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第9話 魔法発動
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まずいと思った。
あの斧を持ったアザドは、見るからに強そうで、おそらく姿から察するに、冒険者崩れかなにかだろう。何度も戦いを経験しているオーラが体中から溢れ出ている。
ゴブリンの俺が勝てるような相手ではない。このままでは、この店エルフィンは無くなってしまい、俺もここで殺されてしまう。なんて簡単に終わってしまうゲームだったのだろうか。でも、よく考えれば当たり前のことか。なぜなら俺は、勇者としてこのハッピーロードをプレイしているのではなく、ただの盗賊団の下っ端キャラのゴブリンなのだから。
やっぱりハッピーロードのストーリーを変えることはできないのか。エルフィンは無くなってしまい、ここは空き地になる運命なのか。
俺の頭の中に、屈託のない笑顔のミルが浮かんできた。
このままでは、ミルもアデレードさんも、奴隷商人の手に渡ってしまう。
駄目だ。簡単にあきらめたら駄目だ。
おそらく、俺がいるこの世界には、リセットボタンなどないはずだ。一度きりのゲームなのだ。
できることをやってみよう。
この世界がただのゲームだとしても、そうなのだ。敵に挑戦せず、逃げているばかりでは、ゲームをクリアすることなど夢のまた夢だ。
今、俺にできること。
浮かんできたのは昨日のことだ。
そう、この状況を変えられる唯一の方法がある。
それは、魔法。
俺は、昨日、一つだけだが魔法を成功させている。
魔法辞典には、攻撃、防御ともにすぐれていると書いてあった。
その魔法を使って、あとは眼の前にいるこいつらを倒せばいいだけのことだ。
右手人差し指を空に向け、魔法陣を描く呪文を唱えた。
「アーカナム、サークラム、クレーレ!」
昨日と同じように、人差し指が白く輝き始めた。
その様子を見ていたアザドは振り上げていた斧を静止させた。そして数歩下がって俺の様子をじっと見つめていた。
このアザドの行動は、俺にとってありがたかった。というのも、魔法を使うには魔法陣を描くための時間が必要である。魔法初心者の俺が、ノロノロと魔法陣を描く間に、相手の攻撃を受けたら、どうすることも出来ずに殺されてしまうだけだ。
俺は焦る気持ちを抑えながら、昨日覚えた図形と文字を空中に描きこんでいった。そして、描ききったと同時に灰色の魔法陣が明るく輝いた。
「ブロック!」
俺はすばやく魔法を出現させる。すると、眼の前の地面に半透明の四角い物体が出現した。
あとはこの四角い物体を相手にぶつけていけば、攻撃が可能なはずだ。そう思いながら俺は改めてアザドを見た。
アザドは動きを止め、じっと俺に顔を向けていた。その様子はリラックスしているように見える。
「なるほど、初級魔法のブロックか」
アザドの落ち着き払った言葉を聞いた時、俺はやっとあることに気づいた。
なぜアザドは、俺が魔法陣を描いている間に攻撃しなかったのか不思議だったが、別にたまたま攻撃してこなかったわけではないのだ。
そう、アザドはあえて攻撃を仕掛けずに、俺が魔法を出現させる時間を作って待っていたのだ。つまり、それだけ余裕があるということだ。簡単に言えば、ナメられているということだろう。
俺は、魔法で出現させた半透明のブロックを指さした。これで指を動かすと、ブロックは動きだし、攻撃も防御も可能になるはずだった。
「これであんたたちを攻撃することもできる。無駄な争いはやめて、今日のところは引き取ってくれないか」
俺は、アザドの後ろにいるクローに向けて声を上げた。
しかし、正直に言うと俺はまだ自分の出した魔法を操る自信などない。だから、何とかこのこけおどしで相手が引いてくれることを心のなかでずっと祈っていたのだ。
そんな俺の心を見越したのだろうか、クローはその太った図体を揺らしながら笑い始めた。
「アサド、遠慮することはありませんよ。初級魔法が使えるゴブリンですので、殺してしまえばそこそこの経験値がいただけるかもしれませんね」
「はい、クロー様。確かに少しは楽しませてくれそうです。ただ、このゴブリン野郎も、すぐに相手が悪すぎたことに気づくでしょうが」
あまりに余裕のある相手の言葉に、俺の心は冷たく凍え、情けないほどに震えてきた。
なんとか後ろを見ると、唇を噛み固まってしまっているアデレードさんがいる。その後ろに騒ぎを聞きつけやってきたのだろう、ミルがドアの影に隠れるようにして立っていた。
「お兄さん、私とお母さんを助けて!」
ミルは俺と目が合うと、震える声でそう言った。
どうすればいいんだ。
なんとか、穏便に争いを避ける方法はないのだろうか。
そう思っている時だった。
アザドが斧を扇風機の羽のように器用に回しながら、ゆっくりと俺に向かって前進してきた。
あんなに重そうな斧を、プラスチックで出来た棒のように自在に操っている。あのアザドという男、恐ろしいほどの使い手に違いない。
魔法初心者の俺が、どうあがいても勝てる相手ではない。
猛禽類に睨まれた草食動物のように動けずにいると、アザドの動きが瞬時に速くなった。
まだ2メートルは離れていたと思っていた相手が、気がついたときには俺の懐まで入り込み、斧が脇腹に突き刺さる寸前だった。
殺される。
反射的に後ろに飛び退いたが、斧は俺の腹をかすめ通った。
痛さを感じる前に、腹がパックリと横に割れ、そこからどす黒い血が吹き出てきた。
ああ、このまま何もできずに終わってしまうのか。
そうあきらめかけた時だった。思いもよらぬことが起こった。
俺の頭の中で、コマンドが開いたのだった。
『ヒールを使用しますか?』
そう、ミルを助けた時と同じコマンドだ。
すぐさま俺は『はい』と心のなかで答えた。すると、体全体が光に包まれ、腹にできた傷がみるみるふさがっていった。
「なんだと!」
アザドが目を見開きながら今度は縦に斧を振った。
「ブロック!」
反射的に俺はブロックを作り出し、頭上から振り下ろされてくる斧を受け止めた。
ガシッと重い音がした。
次の瞬間、俺は地面に叩きつけられていた。
あの斧を持ったアザドは、見るからに強そうで、おそらく姿から察するに、冒険者崩れかなにかだろう。何度も戦いを経験しているオーラが体中から溢れ出ている。
ゴブリンの俺が勝てるような相手ではない。このままでは、この店エルフィンは無くなってしまい、俺もここで殺されてしまう。なんて簡単に終わってしまうゲームだったのだろうか。でも、よく考えれば当たり前のことか。なぜなら俺は、勇者としてこのハッピーロードをプレイしているのではなく、ただの盗賊団の下っ端キャラのゴブリンなのだから。
やっぱりハッピーロードのストーリーを変えることはできないのか。エルフィンは無くなってしまい、ここは空き地になる運命なのか。
俺の頭の中に、屈託のない笑顔のミルが浮かんできた。
このままでは、ミルもアデレードさんも、奴隷商人の手に渡ってしまう。
駄目だ。簡単にあきらめたら駄目だ。
おそらく、俺がいるこの世界には、リセットボタンなどないはずだ。一度きりのゲームなのだ。
できることをやってみよう。
この世界がただのゲームだとしても、そうなのだ。敵に挑戦せず、逃げているばかりでは、ゲームをクリアすることなど夢のまた夢だ。
今、俺にできること。
浮かんできたのは昨日のことだ。
そう、この状況を変えられる唯一の方法がある。
それは、魔法。
俺は、昨日、一つだけだが魔法を成功させている。
魔法辞典には、攻撃、防御ともにすぐれていると書いてあった。
その魔法を使って、あとは眼の前にいるこいつらを倒せばいいだけのことだ。
右手人差し指を空に向け、魔法陣を描く呪文を唱えた。
「アーカナム、サークラム、クレーレ!」
昨日と同じように、人差し指が白く輝き始めた。
その様子を見ていたアザドは振り上げていた斧を静止させた。そして数歩下がって俺の様子をじっと見つめていた。
このアザドの行動は、俺にとってありがたかった。というのも、魔法を使うには魔法陣を描くための時間が必要である。魔法初心者の俺が、ノロノロと魔法陣を描く間に、相手の攻撃を受けたら、どうすることも出来ずに殺されてしまうだけだ。
俺は焦る気持ちを抑えながら、昨日覚えた図形と文字を空中に描きこんでいった。そして、描ききったと同時に灰色の魔法陣が明るく輝いた。
「ブロック!」
俺はすばやく魔法を出現させる。すると、眼の前の地面に半透明の四角い物体が出現した。
あとはこの四角い物体を相手にぶつけていけば、攻撃が可能なはずだ。そう思いながら俺は改めてアザドを見た。
アザドは動きを止め、じっと俺に顔を向けていた。その様子はリラックスしているように見える。
「なるほど、初級魔法のブロックか」
アザドの落ち着き払った言葉を聞いた時、俺はやっとあることに気づいた。
なぜアザドは、俺が魔法陣を描いている間に攻撃しなかったのか不思議だったが、別にたまたま攻撃してこなかったわけではないのだ。
そう、アザドはあえて攻撃を仕掛けずに、俺が魔法を出現させる時間を作って待っていたのだ。つまり、それだけ余裕があるということだ。簡単に言えば、ナメられているということだろう。
俺は、魔法で出現させた半透明のブロックを指さした。これで指を動かすと、ブロックは動きだし、攻撃も防御も可能になるはずだった。
「これであんたたちを攻撃することもできる。無駄な争いはやめて、今日のところは引き取ってくれないか」
俺は、アザドの後ろにいるクローに向けて声を上げた。
しかし、正直に言うと俺はまだ自分の出した魔法を操る自信などない。だから、何とかこのこけおどしで相手が引いてくれることを心のなかでずっと祈っていたのだ。
そんな俺の心を見越したのだろうか、クローはその太った図体を揺らしながら笑い始めた。
「アサド、遠慮することはありませんよ。初級魔法が使えるゴブリンですので、殺してしまえばそこそこの経験値がいただけるかもしれませんね」
「はい、クロー様。確かに少しは楽しませてくれそうです。ただ、このゴブリン野郎も、すぐに相手が悪すぎたことに気づくでしょうが」
あまりに余裕のある相手の言葉に、俺の心は冷たく凍え、情けないほどに震えてきた。
なんとか後ろを見ると、唇を噛み固まってしまっているアデレードさんがいる。その後ろに騒ぎを聞きつけやってきたのだろう、ミルがドアの影に隠れるようにして立っていた。
「お兄さん、私とお母さんを助けて!」
ミルは俺と目が合うと、震える声でそう言った。
どうすればいいんだ。
なんとか、穏便に争いを避ける方法はないのだろうか。
そう思っている時だった。
アザドが斧を扇風機の羽のように器用に回しながら、ゆっくりと俺に向かって前進してきた。
あんなに重そうな斧を、プラスチックで出来た棒のように自在に操っている。あのアザドという男、恐ろしいほどの使い手に違いない。
魔法初心者の俺が、どうあがいても勝てる相手ではない。
猛禽類に睨まれた草食動物のように動けずにいると、アザドの動きが瞬時に速くなった。
まだ2メートルは離れていたと思っていた相手が、気がついたときには俺の懐まで入り込み、斧が脇腹に突き刺さる寸前だった。
殺される。
反射的に後ろに飛び退いたが、斧は俺の腹をかすめ通った。
痛さを感じる前に、腹がパックリと横に割れ、そこからどす黒い血が吹き出てきた。
ああ、このまま何もできずに終わってしまうのか。
そうあきらめかけた時だった。思いもよらぬことが起こった。
俺の頭の中で、コマンドが開いたのだった。
『ヒールを使用しますか?』
そう、ミルを助けた時と同じコマンドだ。
すぐさま俺は『はい』と心のなかで答えた。すると、体全体が光に包まれ、腹にできた傷がみるみるふさがっていった。
「なんだと!」
アザドが目を見開きながら今度は縦に斧を振った。
「ブロック!」
反射的に俺はブロックを作り出し、頭上から振り下ろされてくる斧を受け止めた。
ガシッと重い音がした。
次の瞬間、俺は地面に叩きつけられていた。
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