蜜月

西崎 仁

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第2章

第2話(3)

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「ところでオクデラ」

 シリルはあらたまった口調で信頼する親衛隊長に声をかけた。

「はい、なんでしょう」

 オクデラもまた、軍人らしい機敏さで姿勢を正す。シリルはそれへ向かって、先程から気にかかっていたことを口にした。

「おまえの娘、少し気をつけてやったほうがいいんじゃないか?」
「は? 私の娘、ですか? なにか問題でもありましたでしょうか?」

 ひょっとしてシリルに保護された際、なにかとんでもない非礼を働いたのではないかとオクデラは瞬時に顔色を変える。シリルはすぐさま、そうではないと訂正を入れた。

「あんな幼い子供が、なにかするわけないだろう。だいいち、人のことをとやかく言えるほど、俺は品行方正な人間じゃないからな。むしろ、素行の悪さにこそ自信があるくらいだ」
「あ、いえ。そのようなことは決して……」

 あわてて取り繕おうとするオクデラを、シリルは苦笑まじりに制した。

「おまえが心配するようなことはなにもない。そうじゃなく、素直な気質で人見知りをしないのはいいが、だれかれかまわず無警戒だと、いざというとき危ないんじゃないかと思っただけだ」
「だれかれかまわず、ですか?」
「ああ。おまえたちとはぐれて泣いていたとき、俺が声をかけたら、すぐに自分から両腕を差し伸べてきたぞ。あんなに人懐っこいと、かえって心配だろう」

 シリルの言葉を聞いた途端、オクデラは「ああ」と破顔した。

「大丈夫です。娘もそこまで無防備に、見ず知らずの人に懐くわけではないので。あの子が初対面で陛……あなたを警戒しなかったのは、自分に声をかけてくれた方がどなたか、すぐに認識したからでしょう」
「アイリが? 俺を知ってるのか?」
「当然です。自分の父親が心から敬愛してお仕えする主君ですから。それに彼女自身、シリル様の大ファンでもあるんです」
「そうか、それは知らなかった」
 応じてから、シリルは「しかし、それは残念だ」と呟いた。

「小さなファンの関心は、あっというまに別の人間に移ってしまったようだ」
「申し訳ありません。子供の心というのは移り気なものです。それから彼女は、綺麗で美しいものにも目がないんです」
「なるほど。だったら俺は、潔く身を引くとしよう」

 ふたりの保護者は、軽口をたたき合って小さく笑う。
 視線の先では、別のサークルに移動したアイリたちが、今度はモルモットを相手に餌付けをしていた。楽しそうに小さな生き物たちと触れ合うその姿を、蚊帳の外に置かれた男ふたりは微笑ましく眺めやった。
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