蜜月

西崎 仁

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第10章

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「たりないものがあれば、そろえさせる」
「いいえ、充分です。こんなにしていただいて……」
「俺の我儘だ。気にすることはない」

 笑ったシリルを、リュークは見上げた。

「あの、シリル、本当によろしいのでしょうか?」
「なにがだ?」
「こんなふうに、あなたの部屋と続き部屋になっている場所を私が出入りすることで、あなたに余計な負担や迷惑をかけることになるのでは」
「それについては、昨日のうちにリズとも話をつけてある」
「え?」

 シリルを見上げるブルー・アイが驚いたように見開かれた。

「おまえはシュミット研究所の研究員のひとりとして、今後もリズの下で仕事をつづける。そのうえで、プライベートでは王の『鍵』として、王宮への出入りも自由とする。よからぬ噂をたてる奴がいたら、勝手に騒がせておけばいい。おまえのことは俺が守る。そう宣言してきた」
「あの、でも……」
「なんだ? まだほかに、なにか気になるか? それとも一度は了承したものの、いざ話が現実になってみたら、やっぱり気が進まなくなったか?」
「違います」
 リュークは即座にかぶりを振った。

「そうではありません。あなたの傍に置いていただけるのはとても嬉しいです。でも、いずれお妃様をお迎えになるとき、こんなふうに隣接した部屋を私が与えられていたのでは、なにかと問題になる可能性が出てくるのではないかと……」
「それは杞憂もいいところだな」
 シリルは笑った。

「いまのところそんな予定はまったくないし、正直、この先もそうするつもりはない」
「え、ですが……」
「いまの俺の立場では、だれでもいいというわけにはいかないだろう。おそらく妃候補として選出されるのは、良家の令嬢のいずれかということになる。というか、じつのところ、これまでにもその手の話は幾度か持ち上がってきた。だが、もともと裏社会で生きてきた俺からすれば、そういうご婦人方は、もっとも縁遠い立場の人間だ。育ちが違うのはもちろん、物の価値観だって合うわけがない。先方にとっても、王妃の立場が約束されること以外、いいことはなにもないだろう」

 義務と体面のために無理に婚姻を結んで、互いに不幸になる必要はないと言うシリルに、美貌のヒューマノイドは「でも」と言い募った。

「あなたはこの国の頂点に立たれる御方です。後継者は必要になるのでは?」
「天然水の利権を放棄して国家に帰属させたことで、俺は王としての責務は充分果たしたと思ってる。そのうえさらに、結婚云々で他人にとやかく言われたかねえな」
 シリルは心底うんざりした様子で鼻の頭に皺を寄せた。

「跡継ぎにしてもおなじだ。天然水の問題が片付いた以上、今後の王位継承者が初代国王の直系である必要はまったくない。こうしてまた戻っては来たが、無期限の休暇を提案した時点で、ベルンシュタインも王室府の連中も、そのあたりのことについては充分検討して結論を出しているはずだ。王家の流れを汲む親族の中に、俺より適した人間は必ずいるだろう」
 ほかになにか気になることはあるかと訊かれて、美貌のヒューマノイドはじっとシリルを見上げた。

「あなたは歴代君主に引けを取らない、立派なこの国の王です」

 真剣このうえない表情で、真摯に断言した。
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