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第6章
第2話(2)
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「リューク、心配しなくていい」
浮かない様子を見せる美貌のヒューマノイドに、シリルは言った。
「まえにも言ったとおりだ。俺は嫌々戻るわけじゃない。いまのこの立場で、運び屋や傭兵としてやれることはもうなにもないが、国のためにすべきことはまだそれなりにある。必要としてくれる人間がいて、成すべきことがあるなら俺の居場所はそこにある。俺のスタンスは昔もいまも変わらない。運び屋時代から、俺はそうやって生きてきた」
紡がれる言葉の意味を推し量るように、わずかに伏せた視線はなにもない空間をじっと見据えていた。そんなリュークに向かって、シリルは付け加えた。それでもたしかに、以前とは変わった部分もある、と。
「ずっと独りだった。傭兵の任務に就いたときには組織に所属して、隊を組むこともあった。だがそれも一時的なもので、雇用期間が過ぎれば、またフリーになってそれで終わる。だけどいまは、こうして傍におまえがいて、ベルンシュタインもいる。プライベートに戻ればマティアスやリズたちもいる。そういうのも悪くない。ガラにもなく、そんなふうに思ってる自分がいて、俺は少し、そんな自分に驚いている」
言って、シリルは穏やかな表情を浮かべ、リュークを見つめた。
「15でリマを出て以降、仕事に応じて各地を転々とする生活で、どこか一箇所に定住するということはなかった。だがいつのまにか、王都のあの城が自分の『家』になっていた。家があって、帰りを待つ人間がいる。だったら、そこに帰るのが自然だ。そう思わないか?」
「シリル……」
「おまえにも話したように、俺は親というものを知らずに育った。だがこの5年、王城で暮らすうちに一定数の人間と日常的に関わるようになった。そういう連中に対して、いまは身内のような感覚をおぼえている。ベルンシュタインがその筆頭だ」
右も左もわからないシリルに常時付き従い、適切なタイミングで適切なフォローを入れ、あるいは助言し、混乱なく物事が運ぶよう絶えず気を配ってくれた。ベルンシュタインの補佐なくして、今日の国の安寧は語れない。天然水の利権を国家に帰属させる問題にしても、さらに多くの歳月を要することになっただろう。
「あいつもいい加減、そろそろ楽をさせてやらないとな」
シリルはポツリと呟いて、小さく息をついた。
「ほんとなら、もうとっくの昔にリタイヤして余生をのんびり過ごしてる年齢だ。それなのに、先々代、先代につづいて即位したのがこの俺だからな。おちおち隠居もしてられないまま、結局今日まで王室府に繋ぎ止めて負担のかけどおしになった」
「あなたを自由にしてくださったことでさらに増えた負担を、王城に戻って減らして差し上げたい。そう考えておいでなのですね?」
「そうだな。あいつが示してくれた誠意には、相応に報いないとな。それだけのことを、あいつはしてくれてる」
シリルは肯定した。
「ま、そうはいっても5年ぶりに取ったはじめての休暇だ。護衛の連中も含めて苦労はかけるだろうが、俺も少しくらいはのんびりしたい。これぐらいの我儘は、言っても許されるだろう」
シリルの言葉に、リュークも同意した。そんなリュークに向かって、シリルは「そんなことより」と切り出した。
「おまえはどうするか、もう決めてるのか?」
「私、ですか?」
思いもしない質問だったのか、部屋の明かりを映したブルー・アイが大きく見開かれる。シリルはそれに対してそうだと頷いた。
浮かない様子を見せる美貌のヒューマノイドに、シリルは言った。
「まえにも言ったとおりだ。俺は嫌々戻るわけじゃない。いまのこの立場で、運び屋や傭兵としてやれることはもうなにもないが、国のためにすべきことはまだそれなりにある。必要としてくれる人間がいて、成すべきことがあるなら俺の居場所はそこにある。俺のスタンスは昔もいまも変わらない。運び屋時代から、俺はそうやって生きてきた」
紡がれる言葉の意味を推し量るように、わずかに伏せた視線はなにもない空間をじっと見据えていた。そんなリュークに向かって、シリルは付け加えた。それでもたしかに、以前とは変わった部分もある、と。
「ずっと独りだった。傭兵の任務に就いたときには組織に所属して、隊を組むこともあった。だがそれも一時的なもので、雇用期間が過ぎれば、またフリーになってそれで終わる。だけどいまは、こうして傍におまえがいて、ベルンシュタインもいる。プライベートに戻ればマティアスやリズたちもいる。そういうのも悪くない。ガラにもなく、そんなふうに思ってる自分がいて、俺は少し、そんな自分に驚いている」
言って、シリルは穏やかな表情を浮かべ、リュークを見つめた。
「15でリマを出て以降、仕事に応じて各地を転々とする生活で、どこか一箇所に定住するということはなかった。だがいつのまにか、王都のあの城が自分の『家』になっていた。家があって、帰りを待つ人間がいる。だったら、そこに帰るのが自然だ。そう思わないか?」
「シリル……」
「おまえにも話したように、俺は親というものを知らずに育った。だがこの5年、王城で暮らすうちに一定数の人間と日常的に関わるようになった。そういう連中に対して、いまは身内のような感覚をおぼえている。ベルンシュタインがその筆頭だ」
右も左もわからないシリルに常時付き従い、適切なタイミングで適切なフォローを入れ、あるいは助言し、混乱なく物事が運ぶよう絶えず気を配ってくれた。ベルンシュタインの補佐なくして、今日の国の安寧は語れない。天然水の利権を国家に帰属させる問題にしても、さらに多くの歳月を要することになっただろう。
「あいつもいい加減、そろそろ楽をさせてやらないとな」
シリルはポツリと呟いて、小さく息をついた。
「ほんとなら、もうとっくの昔にリタイヤして余生をのんびり過ごしてる年齢だ。それなのに、先々代、先代につづいて即位したのがこの俺だからな。おちおち隠居もしてられないまま、結局今日まで王室府に繋ぎ止めて負担のかけどおしになった」
「あなたを自由にしてくださったことでさらに増えた負担を、王城に戻って減らして差し上げたい。そう考えておいでなのですね?」
「そうだな。あいつが示してくれた誠意には、相応に報いないとな。それだけのことを、あいつはしてくれてる」
シリルは肯定した。
「ま、そうはいっても5年ぶりに取ったはじめての休暇だ。護衛の連中も含めて苦労はかけるだろうが、俺も少しくらいはのんびりしたい。これぐらいの我儘は、言っても許されるだろう」
シリルの言葉に、リュークも同意した。そんなリュークに向かって、シリルは「そんなことより」と切り出した。
「おまえはどうするか、もう決めてるのか?」
「私、ですか?」
思いもしない質問だったのか、部屋の明かりを映したブルー・アイが大きく見開かれる。シリルはそれに対してそうだと頷いた。
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