蜜月

西崎 仁

文字の大きさ
上 下
38 / 61
第6章

第2話(5)

しおりを挟む
「ただし、俺からもひとつ、条件がある。条件、というか、むしろ要望だな」
「要望、ですか?」
「おまえいま、研究所の職員宿舎に居住してるんだろ?」
「そうですが……」

 意味もわからず、リュークは頷いた。

「研究所に戻るなら、今後もそこに住所を置くほうが、なにかと都合がいいだろう。だがもうひとつ、別宅としてマルガリータ宮にもおまえの部屋を用意しておく。だから休日になったら、いつでも戻ってこい」

 リュークは咄嗟に、返す言葉を失った。
 おなじラインに並ぶことは到底かなわなくとも、ひとりの人間として少しでも自立し、追いつけるようになりたい。そう願っていた。ユリウス・グライナーがイアン・アルフレッド国王に忠誠を捧げ、窮状から救い出すべく死力を尽くしたように、自分もまたシリルに万一のことがあった場合、力になれる存在でありたかった。それなのにいつも、自分ばかりが手を差し伸べられる側にいる……。

「なんだ? 嫌か?」
「あ、いえ、そんなことは……。でも、私などが気軽に出入りできるような場所ではありませんし、王宮の方々にもご迷惑がかかるのではないかと……」
「俺の存在そのものがすでに迷惑だからな。おまえみたいに行儀のいいのが出入りすれば、逆に歓迎される」
 それに、とシリルは付け加えた。

「俺がおまえのところに出向いてもかまわないが、それはそれで周囲に迷惑がかかるだろう?」

 俺が動くと、なにかと大ごとになるからな、とシリルは肩を竦める。
 思いがけない言葉に、リュークはクリスタル・ブルーの双眸を瞬かせた。

「え? あの、それは……」
「休暇が終わってそれぞれの立場に戻ったら、それで終わり。俺たちの関係は、そんな簡単なものじゃない。だろ? おまえが自分の望む人生を歩めるように応援する。そうは言ったが、だからといって俺は、おまえを手放すつもりはない」
「シリル……」
「おまえは俺の大事な『鍵』で、俺のことを名前で呼んでくれる人間は、もうこの世界には、おまえしかいない」

 そんな唯一の相手が、もう独り立ちしたので自力で生きていきますって巣立っていったら、寂しいだろ?

 冗談まじりに言われた途端、リュークはくしゃりと顔を歪めた。
 自分にとって唯一の存在は、いつでも心から望むものを、あたりまえのように与えてくれる。そう思ったら、溢れる感情を抑えることができなかった。
 苦笑したシリルが、みずからのベッドを離れてしがみついてきた美貌のヒューマノイドを受け止める。その躰を抱き返しながら、やわらかな黄金の髪を愛おしむように撫でた。

「ほら、明日はチーズ作りを教えてもらうんだろ? 朝が早いんだから、そろそろ寝ないとな」

 言いながらも、背中をあやすように軽く叩く。シリルの肩口に顔をうずめたまま、リュークは鼻声で「はい」と答えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔術師の妻は夫に会えない

山河 枝
ファンタジー
 稀代の天才魔術師ウィルブローズに見初められ、求婚された孤児のニニ。こんな機会はもうないと、二つ返事で承諾した。  式を済ませ、住み慣れた孤児院から彼の屋敷へと移ったものの、夫はまったく姿を見せない。  大切にされていることを感じながらも、会えないことを訝しむニニは、一風変わった使用人たちから夫の行方を聞き出そうとする。 ★シリアス:コミカル=2:8

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks illustration by meadow(@into_ml79) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...