蜜月

西崎 仁

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第5章

第2話

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 フェレーザにあるマティアスの牧場に到着したのは、陽が落ちる少しまえの時刻だった。

「兄ィ! 嬢ちゃん! よく来てくれました」

 牧場の入り口でふたりを出迎えたマティアスは、作業用のつなぎに長靴という、いかにも酪農家といった風情の出で立ちをしていた。

「忙しいのに悪いな。甘えさせてもらうぞ」
「おやすいご用でさ。うちのもんも皆、おふたりのご到着をいまかいまかと首を長くしてお待ちしてましたよ。たいしたおもてなしはできませんが、心ゆくまでのんびりしていってくだせえ」

 言いながら、ふたりを敷地の奥へと案内する。シリルの愛機、イーグルワンを専用の格納庫におさめると、あらためて車外に降り立ったふたりを笑顔で迎えた。

「嬢ちゃんもよく来てくれたなあ。身体のほうは大丈夫か? 風邪引いたり、気分が悪くなったりはしなかったか?」
「はい。マティアスさん、今日はお招きいただいてありがとうございます。あの、昨晩はすみませんでした。途中で寝てしまったみたいで……。それで、その、じつはあまりよく憶えていないのですが、もし失礼があったらお詫びを……」

 遠慮がちに言われて、マティアスはキョトンとする。その様子を見て、シリルが苦笑を漏らした。

「記憶がないあいだに、自分がなにかやらかしたんじゃないかと気にしてるんだ。大丈夫だと言ってるんだが、どうしても気になるらしい」

 途端に熊を思わせる巨漢は、大きな躰を揺すって豪快に笑った。

「なんだ嬢ちゃん、そんなもん気にするこたぁねえ! 酒の席での失態なんざ、大抵の人間がなんかしらやらかしてる。嬢ちゃんのあれは、失態のうちにも入らねえ。むしろ、どんだけ兄ィのことが好きか見せつけられて、オレたちは全員、その可愛さにノックダウンさせられちまったってぇだけの話よ」
「……え?」
「嬢ちゃんは可愛く兄ィに甘えて、安心して眠っちまった。それだけのこった」
「え? え? あの、私がシリルに甘え、た……? あのっ、あの、それはどういう……っ」

 狼狽うろたえるリュークを見て、シリルがクックッと声を殺して笑う。

「マティアス、余計なことを言うな。話がややこしくなる」
「あの、シリル! 私は……っ」
「大丈夫だよ。おまえの記憶があやふやになってからあとの時間はさほど長くない。おまえは酔ってすぐに寝た。心配するな」

 なおも言い募ろうとするリュークを制して、ふたりの男はきびすを返した。

「さあ、嬢ちゃん、うちの連中がみんな待ってる。今夜はバーベキュー・パーティーとシャレこもう!」
「あまり待たせては悪い。挨拶に行くぞ」

 ふたりぶんの荷物を持って先に立つマティアスにしたがい、シリルは歩き出す。美貌のヒューマノイドは、用意した手土産をたずさえて、そのあとにつづいた。
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