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第5章
第3話(2)
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「うわっ、父ちゃん! 母ちゃんっ!」
咄嗟に声をあげたマティアスを後目に、集団の中心にいたひとりの老人が進み出てきた。八十に差しかかる頃合いの年齢と思われるが、筋肉質の躰は背筋がピンと伸びており、矍鑠とした印象を強く残していた。
「シリル陛下、お目にかかれて恐悦至極に存じます。その節は愚息が大変お世話になりましたようで、心より御礼申し上げます」
老人のすぐ後ろに、その連れ合いとなる老女も控える。夫とともに、神妙な面持ちで頭を垂れた。
「お招きいただいて感謝する。ご子息には、こちらこそ世話になった。図々しく押しかけてしまったが、こちらも休暇中の身なのでどうかあまり気を遣わず、臨時の手伝いぐらいに思っていただけるとありがたい」
「恐れ多いことでございます。むさ苦しいところではございますが、どうぞ心ゆくまでおくつろぎください」
「父ちゃ――親父! あんま大袈裟にすんなって! 兄ィはいま、お忍びみてえなもんなんだからっ」
マティアスがあわてたように割って入る。途端に老人は、眦を吊り上げて不肖の息子を一喝した。
「馬鹿者が! 国王陛下に向かってなんたる無礼な。そんな口の利きかたがあるかっ!」
「えっ、えぇえー……」
マティアスは情けない表情で巨体をすぼめた。その様子を見て、シリルは苦笑まじりに怒れる老人をとりなした。
「いや、俺ももとはご子息と同業の、しがない運び屋だった。歴代君主のような品位とは無縁なので、気楽に接していただきたい」
言いながら、傍らに控えるリュークに目配せし、軽く顎を振って合図する。それを受けた美貌のヒューマノイドは、心得た様子でまえに進み出た。
「はじめまして、リューク・クラヴィスと申します。この度はお招きいただいてありがとうございました。皆さんのお仕事のお邪魔になってしまうかと思いますが、いろいろお手伝いさせていただけると嬉しいです」
途端に、背後の集団からどよめきが湧き起こる。透きとおるような美貌の中で、薔薇色の口唇が造り上げたやわらかな微笑は、絶大な威力を発揮した。
「あの、お口に合うかわかりませんが、よろしければ皆さんで召し上がってください」
「こ、これはお気遣いいたみいりますっ」
リュークの差し出した手土産の菓子とワインを、牧場主であるマティアスの父はあたふたと狼狽えながら受け取った。先程までの厳めしい顔つきはどこへやら、すっかり怒気が削がれてリュークに気をとられている。シリルは涼しい顔でマティアスにアイコンタクトを送った。マティアスもまた、ホッとした様子で大きく息をつく。それからあらたまった口調でシリルに声をかけた。
「あ~、ええっと、兄ィ、話が前後しましたが、あらためて紹介しますとオレの親父とおふくろ、それから一緒に働く従業員たちです」
ひとりひとり名前をあげながら順番に紹介をされて、その場にいた全員がいっせいに畏まった。シリルはそんな彼らに鷹揚に挨拶をした。
「少しのあいだ世話になる。どうかよろしく頼む」
皆が頭を下げたタイミングで、マティアスが来客ふたりをうながした。
「さあ、部屋へご案内します。おふたりとも中へどうぞ」
ふたりぶんの荷物を軽々と担いだ巨漢が自宅に入っていき、リュークがあとにしたがう。その足取りが心なしかはずんでいるように見えて、シリルはひそかに笑みを浮かべた。
咄嗟に声をあげたマティアスを後目に、集団の中心にいたひとりの老人が進み出てきた。八十に差しかかる頃合いの年齢と思われるが、筋肉質の躰は背筋がピンと伸びており、矍鑠とした印象を強く残していた。
「シリル陛下、お目にかかれて恐悦至極に存じます。その節は愚息が大変お世話になりましたようで、心より御礼申し上げます」
老人のすぐ後ろに、その連れ合いとなる老女も控える。夫とともに、神妙な面持ちで頭を垂れた。
「お招きいただいて感謝する。ご子息には、こちらこそ世話になった。図々しく押しかけてしまったが、こちらも休暇中の身なのでどうかあまり気を遣わず、臨時の手伝いぐらいに思っていただけるとありがたい」
「恐れ多いことでございます。むさ苦しいところではございますが、どうぞ心ゆくまでおくつろぎください」
「父ちゃ――親父! あんま大袈裟にすんなって! 兄ィはいま、お忍びみてえなもんなんだからっ」
マティアスがあわてたように割って入る。途端に老人は、眦を吊り上げて不肖の息子を一喝した。
「馬鹿者が! 国王陛下に向かってなんたる無礼な。そんな口の利きかたがあるかっ!」
「えっ、えぇえー……」
マティアスは情けない表情で巨体をすぼめた。その様子を見て、シリルは苦笑まじりに怒れる老人をとりなした。
「いや、俺ももとはご子息と同業の、しがない運び屋だった。歴代君主のような品位とは無縁なので、気楽に接していただきたい」
言いながら、傍らに控えるリュークに目配せし、軽く顎を振って合図する。それを受けた美貌のヒューマノイドは、心得た様子でまえに進み出た。
「はじめまして、リューク・クラヴィスと申します。この度はお招きいただいてありがとうございました。皆さんのお仕事のお邪魔になってしまうかと思いますが、いろいろお手伝いさせていただけると嬉しいです」
途端に、背後の集団からどよめきが湧き起こる。透きとおるような美貌の中で、薔薇色の口唇が造り上げたやわらかな微笑は、絶大な威力を発揮した。
「あの、お口に合うかわかりませんが、よろしければ皆さんで召し上がってください」
「こ、これはお気遣いいたみいりますっ」
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「あ~、ええっと、兄ィ、話が前後しましたが、あらためて紹介しますとオレの親父とおふくろ、それから一緒に働く従業員たちです」
ひとりひとり名前をあげながら順番に紹介をされて、その場にいた全員がいっせいに畏まった。シリルはそんな彼らに鷹揚に挨拶をした。
「少しのあいだ世話になる。どうかよろしく頼む」
皆が頭を下げたタイミングで、マティアスが来客ふたりをうながした。
「さあ、部屋へご案内します。おふたりとも中へどうぞ」
ふたりぶんの荷物を軽々と担いだ巨漢が自宅に入っていき、リュークがあとにしたがう。その足取りが心なしかはずんでいるように見えて、シリルはひそかに笑みを浮かべた。
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