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第2章
第1話(2)
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「あなたもはじめてですか?」
「いや、動物園はガキのころに何度かあるな」
学校や孤児院の遠足などで訪れたのだと話すと、クリスタル・ブルーの双眸が不思議そうに瞬いた。
「遠足……」
「課外授業みたいなもんだ。いま思うと、情操教育の一環なんかも含まれていたんだろうな」
説明しても、ピンとこない顔をしている。経験したことがないため、いまいち想像しづらいのかもしれない、などと思っていると、
「あなたも学校行事に参加なさったことがあるのですね」
ひっかかっていたのはそこだったかと、シリルは額に手をやった。
「おまえ、俺をなんだと思ってるんだよ」
思わずぼやいた。
「そりゃ、ひねたガキだったし、かわいげがなかったのは認めるが、学校行事ぐらいなら、ある程度は参加するだろ」
「すみません」
リュークは素直に謝った。
「私が知っているあなたは、自立した大人の男性なので、学校そのものに通っていた幼いイメージが湧かなくて」
「まあ、動物園に行ったからって、ほかの子供みたいにはしゃぐことはなかったけどな。おまえがイメージしづらいってのも、あながち間違いじゃないんだが」
とりあえず行ってみるかとシリルは歩き出す。施設内には、シャトルバスや専用カートなど、至るところに移動用の設備が整っている。手頃な乗り物を見つけて、つかまえるつもりだった。だが、いくらも歩かないうちに傍らにいたリュークの足が止まる。振り返ったシリルの視線の先で、クリスタル・ブルーの瞳がある方角に向けられていた。
「リューク?」
声をかけて、リュークが注意を向けている先をたどったシリルは、すぐにその意味を理解した。通路に沿って設けられた植えこみの陰で、幼い子供がしゃがみこんでいる。蹲って泣いているようだった。
「迷子か?」
呟いたシリルは、足を向けた。
「どうした、はぐれたか?」
近づいて声をかけると、子供はビクッと躰をふるわせた。4、5歳くらいの年齢と思われる女児だった。
愛想がいいとは言いかねるうえに、物言いもぶっきらぼうな自分では、かえって怯えさせてしまうかもしれない。
子供の様子に、シリルはわずかに躊躇した。だが、とりあえず声をかけて目が合ってしまった以上、このままやり過ごすわけにもいかない。できるだけ怖がらせないよう気を遣いつつ、かけていたサングラスをはずして屈みこんだ。その顔を、女児がじっと視つめた。
「名前は言えるか?」
「……アイリ」
「そうか、イイコだな、アイリ。パパやママと一緒に来たのか?」
シリルの問いかけに、幼い子供はこっくりと頷く。黒目がちの大きな瞳が、涙で濡れていた。
「案内所で認証確認をして、保護者に連絡してもらうのがいちばん早いだろうな」
言いつつ、あたりを見回しながら立ち上がろうとする。女児は、そのシリルに向かって大きく両手を差し伸べてきた。
こんなに無防備で大丈夫なのだろうかと危ぶみつつ、シリルは女児を抱き上げる。テーマパークのキャラクターのプリンセスをイメージしているのだろう。フリルをふんだんにあしらったピンクのワンピースと、ツインテールを結ぶ同色のリボンが愛らしかった。
あやすように背中を軽く叩くと、すぐ間近で目線を交わして嬉しそうに笑う。シリルもまた、目もとをなごませた。
「さて、行くか」
うながして歩き出そうとしたシリルを、傍らにいたリュークが引き留めた。それから、女児に向かって声をかけた。
「こんにちは、アイリ。私はリュークと言います。素敵なブレスレットですね。見せていただいてもいいですか?」
リュークを顧みた黒いつぶらな瞳が、見る間に大きく見開かれる。その美貌に見入った女児は、素直にブレスレットをつけた左手を差し出した。
礼を言って軽く触れたリュークがわずかに目を閉じる。そしてほどなく、首をめぐらせてある一点を見やった。
「身内の方と思われるシグナルが近づいてきます」
そういえばはじめて出会ったとき、リュークは内蔵されているセンサーでシリルの所有機を識別して、自分から近づいてきたのだったと思い出した。今回の再生で、より生身の人間に近い状態に調整したとのことであったが、こういった部分は、これから人間社会でリュークが生きていくうえで役立つ機能と判断されたのだろう。
「いや、動物園はガキのころに何度かあるな」
学校や孤児院の遠足などで訪れたのだと話すと、クリスタル・ブルーの双眸が不思議そうに瞬いた。
「遠足……」
「課外授業みたいなもんだ。いま思うと、情操教育の一環なんかも含まれていたんだろうな」
説明しても、ピンとこない顔をしている。経験したことがないため、いまいち想像しづらいのかもしれない、などと思っていると、
「あなたも学校行事に参加なさったことがあるのですね」
ひっかかっていたのはそこだったかと、シリルは額に手をやった。
「おまえ、俺をなんだと思ってるんだよ」
思わずぼやいた。
「そりゃ、ひねたガキだったし、かわいげがなかったのは認めるが、学校行事ぐらいなら、ある程度は参加するだろ」
「すみません」
リュークは素直に謝った。
「私が知っているあなたは、自立した大人の男性なので、学校そのものに通っていた幼いイメージが湧かなくて」
「まあ、動物園に行ったからって、ほかの子供みたいにはしゃぐことはなかったけどな。おまえがイメージしづらいってのも、あながち間違いじゃないんだが」
とりあえず行ってみるかとシリルは歩き出す。施設内には、シャトルバスや専用カートなど、至るところに移動用の設備が整っている。手頃な乗り物を見つけて、つかまえるつもりだった。だが、いくらも歩かないうちに傍らにいたリュークの足が止まる。振り返ったシリルの視線の先で、クリスタル・ブルーの瞳がある方角に向けられていた。
「リューク?」
声をかけて、リュークが注意を向けている先をたどったシリルは、すぐにその意味を理解した。通路に沿って設けられた植えこみの陰で、幼い子供がしゃがみこんでいる。蹲って泣いているようだった。
「迷子か?」
呟いたシリルは、足を向けた。
「どうした、はぐれたか?」
近づいて声をかけると、子供はビクッと躰をふるわせた。4、5歳くらいの年齢と思われる女児だった。
愛想がいいとは言いかねるうえに、物言いもぶっきらぼうな自分では、かえって怯えさせてしまうかもしれない。
子供の様子に、シリルはわずかに躊躇した。だが、とりあえず声をかけて目が合ってしまった以上、このままやり過ごすわけにもいかない。できるだけ怖がらせないよう気を遣いつつ、かけていたサングラスをはずして屈みこんだ。その顔を、女児がじっと視つめた。
「名前は言えるか?」
「……アイリ」
「そうか、イイコだな、アイリ。パパやママと一緒に来たのか?」
シリルの問いかけに、幼い子供はこっくりと頷く。黒目がちの大きな瞳が、涙で濡れていた。
「案内所で認証確認をして、保護者に連絡してもらうのがいちばん早いだろうな」
言いつつ、あたりを見回しながら立ち上がろうとする。女児は、そのシリルに向かって大きく両手を差し伸べてきた。
こんなに無防備で大丈夫なのだろうかと危ぶみつつ、シリルは女児を抱き上げる。テーマパークのキャラクターのプリンセスをイメージしているのだろう。フリルをふんだんにあしらったピンクのワンピースと、ツインテールを結ぶ同色のリボンが愛らしかった。
あやすように背中を軽く叩くと、すぐ間近で目線を交わして嬉しそうに笑う。シリルもまた、目もとをなごませた。
「さて、行くか」
うながして歩き出そうとしたシリルを、傍らにいたリュークが引き留めた。それから、女児に向かって声をかけた。
「こんにちは、アイリ。私はリュークと言います。素敵なブレスレットですね。見せていただいてもいいですか?」
リュークを顧みた黒いつぶらな瞳が、見る間に大きく見開かれる。その美貌に見入った女児は、素直にブレスレットをつけた左手を差し出した。
礼を言って軽く触れたリュークがわずかに目を閉じる。そしてほどなく、首をめぐらせてある一点を見やった。
「身内の方と思われるシグナルが近づいてきます」
そういえばはじめて出会ったとき、リュークは内蔵されているセンサーでシリルの所有機を識別して、自分から近づいてきたのだったと思い出した。今回の再生で、より生身の人間に近い状態に調整したとのことであったが、こういった部分は、これから人間社会でリュークが生きていくうえで役立つ機能と判断されたのだろう。
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