蜜月

西崎 仁

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第3章

第2話(3)

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「おまえとこんなふうに、他愛ないやりとりができる日が来るなんてな」

 ふと漏らしたひと言に、リュークの表情が変わる。
「どうした?」
 変化に気づいて声をかけると、美貌のヒューマノイドは小さくかぶりを振って、自分もおなじ気持ちだと答えた。

「王位に即かれたあなたの5年分の軌跡をたどる中で、たくさんの映像も観てきました」

 そこには、過去の映像記録だけでなく、目醒めて以降の半年のあいだにニュースで取り上げられた、リアルタイムでの映像も含まれていたという。

「画面越しに観るあなたは、なんだか私の知っている人とは違うように感じられて、手の届かない場所にいる存在のような気がしました」

 立場が変わってしまったいま、もう会うことは叶わないのかもしれない。大きなへだたりに対して感じていた、孤独と淋しさとが伝わってくる。夜空に浮かび上がる、大輪の花火を見つめる瞳から流れ落ちた涙の意味が、そこにあった。

「リューク」

 シリルはしずかに呼びかけた。

「立場がどう変わろうとも、俺は俺だ」

 宝石のような輝きを放つ美しい眼差しが、正面からシリルをみつめる。

「公の場で、肩書に見合った役割を求められる場合は、多少脚色している部分もあるかもしれない。だがそれは、どこまでも必要に応じた役割を演じているだけにすぎない。いま、おまえの目の前にいる俺こそが本来の素のままの俺で、おまえが手を伸ばせば届く場所にいる」
 それでもまだ遠いか、と問われて、リュークはかぶりを振った。

「なにも不安に思うことはない。おまえはだれより、俺という人間をよく知っている。俺にとってのおまえが大事な存在であることも、この先ずっと変わらない。俺たちの関係は、そういう信頼のもとに成り立っている。それは、俺とおまえとで築き上げてきた絆だ」

 その絆を壊すことは、なにものにもできはしない。
 揺るぎない言葉が、離れていた日々への寂寥せきりょうをやわらげていく。
 リュークは、己の胸にそっと手を当てた。その内側にひろがるあたたかな想いが、己のうちにある心の在処ありかを示していた。そしてその心を育むことができたのは、自分に大きな影響をもたらした、唯一の存在によるものであることは間違いない。
 目の前の端整な貌立かおだちの男を見返して、美貌のヒューマノイドはあらためて思いを深くした。
 ――この人がいなければ、いまの自分は決して存在し得なかった、と。

「たとえ離れていたとしても、おまえが呼べば、俺はいつでもイーグルを飛ばして会いに行ってやる。昔交わした約束は、この先もずっと有効だ。だからおまえは、なにも心配しなくていい」

 口にしたことは決してたがえることはない。だれより、そう信じられる相手が、あえて言葉にしてもう一度約束してくれる。そのことにこのうえない嬉しさを感じながら、リュークは「はい」と頷いた。
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