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第8章
第2話(3)
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「父親であるメイナード・グライナーはすでに病歿しているが、母であるマーガレット・グライナーはいまもなお、健在だ。おまえと血の繋がりがある存在に、この機会に会っておいてもいいだろう」
「え、でも……」
「実感はまるで湧かないかもしれないが、ユリウスの生母である以上、おまえにとっても母といえる存在だ。マティアスのところで、家族がどういうものか充分すぎるほど肌で感じて、理解することができただろう? おまえにもその『家族』がちゃんといる。マーガレットが元気なうちに、会っておくといい」
思いがけない話の展開に、リュークは戸惑いを浮かべた。自分がかつて存命した人物の遺伝子を受け継ぐ存在であることは理解していても、その家族にまでは思い至っていなかったのだろう。
「あの、でもシリル……」
「なんだ?」
「ご子息に生き写しの私が訪ねたりすれば、グライナー夫人はかえっておつらい思いをされるのではないでしょうか?」
「大丈夫だ。先方にはすでに問い合わせて、その意思を確認している」
「え?」
「マーガレット・グライナーは、おまえに会うことを希望している」
迷いのない口調で明言され、美貌のヒューマノイドはしばし言葉を失った。
「どうした? 気が進まないか?」
「あ、いえ……」
シリルの問いかけに応えながらも、その表情には、やはり不安と戸惑いの色が滲んでいた。
「先におまえの意見を聞かずに勝手な真似をしたことについては、すまなかったと思ってる。だが、この件について思い至ったのが俺もつい最近のことで、段取りを組む順番が前後した」
「はじめから予定されていたわけではなかったということですか?」
真面目な表情で問われ、シリルは途端に、イタズラがバレた子供のような、決まり悪げな様子を見せた。
「正直に白状すると、途中まではまったくそんな考えは思い浮かびすらしなかった」
操縦桿を握りながら、シリルは器用に肩を竦めた。
「弁解じみたことは言いたくないんだが、俺は肉親の情とは縁のない生きかたをしてきたからな。すぐにそういったことへの考えが直結しづらい。おまえを取り戻せたことでガラにもなく浮かれてたってのもあるだろうが、ユリウスの身内のことまでは、しばらく思い至らなかった」
「それでも、気がつかれると同時に行動を起こされたのですね」
「身内でもなんでもない俺ばかりが、おまえを独占するわけにはいかないからな」
軽口をたたいたシリルは、すぐに表情をあらためて助手席を顧みた。
「事後承諾になったが、先方はおまえの訪問を心待ちにしている。到着は明日になるが、俺も同行するから、顔合わせの件を了承してくれるか?」
どこまでもリューク自身の気持ちを優先するような問いかけに、問われた側も、今度ははっきりと承諾の意をあらわした。
「わかりました。あなたがご一緒してくださるのなら」
答えてから、不意にクスリと笑う。
「ひょっとして喧嘩云々の話も、この話題を出すための前置きだったのですか?」
「あ~、いや……」
分が悪いことを承知のうえで、シリルはそれでも口を開いた。
「え、でも……」
「実感はまるで湧かないかもしれないが、ユリウスの生母である以上、おまえにとっても母といえる存在だ。マティアスのところで、家族がどういうものか充分すぎるほど肌で感じて、理解することができただろう? おまえにもその『家族』がちゃんといる。マーガレットが元気なうちに、会っておくといい」
思いがけない話の展開に、リュークは戸惑いを浮かべた。自分がかつて存命した人物の遺伝子を受け継ぐ存在であることは理解していても、その家族にまでは思い至っていなかったのだろう。
「あの、でもシリル……」
「なんだ?」
「ご子息に生き写しの私が訪ねたりすれば、グライナー夫人はかえっておつらい思いをされるのではないでしょうか?」
「大丈夫だ。先方にはすでに問い合わせて、その意思を確認している」
「え?」
「マーガレット・グライナーは、おまえに会うことを希望している」
迷いのない口調で明言され、美貌のヒューマノイドはしばし言葉を失った。
「どうした? 気が進まないか?」
「あ、いえ……」
シリルの問いかけに応えながらも、その表情には、やはり不安と戸惑いの色が滲んでいた。
「先におまえの意見を聞かずに勝手な真似をしたことについては、すまなかったと思ってる。だが、この件について思い至ったのが俺もつい最近のことで、段取りを組む順番が前後した」
「はじめから予定されていたわけではなかったということですか?」
真面目な表情で問われ、シリルは途端に、イタズラがバレた子供のような、決まり悪げな様子を見せた。
「正直に白状すると、途中まではまったくそんな考えは思い浮かびすらしなかった」
操縦桿を握りながら、シリルは器用に肩を竦めた。
「弁解じみたことは言いたくないんだが、俺は肉親の情とは縁のない生きかたをしてきたからな。すぐにそういったことへの考えが直結しづらい。おまえを取り戻せたことでガラにもなく浮かれてたってのもあるだろうが、ユリウスの身内のことまでは、しばらく思い至らなかった」
「それでも、気がつかれると同時に行動を起こされたのですね」
「身内でもなんでもない俺ばかりが、おまえを独占するわけにはいかないからな」
軽口をたたいたシリルは、すぐに表情をあらためて助手席を顧みた。
「事後承諾になったが、先方はおまえの訪問を心待ちにしている。到着は明日になるが、俺も同行するから、顔合わせの件を了承してくれるか?」
どこまでもリューク自身の気持ちを優先するような問いかけに、問われた側も、今度ははっきりと承諾の意をあらわした。
「わかりました。あなたがご一緒してくださるのなら」
答えてから、不意にクスリと笑う。
「ひょっとして喧嘩云々の話も、この話題を出すための前置きだったのですか?」
「あ~、いや……」
分が悪いことを承知のうえで、シリルはそれでも口を開いた。
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