの俊敏さを兼ね備えているとは。
常識を超えた速さを前にして、もう盲滅法にブロックで盾を作った。これで防ぎきれなかったら俺は終わりだ。いくらヒールが使えるといっても、首をはねられたとしたらその場で命は尽きてしまうだろう。
だが、そんな心配とは裏腹に、俺はアザドの連続攻撃を、ブロックで完全に防御していた。
相手の攻撃がここに来ると予感めいたものがひらめき、その通りにブロックを移動させると、連続攻撃であろうと容易く防げるのだ。
「うぉーりゃー!」
アザドが腹の底から絞り出すような唸り声をあげた。そして、斧が炎をまといながら赤く輝いた。
瞬時に俺は感じた。
後ろに引いてはやられる。前に出るべきだと。
そのひらめきのとおり、突っ込んでくるアザドに向かい、身体を低く保ちながら足を前に出した。
アザドの上部からの攻撃に備え、ブロックを頭上に配置しようとした時、またしてもひらめいた。
足だ。下半身にスキができている。
ここまで、時間にすると一秒にも満たない判断だった。
俺は頭上に移動しかけたブロックを、すばやく指で方向転換させた。そして、銃を撃つかのように、ブロックをアザドの足にぶつけていった。
ドン!
足にブロックが激突した瞬間、低くて鈍い音がした。
アザドはそのまま身体を半回転させ、頭を厨房の床に激しくぶつけた。
「うっ」
短い唸り声のあと、アザドはピクリとも動かずにいる。
「どういうこと」
戦いの様子を後ろで眺めていたクローが、声を震わせた。
「アザドはC級戦士ですよ。ゴブリンが束になってかかっても、勝てる相手ではないはずです。そのアザドが、なぜ」
ふと見ると、アザドの顔面から血が流れ出し、巨大な赤い水たまりを作っていた。その吹き出る血の海は、やがて上半身を覆うまでに広がっていった。
このままなら、アザドは死ぬだろうな。
どうすればいいのか。何かをしなければいけないような気がするが、それが何なのか分からず、じっとその場から動けずにいた。
厨房の壁際でアデレードさんもミルも固まったように立ち尽くしていた。
金貸しのクローに視線を向けると、呼吸を荒くし全身を震わせながら倒れたアザドを凝視している。そして、ゆっくりと顔をあげると、じりじりと足を後ろに出し、俺から距離を取り始めた。
この場から逃げようとしているのだろう。
俺はすかさず声を出した。
「クローさん、借金の返済はもう少し待っていただけませんか?」
「……」
何も答えず、クローは震えながら後ずさりを続けていたが、アザドが壊した作業台の破片に足を引っ掛けると、そのままドスンと尻もちをついた。
俺はクローに近づくため、前に出た。
「ひっ!」
クローが悲鳴にも似た声を上げた。
「クローさん、借金の返済はもう少し待っていただけませんか?」
俺は同じ言葉を繰り返した。
「ま、ま、ま、ま」
クローは舌が回らない様子だったが、大きく息を吸い込みこう言った。
「待ちます。待ちますので、命だけは助けてください」
「よかった。待っていただけるんですね。お金はこの店を繁盛させてお返ししますので、今日のところはお引取り頂いてもいいですか」
「わ、わかりました」
クローはそう言うと、四つん這いになりながら出口の方へと進み、息をハアハアと吐きながら、柱にしがみつき立ち上がった。そしてもつれる足を前に出し、フラフラになりながら小走りで店を出ていったのだった。
なんとか借金返済については、時間を稼ぐことができそうだった。
けれど、あのクローという男、このままおとなしく引き下がるような男にも思えない。アデレードさん親子を守るためには、早いうちに借金を返済しておく必要があるだろう。
そして。
俺は、倒れているアザドにもう一度目を向けた。流れる血液はますます広がり、全身が血の海に浮かんでいるようになっていた。
「この人、死んでいるの?」
ミルが、アザドから目をそらし、小さな声で聞いてきた。
俺は無言でアザドに近づいていった。
別に、この男がここで死のうが俺には関係がない。けれど、アデレードさんやミルは、店の中で人が死ぬと、いい気はしないだろう。
この男をどうすればいいんだ。
そう思っている時だった。
また、あれが起こった。
頭の中でコマンドが開いたのだ。
『ヒールを使用しますか?』
ヒール?
この金貸しの用心棒を回復させるというのか?
俺はアザドを見ながら、この男が今までにしてきたであろうことを考えた。
奴隷商にも繋がっているクローと一緒に、弱い立場の人間を嫌というほど苦しめてきた男なのだろう。これまでの罪を考えると、こんな男は生きる価値などないはずだ。ここでヒールなど使って仮に生き返ることが出来たとしても、また悪の道に進み、人々を苦しめるだけではないのか。
俺はそう感じながら、じっと頭の中に浮かんでいるコマンドの文字を眺めていた。
また、頭上から攻撃を仕掛けてくるはずだ。
地面に倒れている俺は、とっさにそう感じた。そして、何も確認せずに俺の身体を守るように背中へとブロックを移動させた。
ガンと鈍い音がしたが、身体を傷つけられることはなかった。
勘が当たっている。どこから攻撃を受けるのか、感覚でわかっている。
すぐに起き上がりアザドとの距離をとった。
戦闘初心者の俺が、経験豊富であろう戦士の攻撃をなんとかしのいでいる。
昨日はあれだけコントロールが難しかったブロックを、今日はちゃんと意図したところへ移動し、アザドの攻撃を防いでいる。
どういうことだろうか?
俺はモブキャラのはずだが、冒険者崩れの戦士と互角に渡りあえるだけの能力を身につけているというわけか。
アザドの目が鋭さを増した。
張り詰めた空気で、息が止まりそうになる。
アザドの身体がスッと消えた。いや、あまりの素早さに目で追えなかったようだ。あの大柄なアザドが、これほどまでの俊敏さを兼ね備えているとは。
常識を超えた速さを前にして、もう盲滅法にブロックで盾を作った。これで防ぎきれなかったら俺は終わりだ。いくらヒールが使えるといっても、首をはねられたとしたらその場で命は尽きてしまうだろう。
だが、そんな心配とは裏腹に、俺はアザドの連続攻撃を、ブロックで完全に防御していた。
相手の攻撃がここに来ると予感めいたものがひらめき、その通りにブロックを移動させると、連続攻撃であろうと容易く防げるのだ。
「うぉーりゃー!」
アザドが腹の底から絞り出すような唸り声をあげた。そして、斧が炎をまといながら赤く輝いた。
瞬時に俺は感じた。
後ろに引いてはやられる。前に出るべきだと。
そのひらめきのとおり、突っ込んでくるアザドに向かい、身体を低く保ちながら足を前に出した。
アザドの上部からの攻撃に備え、ブロックを頭上に配置しようとした時、またしてもひらめいた。
足だ。下半身にスキができている。
ここまで、時間にすると一秒にも満たない判断だった。
俺は頭上に移動しかけたブロックを、すばやく指で方向転換させた。そして、銃を撃つかのように、ブロックをアザドの足にぶつけていった。
ドン!
足にブロックが激突した瞬間、低くて鈍い音がした。
アザドはそのまま身体を半回転させ、頭を厨房の床に激しくぶつけた。
「うっ」
短い唸り声のあと、アザドはピクリとも動かずにいる。
「どういうこと」
戦いの様子を後ろで眺めていたクローが、声を震わせた。
「アザドはC級戦士ですよ。ゴブリンが束になってかかっても、勝てる相手ではないはずです。そのアザドが、なぜ」
ふと見ると、アザドの顔面から血が流れ出し、巨大な赤い水たまりを作っていた。その吹き出る血の海は、やがて上半身を覆うまでに広がっていった。
このままなら、アザドは死ぬだろうな。
どうすればいいのか。何かをしなければいけないような気がするが、それが何なのか分からず、じっとその場から動けずにいた。
厨房の壁際でアデレードさんもミルも固まったように立ち尽くしていた。
金貸しのクローに視線を向けると、呼吸を荒くし全身を震わせながら倒れたアザドを凝視している。そして、ゆっくりと顔をあげると、じりじりと足を後ろに出し、俺から距離を取り始めた。
この場から逃げようとしているのだろう。
俺はすかさず声を出した。
「クローさん、借金の返済はもう少し待っていただけませんか?」
「……」
何も答えず、クローは震えながら後ずさりを続けていたが、アザドが壊した作業台の破片に足を引っ掛けると、そのままドスンと尻もちをついた。
俺はクローに近づくため、前に出た。
「ひっ!」
クローが悲鳴にも似た声を上げた。
「クローさん、借金の返済はもう少し待っていただけませんか?」
俺は同じ言葉を繰り返した。
「ま、ま、ま、ま」
クローは舌が回らない様子だったが、大きく息を吸い込みこう言った。
「待ちます。待ちますので、命だけは助けてください」
「よかった。待っていただけるんですね。お金はこの店を繁盛させてお返ししますので、今日のところはお引取り頂いてもいいですか」
「わ、わかりました」
クローはそう言うと、四つん這いになりながら出口の方へと進み、息をハアハアと吐きながら、柱にしがみつき立ち上がった。そしてもつれる足を前に出し、フラフラになりながら小走りで店を出ていったのだった。
なんとか借金返済については、時間を稼ぐことができそうだった。
けれど、あのクローという男、このままおとなしく引き下がるような男にも思えない。アデレードさん親子を守るためには、早いうちに借金を返済しておく必要があるだろう。
そして。
俺は、倒れているアザドにもう一度目を向けた。流れる血液はますます広がり、全身が血の海に浮かんでいるようになっていた。
「この人、死んでいるの?」
ミルが、アザドから目をそらし、小さな声で聞いてきた。
俺は無言でアザドに近づいていった。
別に、この男がここで死のうが俺には関係がない。けれど、アデレードさんやミルは、店の中で人が死ぬと、いい気はしないだろう。
この男をどうすればいいんだ。
そう思っている時だった。
また、あれが起こった。
頭の中でコマンドが開いたのだ。
『ヒールを使用しますか?』
ヒール?
この金貸しの用心棒を回復させるというのか?
俺はアザドを見ながら、この男が今までにしてきたであろうことを考えた。
奴隷商にも繋がっているクローと一緒に、弱い立場の人間を嫌というほど苦しめてきた男なのだろう。これまでの罪を考えると、こんな男は生きる価値などないはずだ。ここでヒールなど使って仮に生き返ることが出来たとしても、また悪の道に進み、人々を苦しめるだけではないのか。
俺はそう感じながら、じっと頭の中に浮かんでいるコマンドの文字を眺めていた。
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