蜜月

西崎 仁

文字の大きさ
上 下
45 / 61
第8章

第2話(2)

しおりを挟む
「ついでに言うなら、俺はおまえだけが我慢して、自己犠牲を払うような関係も望まない。おまえに自分を押し殺すような生きかたはしてほしくないと思ってる。だから、こういう他愛ないやりとりの中で、俺が度を超した悪ふざけをしたり間違った言動をとったと思ったら、おまえは遠慮なく怒っていいし批難していい。そうやって、少しずつ自己主張することを身につけていけ」

 シリルをじっと見返していた美貌のヒューマノイドは、やがて口許にやわらかな笑みを浮かべた。

「私は少しも、我慢などしていません」
 表情とおなじくやわらかな声音でありながら、それでもきっぱりとした口調だった。

「あなたがいつも、私の意思や気持ちを尊重して大切にしてくださるからです。あなたの言動の裏には、いつでもなにかしらの意図がある。私を思いやってくださっているその気持ちに対して、本気で怒ったりすることなど私にはできません」
「なんだつまらねえな」
 シリルは楽しげに笑った。

「せっかくおまえと、ガキみたいなくだらない喧嘩ができると思ったのにな。おまえはさとすぎるし、物わかりがよすぎる。こっちがわざと煽ってるんだから、おまえのほうでムキになって噛みついてきてくれないと、俺の独り相撲で終わって尻すぼみになるだろうが」
「必要もないことで、無益な衝突をしなくてもいいでしょう。それに私は、もう充分すぎるほどあなたという人を知っています。いまさら無理に本音をさらけ出して、ぶつかり合うようなやりかたをしなくても大丈夫です」
「そうか? おまえがまだ知らない、意外な一面がいろいろあるかもしれないぞ?」
「そうであるなら、その一面をあらたに知る機会があるのだと思って、これからの楽しみにしておきます」
「そうだな。じゃあ、そういうことにしておくか」
 低く喉を鳴らしたシリルに、リュークもまた笑みを深くした。だが、

「ところでこのあとの行き先だが、もう一箇所、訪ねようと思ってる場所がある」

 会話の延長上にさりげなく言われて、クリスタル・ブルーの双眸に疑問の色が浮かんだ。

「このまま、王都に戻るのではなかったのですか?」
「それは予定どおりで間違いない。いま向かっているのはエリュシオンで、その中におまえを連れて訪れたい場所がある。そういう意味だ」
「私を連れて?」

 不思議そうに尋ねる美貌のヒューマノイドに向かってシリルは頷いた。

「ユリウス・グライナーの生家。そこで、ユリウスの実母がおまえを待ってる」

 シリルの言葉に、リュークは瞠目した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

ヴァレン兄さん、ねじが余ってます 2

四葉 翠花
BL
色気のない高級男娼であるヴァレンは、相手の体液の味で健康状態がわかるという特殊能力を持っていた。 どんどん病んでいく同期や、Sっ気が増していく見習いなどに囲まれながらも、お気楽に生きているはずが、そろそろ将来のことを考えろとせっつかれる。いまいち乗り気になれないものの、否応なしに波に飲み込まれていくことに。

夏の日、お揃いのグラス

阿沙🌷
BL
熱中症で倒れた北沢。助けてくれた青年の持っていたグラスに見覚えがあって――。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

処理中です...