蜜月

西崎 仁

文字の大きさ
上 下
37 / 61
第6章

第2話(4)

しおりを挟む
 牧場での日々はとても楽しい。毎日が新鮮で、マティアスやその両親、一緒に働く従業員たちも皆親切だった。大勢の人々に囲まれ、ともに過ごす時間は充実していた。だがそんなふうに楽しく過ごせるのは、シリルの存在もまた、つねに身近にあるからなのだと、いまさらながら思い知らされるようだった。
 仮にシリルが王城に戻り、自分ひとりがこの場所に残されたとすれば、自分はふたたび、押し潰されそうな孤独の中に身を置くことになるのだろう。

 王の『鍵』であることは、己の遺伝子保有者であるユリウス・グライナーによって課せられた、避けることのできない運命だった。だが、その役目を終えたいまも、自分の心は己のさだめた『王』その人に向いている。
 自分のうちに眠っていた『心』の存在に気づき、手を差し伸べて育ててくれたシリルの影響力は、とてつもなく大きい。だが同時に、たしかにこのままでいてはならないのだと胸を衝かれる思いだった。

 ただシリルと再会できれば、それで満足だと思っていた。そしていまも、ともにいられることで幸せを感じている。けれども、このままの状態で時間が止まることは決してない。その先に進むのであれば、シリルは必ず『休暇』を終え、己の戻るべき場所へと戻っていく。王としての責務を果たすために。そうなったとき、自分の居場所はどこに求めればいいのだろう。
 考えたリュークの胸に浮かんだ答えは、ただひとつだった。


「私も戻ります」

 小さく呟いたリュークは、あらためて顔を上げた。

「研究所に戻ってリズの手伝いをしながら、勉強をつづけていきます」

 自分を見つめる黒瞳を見返しながら、リュークは自分自身にも言い聞かせるようにはっきりと明言した。

「私にはまだ、具体的に自分がなにをやりたいのか答えを出すことができません。知らないこと、経験していないこともたくさんあります。そういう未知の部分を少しずつ塗り替えていきながら経験を積んで、知識を増やして、自分になにができるのか、どんなことをしたいのか、きちんと考えてみたいです。自分の能力を活かせるのは、いまのところ研究所がいちばん相応ふさわしく、ユリウス・グライナー博士の研究についても、もっと詳細を知っていきたい。そう思っています」

 きっぱりと己の意思を表明するリュークをまっすぐに見つめていたシリルは、やがてふっと肩の力を抜くと小さく笑んだ。

「そうか」

 こたえた声は、穏やかだった。

「ならばもうしばらく一緒に『休暇』を楽しんで、それからのんびり王都に帰るとしよう」

 リュークは「はい」と同意した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

真実の誓い

かよ太
BL
私はいま窮地に立たされていた。敵国王子×騎士。元主従。再会ものでシリアスです。

処理中です...