蜜月

西崎 仁

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第10章

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「少なくとも私にとっては、ほかに較ぶるべくもない唯一の方です。生まれながらに王家の人間としての教育を受けておられなくとも、即位される以前の経歴が裏社会に通じるものであったとしても、『鍵』である私があなたを選びました。そしてあなたは、過去、歴代君主のだれにも成し得なかった国家の根幹に関わる問題に取り組まれて、わずか5年で結果を出された」
「リューク」
「私にとって、あなたは歴代最高の君主です。だれにも、文句なんか言わせません」

 強い想いがこめられた言葉。
 しばし眼前の美貌を見下ろしていたシリルは、やがて息をつくと小さな笑みを浮かべた。

「そうだな、おまえがそう言ってくれるなら、ほかのだれの言葉より心強い」

 リュークもまた、シリルをまっすぐに見返しながら「はい」と頷く。

「それで、おまえはこの部屋を気に入ったか? もう少し家具の配置を換えるか、あるいはファブリックのコンセプトを変えさせてもいい」
「いいえ、このままで充分です。これでも、私には贅沢すぎるくらいかと」
「王の『鍵』だろ。贅沢すぎるというほどでもない。けど、おまえがこれで充分だというのなら、今日からこの部屋の主はおまえだ」

 ありがとうございますとリュークは微笑を浮かべた。そこへ、ノックとともにベルンシュタインが現れた。

「陛下、お茶をご用意して参りました」
「ああ、ご苦労」
 言いながら、リュークをうながしてリビングのソファーに移動する。

「リューク殿、お戻りなさいませ。お部屋は、お気に召していただけましたかな?」
「はい、侍従長様、ありがとうございました」

 勧められたソファーに座るまえに丁寧に礼を述べるリュークを見て、長年王家に仕える有能な侍従長は穏やかな笑みを浮かべた。

「思いのほかお早いご帰還でしたが、陛下とのご旅行は如何でございました? もっとごゆっくりなさりたかったのではありませんか?」
「1ヶ月近くも休めば、充分だろ」

 くつろいだ様子でソファーに座ったシリルが、横合いから口を挟む。リュークもまた、テーブルを挟んだ対面に腰を下ろした。その目の前に、茶器とは別の、ケーキが盛りつけられた皿が置かれた。

「後半はずっと、牧場にいらっしゃるとは伺っておりましたが、まさかおふたりで酪農の仕事に、本格的に従事しておいでだったとは思いもしませんでした」
 苦い口ぶりを装ってぼやいたベルンシュタインは、その牧場のミルクを使ってパティシエが腕をふるった一品でございます、と言い添える。

「昨日、牧場から陛下がお土産にと送ってくださった乳製品が、大量に王宮に到着いたしまして」

 おかげで城の者たち全員が、新鮮なミルクやチーズをたっぷり堪能させていただきましたと穏やかに笑んだ。
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